解き放たれた真実
「あの日、私はいつものように村にある教団の事務所にいた。
春だというのに、やけに暑い日で、教団の仲間と泉に水浴びでもいこうかと相談していた」
ドレイファスの口調に、よどいみがなかった。
だが、感情を伴わない人形のような話し方だった。
「昼の鐘が鳴る少し前だった。メイジャーを訪ねてきた一団があった。
魔術師のスタイルをした5人で、彼らはラルレッツ王国の魔術師で、
ルブクス魔術協会の依頼でこの遺跡を調査をしに来たというのだ」
ラルレッツ王国。
ルブクス大陸の北西の小さな国で、国の産業が魔法という変わった国だ。
魔法薬の製作販売、魔術師の派遣などで、国民は生計を立てている、らしい。
「私たちは、驚いた。
まさか、ルブクス魔術協会が、こんな小さな遺跡に調査を入れるとは思っていなかったからだ。
間違えではないかと言って、追い返そうとしたのだが、
彼らはルブクス魔術協会の調査依頼書と、自分たちの身分証明書を私たちに見せた。
依頼書は正規のもので、この遺跡の研究について彼らに説明するように求めていた。
魔術協会の正規の調査となると、断ることは許されない。
私たちは、教団の許可を取らなければならいと言って、彼らから時間をもらった。
当時、村にいた教団の者と、村の主だった者が、集まって相談した。
話し合いは長引いた」
ドレイファスは、淡々と話を続けた。
「遺跡に調査団をいれないわけにはいかない
しかし、いれるわけにもいかなかったのだ。
当時、教団は”異次元穴の研究”という名目で、ダイメン国からこの遺跡の調査権を得ていた。
教団から多くの聖職者が派遣され、メイジャーを中心とした研究が進んでいた、
いや、進んでいるように、みせていた。
遺跡の調査を教団が、独占的に行うために」
一息ついたドレイファスが、自嘲の笑みを浮かべた。
「最初から、研究などしていなかった。
メイジャーも、聖者などではない。
ただの魔術師だ。
神学校時代、召喚術の論文を書いたことから、聖者役に担ぎ出されただけの気の弱い男だ。
毎日、毎日、異次元の穴の部屋から、石を盗ってくるだけの男だ」
「石?」
ララのつぶやきに、ドレイファスは答えた。
「そうだ、石だ。
壁に使われているダイオプサイドだ。
あれを使って教団は、莫大な金を稼いでいたのだ」
緑色の綺麗な石。
「なあ、ララ。あの石、高いのか?」
「知らないわ。宝石なんて、買ったことないもの」
ドレイファスが、唇をゆがめた。
「宝石として売ったわけではない。
信者の勧誘などに、聖職者達が使っていたのだ」
ドンと床を踏んだ音がした。
「ひどいでしゅ!」
「ムー!」
「ひどいでしゅ、ひどしゅぎましゅ!」
大きな目から涙がポロポロ転がり落ちる。
「どうしたんだ、落ち着け」
「ひどいでしゅ!やっちゃ、いけないでしゅ!」
わめいて暴れるムーを、オレは抱え込むようにして押さえつけた。
「ひどいでしゅ!ひどいでしゅ!」
しばらく、泣きわめかせておくと、疲れたのかおとなしくなった。
「大丈夫か、ムー?」
「はい、でしゅ…」
「なにを、怒ったんだ?」
「たぶんでしゅ…イシしゃん、イシを吸うんでしゅ」
「イシがイシを吸う?」
「なによ、それ」
ムーの説明に頭をひねる、オレとララ。
「そうか、そういうことか、こいつはいい!」
ドレイファスが笑い出した。
狂ったかのように、ゲラゲラと笑う。
「どうしたのよ」
ララがあきれた顔をした。
笑いが収まったドレイファスは、目でムーを指した。
「そこの小僧、すごいじゃないか。いや、小僧では失礼だな。
ペトリ殿。ペトリ殿が、もし、あの当時、教団にいてくれれば、
あの事件は防げたかもしれなかったですな」
ムーが首を振った。
「違いましゅ。
ボクしゃん、関係ないでしゅ。
防ごうとしなかったから、防げなかったんでしゅ!」
泣き腫らした赤い目で、ムーが訴えた。
ドレイファスが、目をそらせた。
「それで、相談の結果は、どうなったの?」
ララが、話をうながした。
「…相談はまとまらなかった。
あの当時、教団はダイオプサイドを多用していた。
ダイオプサイドを使っていたことが、ルブクス魔術協会に知られたら、
教団の信用は失墜、社会的に抹殺されてしまう。
村人も、ほとんどがダイオプサイドの研磨の仕事で、生計を立てていた。
調査団を遺跡にいれるのは、誰もが反対だった。
だが、遺跡に入れなければならない現実が目の前にあった。
私たちは追いつめられた」
ドレイファスは、舌で唇をしめらせた。
「喉が渇いた。水をもらえないか?」
オレは腰に手をやって思い出した。
「クリスティンがもっているはずだ。いま、取ってくる」
「あたしが、行くわ。こんな面白い話、クリスティンも聞きたいだろうし」
ほっそりとした黒い肢体が、ドアをくぐり抜けた。
「ペトリ殿」
ドレイファスが、ムーを見ていた。
「はい、でしゅ」
まだ、目は赤かったが、ムーから怒りは消えていた。
「生まれは、どちらかな?」
「エンドリア、でしゅ」
「エンドリアですか。昔、旅したことあるが、作物の実り豊かな土地だった」
「はい、美味しいもの、いっぱいでしゅ」
完全に幼児語に戻っている。
「私は、ソスフという寒村で産まれました」
「ダイメンの、お山の村、でしゅね?」
「ご存じか?」
「はい、でしゅ。ピーコックの村っしゅ。
ソスフ村のピーコック、グリーンエナジーの増幅器っしゅ」
「ペトリ殿は、年若いというのに、そんなことまでご存じとは」
「ボクしゃん、魔術師っしゅ」
「そうでしたな」
優しい苦笑を、ドレイファスは浮かべた。
「ラルレッツに、いかれたことは?」
「ないでしゅ」
「ペトリ殿ほど、すぐれた資質がめぐまれている魔術師が、魔法王国にいかれたことがないとは」
「はははっ…ちびと、ありましゅて」
高額で雇われているムーとしては、召喚魔法以外使えないとは言えないだろう。
「ラルレッツに、知り合いもおられないのですか?」
「いないっしゅ」
「そうですか…」
ムーがコクッと首を倒した。
「どうか、しましゅたか?」
「いや、知り合いくらいおられるかと思いまして…」
ドレイファスの視線が、扉の位置に動いた。
「なに、話してるの?」
ララが扉を、くぐっていた。
続いて、クリスティンが入ってきた。
殴られた右頬が、ぷっくらと脹れている。
「なんでもない」
ドレイファスが、冷たく言う。
ララが肩をすくめた。
「お水をです」
クリスティンが竹筒を差し出したが、麻痺針が効いているドレイファスは動けなかった。
気がついたクリスティンが、ララに聞いた。
「針を抜いて良いですか?」
「ダメよ」
「でも…」
「飲ませてあげなさいよ。仲間でしょ」
しかたなさそうに、膝をついて、ドレイファスの口に注いだ。
「ありがとう」
飲んだドレイファスは礼を言うと、クリスティンは会釈して、壁際に立った。
「さ、続きを話して」
ララが、せかした。
「遺跡の研究はしていなかったが、それらしい研究書はもっていた。
資料は百年以上前の、この遺跡の調査書だ。
それを教団は現代の研究風に書き換えて、我々がしている研究の報告書としてダイメン国に提出していた。
研究書があることを知っていた村人のひとりから、
遺跡に入れず、その研究書を調査団に見てもらい、帰ってもらえないだろうかという案が出た。
無理なのはわかっていたが、それでも、そんな無茶な案すら退けられないほど、私たちは困っていたのだ。
研究書を見せる前に、預かった五人の身分証明書をチェックした。
召喚獣の研究者でもいれば、でたらめな研究書であることがわかってしまう。
結果は最悪だった。
五人のうち、三人が高位の白魔術師で、そのうち、二人が召喚魔術師だった。
残る二人も、高位の魔術師で、黒魔法や精霊魔法をきわめていた。
我々が束になっても、かないそうもなかった」
ドレイファスが「ふっ」と笑った。
「研究書を渡すなど、笑止千万だ。
でたらめの列挙に、調査隊は絶句しただろう。
なにせ、我々は、召喚魔法も異次元獣もみたことがなかったのだから」
「よくそれで、許可をもらえたわね」と、ララ。
「この世界に、召喚魔術師が何人いると思うんだ。
ダイメンのような小国には、せいぜい1人か2人だ。
我々の研究書を目にすることなどない」
ドレイファスのように、ないと言い切れはしないだろうが、
普通に考えたら、まず、ありえないだろう。
「教団の判断を仰げればよかったのだが、それができなかったのだ。
本部と連絡を取るための、心通話者は仲間にいた。
だが、我々の心通話者より、調査隊にいる心通話者のほうが強力だった。
教団との会話すれば、筒抜けになるというのもわかっていた。
相談など、できはしない。
万策つきたと誰もが思った。
そのときだった。村人のひとりが私のところに、あの剣をもってきたのだ」
ドレイファスが、扉に刺さっている剣を、顎をしゃくりあげて示した。
「ペトリ殿は、読めますか?」
ノコノコと近づいたムーは、ジッと刃に書かれた神聖文字を見た。
「…透明なる羽、蒼き尖塔、紅き泉、唄えよ、讃えよ、震わせよ」
「神聖文字まで、読まれるのですね」
どこか嬉しそうにいうドレイファス。
「これは通信機器でしゅね、
どこかに、対の鏡があるはじゅでしゅ」
「そうです。その鏡は、いまは失われましたが、
十年前はロラム国にある、ストルゥナ教団の本部の教皇の部屋に置かれていたのです。
私は教皇と直に会話できることに驚き、また、感激しました。
そして、我々が置かれた窮状を聞かれるままに、お話ししたのです」
ドレイファスは、目を伏せた。
「教皇は、すべてを聞き終わると、私に指示を出した。
私は、それを聞いて愕然とした。
できないと、何度も断った。
だが、最後には、説得された。
ローバール神聖騎士団は、ストルゥナ教団の資金で運営されています。このままでは騎士団に出資することができなくなると脅され…
…私は引き受けた」
ドレイファスは、黙った。
誰も口を出せない、重たい沈黙だった。
しばらく沈黙したドレイファスは、静かに言葉を紡ぎはじめた。
「私は、全員でかかれば調査隊を倒せると、教団の仲間と村人を煽動した。
あの時、村にいた教団の仲間と、秘密を知っていた村人と、五人の調査隊のメンバーを、異次元の穴のある部屋に案内した。
私の攻撃を合図に、彼らは一斉に調査隊に襲いかかった。
無駄だった。
戦うというレベルにすらならなかった。
調査隊のひとりが張ったバリヤーは、すべての攻撃を遮断した。
必死になっている攻撃している教団の仲間と村人を攻撃されている調査団は困ったような顔で見ていた。
私は、彼らに気がつかれないように扉のほうに移動していた。
そのときだった。
異次元の穴から、黒い狼がでてきたのだ。
驚いた。
穴は我々が石を取りはじめたときには、すでに開いていた。
だが、モンスターがでてきたことはなかった。
安全な穴だと、私を含め、教団の者は思いこんでいたのだ。
小山ほどもある大狼は、戦っている彼らには興味を示さず、
我々がはがした壁のところにいった。
ダイオプサイドを勝手にはがしたことが、狼の怒りをかったらしい。
洞窟が壊れるのではないかと思うほど、すざまじい咆吼をあげたあと、火を吹いた。
ちがう。
あれは、火などという生やさしいものではない。
巨大は炎の渦が、部屋を埋め尽した。
調査団の魔術師達が、必死の形相でバリヤーを張って、村人や教団の者を守っていた。
何度も「早く、逃げなさい」と、叫んでいた。
村人達や教団の者が逃げるなか、彼らは最前線でバリヤーを維持していた。
最初に扉にたどりついたのは、私だった。
私はこの部屋にはいったあと、すぐに扉を閉めた。
閉じた扉の向こう側で仲間や村人が「開けてくれと!」叫んでいるのが聞こえた。
私は開けなかった。
彼らは開けようと、扉を叩いたり、何かをぶつけて扉を壊そうとしていた。
ここの扉は、力ではあけることはできない。
開けるためのマジックアイテムの鍵は私のポケットにはいっていた。
一枚の扉を隔てた向こうで、彼らは、泣き叫び、喚き、罵っていた。
「開けて」と叫ぶ女の声も聞こえた。
バリヤーを張っていた調査団の女だとわかった。
扉を開けるアイテムに、何度も手が伸びた。
握りそうになると、慌てて手を引っ込めた。
開けられなかったのだ。
教皇の私への指示は「ダイオプサイドの件を知っている者、すべてを抹殺すること」だったからだ。
狼の出現は予定外だった。
最初の予定では、調査団と教団の仲間や村人が戦っている間に、私は部屋を出て扉を閉めるだけのはずだった。
あとは閉じこめられた彼らが死ぬのを、待つ予定だった。
狼の炎は彼らの死を早めただけだと、私は自分に言い訳をして扉を開けるのを堪えた。
長かった。
どれくらいの時間なのかわからないが、私にはひどく長い時間に感じられた。
扉を叩く音がしなくなり、声も途絶えた。
異次元の穴の部屋は、静かになった。
扉を開ける中を確認する勇気は、私にはなかった。
外に出て、事故が起きたと教団に報告した。
遺跡は封印され、墓標となった」
語り終えたドレイファスは、疲れたように目を閉じた。
「……あんた、よくここに戻ってこれたわね」
ララは口調は、静かだった。
怒りも、悲しみも、軽蔑すらもなかった。
「来たくて来たわけではない」
「また、教皇の命令とでも言うの?」
「本部に保管されていた最後のダイオプサイドが壊れたのだ。
断ったが、認められなかった」
「自分でやった大量虐殺のあとに取りに来なければならないほど、
ダイオプサイドが必要なの?」
「そうだ。一般の聖職者は知らないが、あれがなければ、教団はやっていけない」
「なにに使っているのよ、ダイオプサイド」
「お前ごときに、言わぬ」
「なによ、それ。
だいたい、怪しいダイオプサイドがなければやっていけない教団なんて、潰れちゃえばいいのよ」
ドレイファスの目が、カッと見開いた。
「きさまに、なにがわかる!きさまなどに、きさま………」
ドレイファスが、言葉をとめた。
苦しそうに喘ぐと、ゴブッと血を吐いた。
「ララ!」
「わかっているわよ!」
ドレイファスの体から、針が抜かれる。
麻痺が解けて弛緩したドレイファスの体が、ビクビクと痙攣している。
「どうしたんだ!」
「毒よ!毒を飲んだのよ!」
ドレイファスが、自分で飲んだ様子はなかった。
他に飲んだものは、クリスティンが与えた水しかない。
顔を上げたオレと、壁際のクリスティンと目があった。
クリスティンは、バッと身を翻すと、異次元の部屋の扉をくぐった。。
追おうしたオレに「あとにしないさいよ!」と、ララが怒鳴った。
「どうせ、逃げ場なないのよ。あとで、じっくり、いたぶればいいわ」
短い針を、痙攣するドレイファスの腕に打っていく。
「どうだ?」
痙攣は収まったが、顔は青で、唇が紫だ。
「解毒のツボに打ったけど、ダメそうだわ」
「ウィルしゃん」
ムーが、オレの上着を引っぱった。
「なんだ?」
「薬草っしゅ、ウィルしゃん、薬草、もってたっしゅ」
ムーが両手を出した。
腰袋に入れておいた薬草を乗せた。
「ダメっしゅ、ダメっしゅ、足りない、っしゅ」
「これで、全部だ」
「ララしゃん」
「薬草も解毒剤も、もっていないわよ」
「毒、毒、ないっしゅ、か?」
「あるけど…針に塗ってあるわよ」
「くだしゃい」
十数本の渡された針の先を、丹念に見ている。
その中の一本を抜き取ると、
「これっ、これっ、ダイメンタランチュラの毒っしゅか?」
「そうよ。一刺しで呼吸困難、苦しみ抜いて死ぬわよ」
ララの話を最後まできかず、オレの渡した薬草のいくつかと混ぜ合わせ始めた。
いつもは亀のようにのろいムーが、キリギリスのように動いている。
混ぜ合わせたドロドロの液を、ドレイファスの口元に押しつけた。
「これを、飲むっしゅ!」
ドレイファスが、イヤイヤするように、首を振った。
「…いら……」
「飲むっしゅ!」
ムーの短い指が、ドレイファスの口をこじ開けた。
「死ぬのは、ボクしゃんが、許しゅません!!」
液体を隙間から、口に流し込む。
ドレイファスの喉が、ゴクリと動いた。
効果は劇的だった。
一瞬で、ドレイファスの顔に血の気が戻った。
ピンク色の肌に、真っ赤な唇。
驚いたドレイファスが「痛みがない」と、つぶいたあと、白目をむいた。
当然、意識はない。
「命は取り留めたみたいね。常識では考えられないけど」
ララが、気を失っているドレイファスのピンク色の頬をつっついた。
「うん、ありえないよな」
「ウィルもそう思うでしょ」
「効き方も不思議だが、どう考えても腸まで薬が届いていないだろう。
どこで吸収されるんだ、ムーの薬」
ララの答えは、いつもと同じだった。
「あたしに、聞かないでよ」