ルゴモ村の夜
ルゴモ村へ向かったのは、オレ達が教会に呼ばれた翌日だ。
朝霧がたちこめる早朝の旅立ちとなった。
「ムー、しっかりつかまっていろよ」
「はい、でしゅ」
メンバーは、教会の護衛2人と、ムーとララとオレ。
一刻を争う事態だというので、街道が通っているルゴモ村までは馬で行くこととなった。
馬に乗れないムーは、オレの馬に同乗。
「ペトリ殿、よろしければ私の馬に」
教会からの護衛は、オレを捕まえたロビン・ドレイファスと女司祭のクリスティン・ショア。
ドレイファスは剣だけでなく、魔術も使えるらしい。旅のスタイルも、騎士らしく、長剣に鎧にマントだ。
「ありがとう、ドレイファス。でも、ウィル・バーカーは、長いつきあいで私のことをわかっていますから」
普通に話すムー。
長くなどない。卒業試験の期間だけだ。
「ペトリ様は、バーカー殿を信頼されているのですね」
クリスティン・ショアが、ムーに微笑みかける。
神聖魔法と白魔法を使えるクリスティンは、20歳だというのに司祭という高位についている。
よほどの使い手らしい。
「シュアさん、バーカー殿はやめてください。ウィルでいいです」
「わかりました。そのかわり、私のことも、クリスと呼んでいただけます?」
輝きのある青い瞳が、楽しそうにオレを見る。
「わかりました。クリス」
ドレイファスが、馬の首を巡らせた。
「ペトリ殿、そろそろ出発しませんと…」
「そうですね。それでは、出発」
ムーの合図をうけて、オレ達は馬を走らせた。
先頭は、道を知っているというドレイファス。
次にララ、オレ、最後尾に、クリスティン。
ララはいまだに不満らしく、馬を走らせながらもブツブツと文句をいっている。
「なんで、あたしが護衛なんてしなくちゃいけないのよ。あたしは、暗殺者よ。護衛をされているヤツを殺すのが仕事なのよ」
「いい加減、あきらめろよ、ララ」
「わかっているわよ。でも、この仕事だけはイヤなの」
「護衛も、これからの勉強になるだろ」
「違うわよ」
ララが鼻息も荒く断言した。
「ムーが雇い主っていうのが、許せないのよ!」
オレの背中に張りついていたムーが「うぴゅぴゅ」と笑った。
次の瞬間、ムーが弾け飛んだ。
「あれぇーーーーーーでしゅーーー」という長い悲鳴は、道脇の雑木林に消えていった。
「ペトリ殿!」
「ペトリ様!」
ドレイファスとクリスティンが、慌てて馬を止め、探しに行った。
ムーを鋼線で飛ばした犯人は、そのまま、ゆうゆうと馬を走らせ、
「ルゴモ村で、待っているわね」と、先にいってしまった。
オレ達がルゴモ村についたのは、夕刻を過ぎていた。
ルゴモ村には宿がないということで、空き家を一軒、教団が借りていておいてくれる約束になっていた。
村の名を刻んだ門を抜けると、ドレイファスは懐かしそうに見回した。
「前に来たことがあるのですか?」
クリスティンが聞くと、ドレイファスはうなずいた。
「十年ほど前だ。あの頃に比べると、さびれたものだ」
陽はまだ西の空にあるというのに、人影はない。
木でできた小屋が、点在して建っているが、
小屋のほとんどは半壊しており、住んでいる様子はない。
「この村がさびれた原因は、あの事故ですか?」
クリスティンが声を潜めてドレイファスに聞いた。オレ達に聞かれたくないのか、囁くような声だったが、村の静けさがオレの耳にしっかりと声を届けた。
「…知らぬ。私はあれ以来、きたことがないのでな」
やはり、小声で返すドレイファス。
事故とやらについては、オレ達に説明する気はないようだ。
ひとけのない村を、ぐるりと見回したドレイファスは、馬の手綱を握ると、
「ペトリ殿、教団が借りました家は、こちらのほうにあります」と、先に立って歩き始めた。
ドレイファスに案内された家は、村のほぼ中心に建っていた。家というよりは大きめの小屋といったところだ。屋根と外壁だけで、窓も床もない。
クリスティンが荷物から出したロウソクに火を灯すと、部屋の隅にうずくまっている影が照らし出された。
「ララ!」
「ウィル。もう、着いたの?」
「どうしたんだ、そんなところで」
「なんでもないわ」
すくっと立ち上がると「水をくんでくるわ」と、小屋の外に出て行った。
オレとクリスティンは荷物から夕食用のパンと干し肉を用意し、ドレイファスが火をおこしたところで、ララが水の入った水筒を片手に戻ってきた。
肉とパンと水で簡単な食事をしたオレ達は、明日に備えて寝ることにした。
「見張りだけど、誰が最初にする?」
ララがオレとドレイファスを、交互に見た。
「オレがやろうか?」というと、ドレイファスが「ちょっとよろしいですか」とさえぎった。
「村の中ですから、襲われる危険はないと思われます。万が一ということもありますから、私がドアの前で寝るということで、どうでしょうか?」
ムーは、ドアを見て、オレを見た。
それから、ドレイファスを見た。
「ドアのところに眠られると、他の者が水を飲んだり、外に出たくなったときに不便でしょう。
ドレイファス殿にはドアの右側に寝ていただき、左側にはウィルに寝てもらいましょう」
「ですが、ペトリ殿」
ムーは、毛布を抱えると、
「それでは、先に眠らせていただきます」
奥の方にトコトコといき、ゴロンと横たわった。
「あたしも、寝よーーー」
ララがその隣に寝て、そのとなりにクリスティが「では、わたくしも」と、横になった。
しかたなく、オレはドアの左横に横になり、毛布を掛けた。
一日、馬を走らせた疲れで、オレはすぐに眠りに入った。
夜もふけた頃、オレは動いた空気に、目が覚めた。
扉から、影が出て行く。
燃えるように赤い髪を、月明かりが映しだした。
右腕に丸めた毛布を抱えている。
オレは、壁にもたれて寝ているドレイファスをみた。
気づいている様子はない。
オレはドレイファスを起こさないよう、音をたてないよう外に出た。
家の陰から陰へと走るララを追っていくと、村はずれにでた。
井戸端に立つ木の陰に、ララの姿が消えた。
オレは足音を忍ばせて近づいた。
「待っていたわ、ウィル」
足元に毛布を置いたララが、幹に背をあずけていた。
「どういうことだ」
詰め寄るオレに「ちょっと待って」と、言うと毛布を広げた。
ゴロリと、ムーが転がり出る。
熟睡しているらしく、起きそうもない。
「おい!」
「待ちなさいよ、ウィル」
手でオレに座るようにうながす。
渋々と座ったオレの横に、ララが腰を下ろした。
「このまま3人で、エンドリアに帰らない?」
「おまえ、まだ、ムーに雇われたことを、こだわっているのか?」
ララが手を振って、否定した。
「まさか」
「だったら、なんだよ」
「おかしいと思わない?」
「なにが?」
「もし、教団の言うとおり、この遺跡の異次元通路が開いたとしたら、その処理はダイメンの魔法局か、ダイメンの聖神殿が行うはずよ」
ララの言うとおりだ。
オレもそのことは、考えた。
そして、答えらしきものもみつけていた。
「穴を閉じられるのは、ムーだけと聞いたぜ。ムーがストルゥナ教団にいるから、教団がやることになったんだろう」
ララがあきれた顔をした。
「ウィル、気づいていないの?」
「何を?」
「ムーの服をみてごらんなさいよ」
無地の水色の上着、水色のズボン、卒業試験と同じだ。
違ったところといえば、銀の短いマントだが…。
ストルゥナ教団で、水色の服も、銀色のマントも着ていた者はいなかった。
誰もが白い僧侶用ローブを着て、それに肩掛けや鎧を着ていた。
「ウィル。面白いこと教えてあげる」
いたずらっぽい笑みを浮かべたララが、銀のマントをつまんだ。
「問題です。魔術師でこれを持っているのは?」
そう言われて、思い当たった。
銀のマントが、教団に関係するものだと思っていたオレは、考えもしなかった。
だが、魔術師のマントとすれば、簡単すぎる問題だ。
「ルブクス協会賞の受賞者を示すマントだ」
ララがニッコリとした。
「正解」
ルブクス大陸の魔術師を統べるルブクス魔術協会が、優れた魔術師を選んで年に一度、褒賞としてマントを授ける。それは魔術師が個人的に属する教団や学園などは関係しない。また、賢者や聖者などという尊称とも違う。単純に魔術を極めた者や、すぐれた研究をして、それによって成果を得た者に贈られる、金のマントと銀のマントの、銀のマントだ。
「でもなぁ」
オレが気づかなかった理由は、教団関係だと思っていたからだけじゃない。
「あたしも、本当に着るやつがいるとは思わなかったわ」
トロフィーや賞状と同じ褒賞のひとつだ。ガラスケースに入れて飾るか、防虫剤と一緒にタンスにしまっておくか、が、普通だ。
「なあ、ララ」
「なによ」
「ムーが教団関係者じゃないことは、わかった。
だったら、なぜ、ムーはストルゥナ教団といるんだ。
なぜ、この村の遺跡の穴を閉じに来たんだ」
ララが頬杖をついた。
「ひとつは、わかっているわ。
この近辺で異次元の穴を閉じられるのは、ムーしかいないわ。これは間違いないわ。
わからないのは、なぜ、ムーがストルゥナ教団との関係よ」
「直接、聞いてみるか?」
答えを知っているムーは、足元でスピスピ寝ている。
「それでもいいけど、もし、このまま帰らないなら起こす前に、いくつか話しておきたいんだけれど」
「帰るかは、あとで話し合うとして聞いておくよ」
「そうね」
ララは膝をたてると、膝の間に顎を乗せた。
「あたしが気にしている点を、順番にあげるわ。
まず、なぜ、ムーがストルゥナ教団にいるのか?
次に、なぜ、今回の異次元の穴ふさぎをストルゥナ教団がやるのか?
ムーは、なぜ、ウィルとあたしを、今回のメンバーに加えたのか?」
「オレを加えたのは、夢をみたからだと言っていたぞ」
「それは事実かもしれない。
でも、それにしてもムーのやり方は強引だわ。
なにか、あたしたちに隠していることがあるのかもしれないわ」
「ああ、あるかもな」
ムーがオレに頼んだときの真剣さは、異常ともいえるほどだった。
「まだ、気になっていることがあるわ。
あたしたちが今夜泊まったあの小屋。
村長に場所を聞いて、あたしが先にはいったんだけど、
そのとき、毒の空気が充満していたの」
「えっ!」
驚きの声をあげたオレの口を、ララの手がふさいだ。
「静かにしてよ」
オレがうなずくと、ララは手を放した。
「わるい」
「気をつけてね」
「それで、大丈夫だったのか?」
「すぐに気がついたから、ドアを開け放したの。
窓もないし、空気を入れ換えが終わったのは、ウィル達が着く少し前よ」
「オレ達を殺そうとしているやつがいるということか?」
ララが「ええ」と、答えた。
「毒はあの家の土に巻かれていたわ。
揮発性の毒を巻いて、犯人は小屋から出る。
時間と共に毒は蒸発し、致死量の毒がただようことになる、っていうわけ」
「ひでーことをするな」
「あたし達は、ここに穴をふさぎに来ただけでしょう?
命を狙われる理由はないわ。
それなのに、命を狙われている」
「全員、殺そうとしたとは限らないだろ。
オレ達の中のひとりを狙ったのかもしれないだろ?」
「もしそうなら、考えられる標的はムーなんだけど」
「そうだろうな」
「ムーが狙われてるとしても、相手も理由もわからないわ」
「ストルゥナ教団とムーとの繋がりについて、手がかりには何もないのか?」
「いまのところ、見つかってないわ。
ムー自身、ストルゥナ教団を含め、宗教関係の団体に所属したことはないわ。
ムーだけでなく、ムーの両親や祖父母、親戚関係まで調べたけれど、
ペトリ一族でストルゥナ教団に入っている者はいないわ。
魔術団体や宗教団体で働いているものも、ひとりもいないわ」
「そんなことまで、調べたのか」
ララが髪を、バサッと手でかき上げた。
「当たり前でしょ、あたしは暗殺者よ。
ターゲットについて調べるのは、当然の事よ」
「ターゲット、って。今回の仕事は、護衛だろ」
「細かいこと言わないでよ」
「他に調べたことは何かあるのか?」
ララは「あとは…」と、少し考えたあと、
「ウィルは、ムーがいま、何をしているかは知っている?」と、聞いた。
「いや、知らない」
「家の手伝いよ」
「ムーの家は、店でも開いているのか?」
「ううん、農家。ペトリ一族は、エンドリアの由緒ある富農なのよ」
「チビのムーが、クワもって耕しているのか?」
「そこまでは調べなかったけど……」
何かが引っかかった。
話の中の、何かに引っかかったのだが、それが何だかわからない。
「ウィル、どうしたの、黙り込んで」
「いや、なんでもない」
ララが立ち上がった。
「間もなく、夜が明けるわ。これから、どうする?」
「時間もないことだし、手っ取り早く、答えを知る方がいいんじゃないか」
「やっぱ、ウィルもそう思うわよね」
うれしそうなララが、寝ているムーの耳をひっぱった。
「起きて、ムー」
「…あしゃ、でしゅか???」
寝ぼけ眼をこすりこすり、ムーが起きあがった。
「…お陽しゃま、ないでしゅ」
ばったりと倒れると、また、スピスピと寝息を立てている。
「このぉ…」
ララの手が、ムーの口をふさぐと、耳をギューーーと引っぱった。
ムーは目をパッチリと開いた。
手に覆われた口からは、押し殺した悲鳴がもれる。
「ムー、素直に答えれば、痛いことはしないわ」
ムーが、コクコクとうなずく。
「聞きたいことは3つ。
ムーとストルゥナ教団の関係。
今回の異次元の穴ふさぎを、なぜ教団がやるのか?
なんで、ウィルとあたしを雇ったのか」
口から手を静かに放した。
「ボクしゃん、教団から金貨200枚でお仕事でしゅ。
穴ふしゃぎが教団なのか、知りましぇん。
ウィルしゃんは、夢で教えてもらいましゅた。
ララしゃんは、バシバシでしゅ」
「なによ、そのバシバシって」
「ボクしゃん殴ると、ドレイファスとクリスティンに叱られましゅ」
「あ、そういうこと」
パンと、ムーの頬が鳴った。
「ララしゃん、痛くしない、言ったのに……」
「言ったけ?そんなこと」
罪を微塵も感じていない声でいう。
オレは目をウルウルさせているムーに、毛布を掛けてやった。
毛布にクルリとくるまると、また、地面に横になった。
「ララ、情報は出そろったみたいだぞ」
すべてが真実かは、わからないが。
「うーん、いまいちだったわね」というと、
紐を取り出して、長い髪を襟足でひとつに縛った。
「ちょっと、出かけてくるわ」
「おい、もう陽が昇るぞ。そしたら、出発だ」
「三時間、三時間で戻るわ。それまで、出発を引き延ばして」
「必ず、戻るな?」
「戻るわ」
真っ直ぐにオレの目を受け止めるララ。
「わかった」
ララが走り去る直前に言った。
「ウィル、頼んだわよ」
足元のムーは、眠りの世界にまた入っている。
スピスピと気持ちよさそうな寝息。
毒が撒かれた。
敵は近くにいる。
ドレイファスも、クリスティンも、敵か味方かわからない。
あと三時間。
オレひとりで、ムーを守りきらなければならない。