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第83話 魔法陣には夢も悪夢も詰まってる

 先生は運がない。

 ガルト・パークスは、出そうになったため息を飲み込んだ。

 ガルトの師であるジャーメイン・サザーランドは、ラルレッツ王国の西にあるスューブの街に住んでいる在野の魔法陣の研究家だ。

 2年ほど前まではラルレッツ王国の首都スイシーにある魔法大学校で魔法陣の教鞭を取っていた。サザーランドは研究テーマに魔法陣を選んだ理由を『魔法陣に魅せられた』と言っていた。ガルトが助手になってから知ったのは、サザーランドは魔力の保有量が極端に少ないということだ。その為、魔力を使った研究を選ぶことができなかったのだ。魔法陣の研究者は魔法陣を書くだけだ。発動させるのは研究者である必要はない。だから、サザーランドは研究テーマとして魔法陣を選んだのだ。

 2年前、サザーランドはコーディア魔力研究所の講師に就くことになった。『長年の実績が認められた』というのは表向きの理由で、袖の下やコネや脅迫など使えるものはすべて使って、ようやく手に入れた地位だ。

 あの時期が、ジャーメイン・サザーランドの人生でもっとも輝いていた。

 就任直前、別の魔術師がコーディア魔力研究所講師に就くことが決定した。有名な天才魔術師で先進的な魔法陣の研究を行っており、サザーランドでは太刀打ちできる相手ではなかった。

 サザーランドはコーディア魔力研究所講師にはなれなかった。

 失意のサザーランドに追い打ちをかけるようなことが起こった。サザーランドの職を奪った天才魔術師は、コーディア魔力研究所の講師に就かなかったのだ。天才魔術師の親族が、本人の意向を確認せず、勝手に受諾したものだったのだ。

 魔法陣の講師の席は空いた。それなのに、コーディア魔力研究所はサザーランドに連絡してこなかった。ガルトにはその理由がわかっていた。天才魔術師が行った女神召喚事件だ。魔法陣を書いて、魔術師がそれを発動させる。研究するべきは魔法陣で、発動させる魔術師は魔力の量が足りていればよかった。難しい魔法陣の発動には一流の魔術師の手を借りることもあるが、研究者が魔法陣を発動させる必要はなかった。決められた詠唱で魔力を使い魔法陣を発動させる。それで魔法陣の研究は行われていたのだ。

 女神召喚事件で世間が注目したのは、賢者の石の材料ブラッディストーンだった。しかし、魔法陣の研究家は別の件で衝撃を受けた。女神召喚に使う魔法陣の発動は、詠唱と魔力だけではできないという事実だ。魔法陣を知り尽くした者が詠唱を行いながら、発動を制御、コントロールしなければらない。

 魔法陣研究者の未来の姿が、たった1回の召喚で変わった。

 前職を辞めていたサザーランドは無職となった。そのタイミングで、スューブの街にある魔法学校から魔法の初歩を教える仕事を依頼された。サザーランドはスューブの街に移り住んだ。研究を続けながら、職業魔術師を目指す学生に魔法の初歩を教えている。

 スイシーにいた頃はたくさんいた弟子たちも、いまではガルトだけだ。2年前は魔法陣の研究にだけ時間を費やしていたが、いまでは1日2時間ほど。サザーランドの表情は、日に日に暗くなった。

 半年ほど前の休みの日、町の外に気晴らしの散歩に出かけたサザーランドは帰ってくるとガルトに言った。

『復讐する』

 誰にするのかと聞いたガルトに『自分をないがしろにしたこの世界に』と片頬をゆがませて言った。

 ガルトは『世界に復讐するより、サザーランドを追い落とした天才魔術師に復讐すればいいのではないだろうか』と進言した。それに対してのサザーランドの返事は『あれには、怖い』だった。

 サザーランドが復讐をしようと考えた理由は、散歩にあった。スューブの街から1時間ほど離れた古い遺跡の地下に壊れた魔法陣を見つけたのだ。サザーランドの専門は魔法陣内の空気の密度を変化させる魔法陣だった。だが、魔法陣については専門家であり、何の魔法陣かはすぐにわかった。書かれていた魔法陣を調査して、修理した。

 呼び寄せるのは、強大な悪魔。

 最後の難題は、生け贄用の人間。

 サザーランドとガルトはいなくなっても誰も気づかない人を手に入れる方法を模索した。そして、街道の脇道を歩いている貧しそうな旅人を狙うことにした。

 街道脇に潜んで3日目の朝、古いフード付きのマントを深く被り、木の杖をついて足を引きずりながら歩いている老人を見つけた。サザーランドとガルトは早足で追い、後ろからスリープの魔法をかけた。

 そこまでは覚えている。

 そして、今、ガルトは自分たちが書いた遺跡の魔法陣のまん中に転がっていた。縛られていないのに、身体は硬直して動かない。首から上は普通に動くようで、話すこともできそうだ。

 首を回すと、壊れた天井から射し込む光で、周囲の状況はぼんやりと見ることができた。サザーランドも隣に転がされている。ぐったりしており、意識はないようだ。

 目が覚めて、待ったのは5分ほど。3つの影が近づいてくるのがわかった。

「おい、どうするんだよ、これ」

 中肉中背の若者が、軽い足取りでガルトに近づいてくる。

「実験しゅ。実験しゅ」

 すぐ後ろにいる、10歳くらいの少年が言った。

「この魔法陣はつまらん」

 杖をついた老人が言った。

 老人には見覚えがあった。自分たちが捕らえようとした老人だ。

「爺さん、薬草を採りにいっただけだろ?何でこんなのを捕まえているんだ?」

 若者が聞いた。

「わしをとらえようとした」

「バカだな」

「アホしゅ」

 若者と少年が、即時に言った。

「それで、この魔法陣はなんなんだ?」

「大悪魔召喚しゅ」

 少年が足で魔法陣をつっついた。

「こやつらが書いたらしい」

 老人が言った。

「どうして、こいつらが書いたとわかったんだ?」

「わしは黒魔術が得意だ」

 老人が相好を崩した。

 若者がため息を付いた。

「記憶をのぞく魔法を、白昼堂々使うなよ。大陸法で禁止されていること忘れているわけじゃないだろ」

 少年が指を左右に振った。

「爺が使ったのは、もっとエグい魔法しゅ」

「はあ?」

「ここに痕跡があるしゅ」

 少年がサザーランドの首のあたりを指した。ガルトも見たが、何も見えなかった。

 若者は、自分の頭をガシガシとかいた。

「あのな、爺さん。自分の立場をわかっているのか?」

「さて、何を言っているのやら」

 老人がとぼけた表情をした。

「ボクしゃんもやるしゅ」

「やるな!」

「別のをやるしゅ」

「やるなと言っているんだ!」

 若者が少年を怒鳴りつけた。

「あれか?」

 老人が満面に笑みをたたえた。

「あれしゅ」

 老人が「グフグフッ」と言うと少年が「ヒホォヒョホォ」と言った。

「やるなよ、絶対に」

 若者が2人に言い放つと、ガルトの傍らにかがみ込んだ。

「おい、大丈夫か?」

 3人の中で若者だけは善良そうに見えた。

「………身体が……動かない」

「生きているな」

 そう言うと老人と少年のところに戻っていった。

「どうするんだよ、あれ」

「ボクしゃんの実験台にするしゅ」

「ふむ、人体実験は禁止されているからな。良い機会だ」

「いや、まずいだろ」

 若者が止めたが、少年は地面にひっくり返り、足をバタバタさせた。

「やるしゅ、やるしゅ」

 老人が屈み込んだ。

「キドズ魔法を試すのはどうだ?」

「いいしゅ!」

 少年が飛び起きた。

「あれなら、ここでばっちりしゅ」

 大きな瞳をぎらつかせて、少年が言った。

 キドズ魔法。ガルトはスイシーの大学校の図書室に置かれた魔法陣の歴史書で読んだことがあった。古代魔法のひとつだが、現在は使われていない。魔法陣の中央に魔術師を置き、その魔術師をエネルギーに変換して、強力な魔法を発動させたと書かれていた。

 エネルギーに変換。

「………死にたく……ない…」

 ガルトは力を振り絞って言った。

 再び若者が近寄ってきて、ガルトの側に屈み込んだ。

「死ぬのがイヤなら、なぜ、こんな魔法陣を書いた?」

 淡々とガルトに聞いた。

「………先生が……」

「こっちの人か?」

 ガルトはうなずいた。

 サザーランドは微動だにしない。

「おい、先生とやら、なぜ、魔法陣を書いたんだ?」

 軽い口調で話しかけた。

 意識が戻っていないのか、サザーランドは返事をしなかった。

「首の骨を折るぞ」

「………復讐だ……」

 かすれた声でサザーランドが返事をした。

「誰に?」

「……この世界に」

「この世界があんたたちに反撃しても、正当防衛だよな?」

 サザーランドが慌てて首を振った。

「ムー・ペトリに………」

「ムー・ペトリに復讐したかったのか?」

 サザーランドがうなずいた。

 ガルトにはサザーランドの考えが手に取るようにわかった。復讐の対象をひとりに限定することで、若者に助けてもらおうと考えたのだ。

「そうなると、ムー・ペトリには反撃されてもいいことになるよな」

 困ったように若者が言った。

「………ムー・ペトリなら…しかたない……」

 殊勝な態度でサザーランドが言った。

 良い作戦だとガルトは思った。若者がサザーランドとガルトをムー・ペトリのところまで引きずっていくとは思えない。

「やったーしゅ!」

 少年がジャンプした。

「キドズ魔法は少々場所をとる。隣の広間に書くのはどうだ?」

「手伝ってしゅ」

「よしよし」

 少年がはねるようにして隣の部屋に向かい、老人が後を追った。

「どうするんだよ」

 若者がサザーランドに聞いた。

 10歳くらいの少年。

 幼児語。

 サザーランドが『ムー・ペトリならしかたない』と言ったときの喜びよう。

 ガルトの頭にイヤな考えが浮かんだ。それを言葉にしたのはサザーランドだった。

「…………あの少年は……ムー・ペトリ……なのか……?」

 たどたどしい言葉に、驚きと恐怖が感じられた。

「違う」

「…だが……」

「気のせいだ」

「………しかし……」

「なあ、キドズ魔法って、何だ?」

 若者がサザーランドに聞いた。

「…魔術師をエネルギーに変換して…魔法を発動させる…」

「あいつらが喜びそうな魔法だな」

「……助けて…くれ」

「無理言うなよ」

「…頼む………」

「爺さんを狙ったのはまずかったよな。運がなかったと諦めてくれ」

「……ご老人には……謝る」

「あのクソ爺が、謝ったくらいで許してくれるものか」

 言い終わるとほぼ同時に、若者は右に飛んだ。真っ黒な魔法弾が横を抜け、遺跡の壁に大穴を開けた。

「クソ爺と呼んだだけで、これくらいだ」

 当たれば即死しただろう魔法弾を避けた若者が、なんでもなかったかのように軽く言った。

 若者はガルトの側に屈み込むと、顔と身体と手足に軽く触れた。

「麻痺させられているのは、手足だな。首から上と身体は動くはずだ」

 ガルトが試しに動かしてみた。身体に麻痺はない。手足が動かなかったので麻痺していると錯覚したらしい。

「オレも行くか」

 若者が怠そうに立ち上がった。

「助けてくれ……」

 ガルトが言うと、若者は両手を腰に当て、困ったように首を傾げた。

「チビだけで手一杯なのに、爺まで加わっているからな」

「いま、見捨てられたら………キドズ魔法で……」

「そっちは大丈夫だと思うんだけどな」

 隣の部屋を見ると、憂鬱そうに言った。

 若者が『大丈夫』言ったことで、ガルトの恐怖が少し薄らいだ。

「大丈夫なんだな?」

 言葉がスムーズに出た。

「いや、キドズ魔法でエネルギーになることは、おそらくないというだけで、大丈夫とは言えない、いや、言えればいいんだけど………」

 若者が言葉を濁した。

 ガルトは焦れた。

「大丈夫だよな?」

「オレとあいつがいると………」

 轟音が響いた。

 隣の広場と仕切っていた土壁が崩れ落ちた。

「………すぐにトラブルが起きるんだ」

 土煙の中から現れたものを見て、ガルトは驚愕した。

「あ、あれ……あっ……」

 恐怖でうまく言葉が出てこない。

 若者が怒鳴った。

「犯人はどっちだ!」

「ボクしゃんじゃないしゅ!」

 のほほんとした幼い声がした。

「わしじゃ!」

 楽しそうな声がした。

「クソ爺、何しやがった!」

「壁に見たこともない図形が描かれていたいたからムーに読んでもらった」

「それで、これかよ!」

 高さ5メートルほどの黒い粘液の塊が、膨らんだり縮んだりしている。照りのある表面は、時々痙攣するかのように波を打っている。

「ボクしゃんは読んだだけしゅ。発動させたのは爺しゅ」

「面白そうな構成をしていたので、試してみたら、壁からこいつが出おった」

「壁から染み出したしゅ」

 黒い粘液の塊の向こうから聞こえてくる。

「倒せるのか!」

「ちょい試したしゅ」

「それでどうだ?」

「魔法は効かないしゅ」

「そうか、って、どうするんだよ、これ!」

「ウィルしゃんが頑張るしゅ」

「オレの戦闘能力を知らないのか!」

「ほぼゼロしゅ」

「爺さん、こいつをなんとかできませんか?」

 若者の言葉遣いが、いきなり丁寧になった。

「そっちにある召喚魔法陣で、大悪魔を呼んで戦わせたら楽しそうだと思わんか?」

「聞いたオレがバカでした!」

 怒鳴り返した若者が、ガルトの横に膝をついた。

「おい、死んでもオレを恨むなよ」

 ガルトは思った。

 若者は逃げる気だ。

「頼む。置いていかないでくれ」

「置いてはいかない」

「連れて行ってくれるのか?」

「そんな期待に満ちた目で見ないでくれ」

 困ったような顔しながらも、若者は屈み込むとガルトの背中に手を回して上半身を起こした。

「私も、私も連れていってくれ」

 サザーランドがこっちを見ていた。

「年寄りには厳しいと思う。そこにいてくれ」

「ガルトより私の方が役に立つぞ」

「いや、そういうことじゃないんだ」

「頼む、私を」

「すぐに戻ってくるから」

 サザーランドをなだめるように言った若者は、ガルトの後ろに回った。ガルトの脇の下から腕を入れると立ち上がった。若者が動けないガルトを引きずる形で歩き出した。

「私を置いていかないでくれぇ!」

 サザーランドの悲痛な声が響きわたる。

「………先生は」

「年寄りにはきついだろう」

 抱きかかえられているといっても、足は地面を引きずる。年寄りなら骨折しかねない。だが、放置すれば、あの粘液のモンスターに食われてしまうかもしれない。

「………迎えに来られるだろうか」

「迎え?何の話だ?」

 サザーランドのことだと答えようとしたガルトは、若者の歩いていく方向に疑問を覚えた。

「出口は向こうだ」

「いいんだ」

「間違えている」

「あっている」

 若者が言った。

 だが、若者が歩いていくのは隣の広場の方向だ。仲間の2人と合流するのだろうかと考えたガルトは、若者の真意に気づいた。

 途中に粘液のモンスターがいる。いまは動かないから横を通れば隣の広場にいけるが、重いガルトを連れて行く必要はない。出口はこの部屋の逆方向にあるのだ。

「私をモンスターの餌にする気だな!」

「そんなことするかよ」

 否定した若者だが、歩みをとめることなく、ガルトの引きずっていく。

「やめてくれ。死にたくない」

「大丈夫だと思うんだけどなあ」

 粘液の塊の前まで近づいた若者は、ガルトを地面に置いた。次にガルトの両手をしっかりと握ると立ち上がって、自分を軸にしてグルグルと回り始めた。

「ぐぎゃぁーーー!」

 回転数があがり遠心力で身体が完全に浮き上がると、その状態で粘液の塊の方に移動した。

 回されているガルトの足が粘液の塊に触れた。粘液をスピードのついた足で横殴りにした形だ。

 ねちょぉとした感触がして、すぐに足についた粘液が離れた。

「やめてくれぇーーー!」

 ガルトは気づいた。

 餌じゃない。

 武器にされている。

「粘液に触れた場所に痛みはありますか?」

 ガルトを回しながら、若者が冷静に聞いた。

「ない、ない!」

「どんな感じですか?」

「ど、泥、泥が……」

 回される度に、足が粘液に突っ込む。

 痛みはないが、恐怖はとまらない。

「大丈夫そうだな」

 若者は回るのをやめると、ガルトを地面に置いた。粘液のついた足を見ている。

「どうしゅ?」

「何もないのか?」

 少年と老人が、近寄ってきた。

「皮膚に異常は見えないな。人には害がない粘液みたいだ」

「分析するしゅ」

「特殊な成分が含まれているかもしれんからな」

 少年がガルトの足についた粘液に手を伸ばした。

 粘液が動いた。

「ほよしゅ」

「いま、動かなかったか?」

 若者が顔を近づけた。

「ほよほよしゅ」

 少年が動いた粘液を追うように手を動かす。触れられたくないのか、粘液はクネクネと動いて避けた。

 若者がそっと触れた。粘液は動かなかった。

「魔力があるとダメなのかな」

「こいつ、魔術師しゅ」

 少年がガルトを指した。

「だとすると、なんで動くんだ」

「どれ、わしが」

 老人が手を伸ばすと、粘液は動いて避けた。

「魔力量かな」

 若者が首を傾げた。

「そこにいるのは誰だ!」

 魔法陣が書かれている広場の天井にあいた穴から、誰かがのぞき込んでいる。真下に倒れているサザーランドが目に入ったのだろう。

「大丈夫か!しっかりしろ!」

 ガルトには良さそうな人に思えた。

 今しかない。

 ガルトは、体中の力を振り絞って叫んだ。

「助けてくれ!」



「この文字が、これで間違いないようだ」

「そうなると、やはり」

 サザーランドとガルトは、大悪魔召喚の魔法陣が書いてあった古い遺跡を調査している。

 2人を助けてくれたのは、スューブの町外れに住む羊飼いだだった。羊達を連れてあるいるとき、地面の下から悲鳴が聞こえたので、声を頼りに穴をみつけてたのだ。

 ガルトが『助けてくれ!』と叫ぶと、羊飼いは『いま、穴を降りて助けてやる。頑張れよ!』と言って、姿を消した。すぐにロープが穴から降りてきたのだが、その時には、怪しげな3人組はいなくなっていた。ガルトが目を離した一瞬の間の出来事だった。

 2人の身体が動かないと知った羊飼いは、スューブの町の魔法医と警備隊を呼んできてくれた。簡単な魔法治療で動くようになり、その後警備隊から事情を聞かれた2人は『遺跡で魔法陣の研究をしていたら、突然見知らぬ青年が現れ、魔法をかけられ動けなくなった』と説明した。2人が魔法陣の研究家だということを町の人は知っていたので納得してくれた。

 あの時、何があったのか。

 サザーランドとガルトには、恐ろしい出来事であると同時に新鮮な刺激でもあった。2人は遺跡の調査を念入りに行った。

 大悪魔の召喚魔法陣は、すでにわかっていた。わからなかったのは、隣の部屋の床に書かれていたキドズ魔法の魔法陣、石壁に書かれていた古代文字、動かない粘液の塊。

 ムー・ペトリとおぼしき少年が残したキドズ魔法の魔法陣は半分だけだった。魔法陣の専門家であるサザーランドもガルトも、解読に挑戦はしてみたが、資料もなく何もわからなかった。

 石壁に書かれていた古代文字は幸いなことに、サザーランドが資料を持っていた。2人で遺跡に潜り、壁に書かれた文字をすべて写し取り、部屋で解読した。古代人が製造した魔法アイテムの封印をとく解呪だとわかった。

 3人組は気づかなかったようだが、粘液の塊が現れた隣の部屋、大悪魔召喚の魔法陣が描かれた広場の石壁にも、同じ文字で書かれた長い文章が彫られていたのだ。

「わからない」

「つじつまがあいません」

「だが、これが本当なら」

「大儲けできます」

 サザーランドとガルトが、石壁の文章を解読すると『粘液の塊は、人に化けた悪魔がわかるアイテム』になった。悪魔が側に近づくとグニグニと動く。もし、それが事実ならば、魔力のない一般人でも簡単に悪魔をみわけられることができるようになる。世界各地の町や村に人に化けて住んでいる悪魔を排除することが可能になる。

「信じていいのか」

「わかりません」

「間違っていたら、大変なことになる」

「そうですが、本当ならすごいアイテムです」

 サザーランドとガルトが、頭を悩ましている理由。

 少年と老人が手を触れようとしたとき、粘液はグニグニ動いたのだ。

「あの2人が悪魔だったと考えれば、つじつまがあうのだが」

「ムー・ペトリが悪魔だったという話は聞いたことがありません」

「やはり、違うのか」

「ムー・ペトリではなく、悪魔だったのかもしれません」

「そうすれば、あの悪魔のような言動も納得できる」

「あの老人も仲間の悪魔だったのではないでしょうか」

「そうだ、そうに違いない」

「そうです。そうだったなら、あの粘液を売って、大儲けできます」

「いまなら、全部我々のものにして」

「高額で売りさばけます」

「だが、間違っていたら」

「大変なことになります」

 2人の話し合いは、長く長く続いた。




「くしゅん、しゅ」

「ムー、風邪か?」

「へっくしょん!」

「爺さんまで、風邪かよ。オレに、うつすなよ」

「風邪じゃないしゅ」

「日差しが暖かかったので、2人で川を暖めて湯浴みをな」

「湯冷めしゅ」

「オレが昼飯の準備に奔走している間、2人で風呂かよ!」

「温度がちびっと足りなかったしゅ」

「魔法を使ったのか?」

「いやいや」

「この間、手に入れたアイテムしゅ」

「そんなアイテムなんて、あったか?」

「これしゅ」

「なんだ、この羽」

「わしとチビで1枚ずつもらったのだ」

「汚い羽だな」

「クロセルの羽しゅ」

「これこれ」

「爺さん、クロセルというのは何だ?」

「年寄りは物忘れが激しくてな」

「ムー、クロセルというのは何だ?」

「忘れたしゅ」

「オレの予想を言っていいか?」

「最近、耳も遠くなってのう」

「ボクしゃんもしゅ」

「てめーら、悪魔を呼んだな!」

「はて、何を言っているのか」

「ほよしゅ」

「2人とも桃海亭から、とっとと出て行きやがれ!」




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