白い光
「戦いは好きよ」
ララが、髪を結んだ。
「好きだけど、あたしだって、戦いたくない気分のときもあるのよ」
取り出した長針を、指の間にはさんだ。
「今がその時だといったら、ウィル、どう思う?」
「オレだって、戦う気分じゃない」
「でしょ」
オレは膝の屈伸をして、身体をほぐしていた。
「でも、そいつを、この状況でいわれてもなあ」
音が聞こえていた。
石と石がぶつかる音、土砂を掘る音、人のざわめき。
教団のやつらがやってきたのだ。
「異次元の穴はふさいだんだから、
護衛料だけ払ってくれれば、さっさと帰るんだけど」
「お前なあ…」
「クリスティンが死んだ分、護衛料から引かれるかしら。
でも、依頼はムーの護衛だったんだから、関係ないわよね」
「金の計算は、生きて残ってからしろよ」
扉が開けられるのは、時間の問題だろう。
やつらが欲しがっていたダイオプサイドは、何の価値もない石ころになってしまい、
なぜ、そうなったのかわからなくても、オレ達を素直に返すはずがない。
「魔術師、いるかしら?」
「教団だからいるだろ」
オレ達が戦う相手として、一番やっかいなのが魔術師だ。
接近戦が得意なオレ達に、遠距離攻撃をしかけてくる。
「どうする?」
「オレは無理だな。近寄れない」
「やってみるけど、針もナイフも、数が残りが少ないのよね」
ずらりと手に現れる、長針とナイフ。
いつも手ぶらで、ぴったりした革服を着ていて、
どこに隠し持っているのか謎だ。
「ムー、動くなよ」
「はい、でしゅ」
「危ないと思ったら、呼べよ」
「はい、でしゅ」
ムーは、はがれたダイオプサイドの壁の残骸に隠れさせた。
ついでに、気絶中のドレイファスも、息だけできるようにして埋めておいた。
隠すときダイオプサイドの破片で、顔や服が切れたが、
教団のやつらにみつかって、殺されるよりはいいだろう。
「そろそろ、来るわよ」
「魔術師は任せたぞ」
入口の左右に、身を潜めた。
どやどやと人の気配が近づいた。
「なにがおこったのだ!」
一歩踏み入れて叫んだのは、ハーウッド司教。
でっぷりとした司教は、背中にララの跳び蹴りを食らって、向かい壁までゴロゴロと転がっていた。
目を回して伸びている。
「…いきなりは、まずいだろう」
「あたしに魔術師をやれ、と言ったのは、ウィルじゃない」
せまい入口から、男達が部屋になだれこんでくる。
壁が崩れ落ちている惨状と、転がっている司教に驚いている。
「どういうことだ!」
鎧を着た騎士スタイルの男が、オレに詰め寄った。
「異次元の穴は、ふさぎました」
「聞いているのは、そんなことじゃない!
このありさまは、どういうことだ!」
「壁は、さっき崩れました」
「見ればわかる!」
「ムー・ペトリは無事です」
「きさま、答える気がないのか!」
腰の剣を、抜いた。
「オレが依頼されたのは、ムーの護衛だけです」
「この部屋には、光る緑の石があったはずだ。
それをどうしたと聞いているのだ!」
「緑の石なら、そこに転がってます」
男は石を拾い上げた。
透明な緑の綺麗な石だが、光を帯びてはいない。
石を握る男の手が、ぶるぶると震えだした。
「なぜ、光っていない」
「…何の話です?」
「きさま、目が泳いでいるぞ。
正直に答えろ。
光る石はどこだ!
ドレイファス達は、どこにいる!
ここにあった死体は、どこに置いた!」
「石も死体もありませんでした。
教団のお二人は、召喚獣に殺されました」
男が、にやりと笑った。
「とぼけるなら、もうすこしうまくやれ。
死体のことを知っているということは、
ここがどういう場所であるのかということも知っているわけだ」
振り下ろされた剣を、飛び下がって避けた。
「何があったのか、話せば命は助けてやる」
「しつこいぜ。オレは知らないといっているだろ」
「それが答えなのだな?」
剣が、横一線に走った。
身体を引いて、かわす。
「やれ!」
男達が一斉に襲いかかってきた。
降りおろされた剣を、前に踏み込んでかわし、男の腹に拳を打ち込む。
男が倒れる前に、次の男の懐に飛び込み、肘で鳩尾を打つ。
素手と剣の戦いでは、リーチの長い剣の方が有利だ。
オレはできるだけ、間合いを小さくするため、密着に近い状態で戦った。
近ければ近いほど、他の敵も味方の身体が邪魔で、オレに攻撃をしかけにくい。
「このぉ!」
かけ声と共に、真っ直ぐに振り下ろされる剣。
刀身を手ではらって、蹴りを食らわせた。
足をおろしたとき、左肩から背中にと熱が走った。
背後から、切られたのだとわかった。
「とどめだ!」
しゃがみ込んで、足を払った。
倒れ込んだ男の首に、一撃を入れた。
囲んでいる輪が、縮まる。
「その傷では戦えまい。あきらめろ」
「うるさい!」
肩が焼けるように熱い。
血を吸った武道着が、重い。
「ウィルしゃん」
壁から引きずり出されたムーを、数人が囲っている。
「くそっ!」
オレは取り巻いている男達の中で、一番気弱そうなやつに飛びかかった。
そいつの腕をねじあげ、剣を奪った。
さらに、そいつをムーを囲っていたやつらに、男を投げつける。
男を避けようと崩れた輪の一角から、内側に入り込んだ。
「ムー、無事か!」
「はい、でしゅ」
ムーを背後にかばい、斬りつけてくる剣をオレは払った。
身体をかわせば、後ろにいるムーが怪我をする。
刀身や腕をねらい、攻撃をしのぐ。
反撃する余裕はなかった。
オレに話しかけてきた男が手を挙げると、オレとムーを囲んだ男達は攻撃をやめた。
「もう一度だけ、きいてやる。
石はどこだ?」
「ないといっているだろ!」
男が剣を、横に振った。
避けようとしたが、男の剣のスピードは速く、オレの身体はやけに重かった。
「ウィルしゃん!」
切られたと思った。
だが、男はオレの胴の直前で停止していた。
長針が首に刺さっている。
「なに、やっているのよ」
男達をふわりと飛び越え、ララがオレ達のところに来た。
「ちょっと、休憩」
ちらりとオレの背に目を走らすと、
「派手にやられているじゃない」と、笑った。
「そういうおまえも、ずいぶんだぜ」
革のあちこちが、破けている。
赤毛も焼き焦げて、短くなっていた。
「魔法相手なんだから、しかたないでしょ」
オレ達を囲む人数が増えている。
増えたのは、ローブをまとう魔術師達だ。
「ムー」
「なんでしゅか、ララしゃん」
「召喚魔法よ」
「えっ??」
「早く!」
慌てて呪文を唱え始めるムー。
その様子に、魔術師達が攻撃を始めた。
ファイヤーボールが、次々とムーを襲う。
ムーに当たりそうなボールだけ、オレがたたき落とした。
武道着はすぐに焦げ、手も足も焼けただれる。
「黙りなさいよ!」
ララの針が飛ぶが、騎士達が叩き落として届かない。
必死のオレとララに、ムーの叫びが聞こえた。
「だめっっしゅ、空間干渉がはたらいて、道がひらかなっしゅ!」
一瞬、ララの手が止まった。
騎士の長剣が斜めに一閃し、ララの胸から血が噴き出した。
「ララしゃん!」
「へい…きよ…」
よろりとしながらも、踏みとどまる。
ムーの蒼い瞳が、大きく見開いた。
「あ、あ…ああっーーーー!」
「ムー、落ち着け!」
「これ…くらい…」
ララの唇から、血が滴った。
「死んじゃだめっっしゅーーーー!」
叫ぶムーの身体から、緑の炎が立ちのぼった。
「混沌よりいでし土。
迷宮にひそみし炎」
ムーの呪文を聞いた魔術師達が、攻撃の手を止めざわめいた。
「ま、まさか…」
「これは…」
緑の炎の中でムーは呪文を続けた。
「悠久へと流れゆく風
深淵に歌いし水」
白魔術師と思われる老人が、絶叫した。
「ホーリー・ストリームだ!」
それを聞いた魔術師達は、青い顔でばらばらと逃げ出した。
「待て、いったいどうしたというのだ!」
「逃げるな!」
騎士達がひきとめようとするが、死にものぐるいで振り払って逃げていく。
「聖なる羽が、時を告げる。
古き盟約の友に、その力を与えたまえ!」
ムーの手が、印を結んだ。
地面が、真っ白な光が吹き出した。
猛烈な勢いで吹き上げる光は、オレ達を飲み込んだ。