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第63話 救いの形

 自分が何のために生まれたのか、

 何をしようとしているか、

 何ができるか、

 見失っている気がする。


 自分が見つからない。


 何を求め

 何を探し

 何をすればよいのか


 自分は

 いま

 どこにいるだろう



----------------



「たいへんです、店長」

 朝、眠っているオレの部屋にシュデルが飛び込んできた。

「誘拐されました」

「………誰が?」

「ムーさんです」

 朝から非常に喜ばしいニュースだ。

 だが、確認は必要だ。

「………本当か?」

「はい。桃海亭のムーさんではありませんが」

「放っておけ」

「ダメですよ。起きてください」

「まだ、眠いんだ」

 掛け布団にしがみついているオレをシュデルが引きはがそうとする。

「ウィル、頼む」

 ガガさんの声までしたが、オレは布団にしがみついた。

「昨日も遅かったんです。寝かせてください」

「起きてくれ」

「眠らせてください」

「ムーが誘拐された」

「ムー・ペトリではないんですよね?」

「これが魔法協会エンドリア支部に届いた手紙だ。同じものが魔法協会本部にも届いたそうだ」

 布団の中に黒い紙が差しこまれた。

 しかたなく、オレはベッドに起きあがった。

 透かしがはいった高級便せんだ。開くと黒地に白いインクで流れるような文字が書かれていた。

【我々、正義の魔法騎士団は白い悪魔ムー・ペトリの捕獲に成功した。明日正午、エダスの暗黒の沼でウィル・バーカーと共に処刑する】

「正義の魔法騎士団って、誰ですか?」

「わからない。ただ、魔法を使える貴族の師弟が集まって、魔法騎士団を名乗ることが流行っていることは聞いている。最近ではルテオの魔法騎士団が有名だ」

「ウィル・バーカーも一緒に処刑されるみたいですが、処刑されるウィル・バーカーはすでに捕まっているんですか?」

「わからない」

「捕まったムーが、うちのムーでないのは間違いないんですか?」

「ムーさんは、いま食事をしています」

「ムーが?やけに早いな」

「僕にホットケーキを焼かせて、ペトリさんからいただいた蜂蜜を大量にかけて食べています」

 昨日、いただいたばかりなのに、と、シュデルがぼやいた。

 時計を見た。

 まだ、朝の7時だ。

「シュデル、本物のムーか?」

 寝ぼすけのムーは、昼まで寝ていることもある。

「本物です。昨夜脳を酷使したから大量の糖分が必要だと言って………」

「そいつを早く言え!」

 オレはベッドから飛び降りた。二段跳びで階段を下りる。

『わからない』だらけの誘拐事件より、目の前にある危険を回避することが先だ。

「ムー、何をした!」

「もごっ」

 口に蜂蜜だらけのホットケーキが詰まっている。

 オレはゆっくりと聞き直した。

「昨夜、何をして、脳を酷使することになったんだ?」

 ムーが蜂蜜だらけの指で、ポシェットを指した。

 何かが入っている。

「わかった。食べたら手を洗って、出せ」

 ムーがうなずいた。

「ウィル、ウィルはいるか!」

 店の扉が勢いよく開かれ、飛び込んできたのは何も買わない常連客アレン王太子。

 暇になると茶を飲みに来ているが、これほど朝早くに来ることはない。

「どうかしましたか?」

 店に行くと、王太子の衣装を着たアレン王太子がいた。

 最近、店に来るときは古ぼけた上着にシャツとズボンを着ているので、まともな服を着ている王太子は新鮮だった。この間、異次元召喚獣の件で城に呼び出された時も、桃海亭で着ている古ぼけたシャツとズボンを着ていた。

「エダスの暗黒の沼を知っているか?」

「どこかで聞いたような」

「私が持ってきた手紙に書いてあった」

 ガガさんが手紙を広げて、アレン王太子に見せた。

「これか」

 眉をひそめて手紙を読んでいる。

 服が違うだけで、なんとなく凛々しく見える。

「ウィル、すまないが、エダスの暗黒の沼に行ってきてくれ」

「はい?」

「そして、捕まっているウィル・バーカーを助けてきてくれ」

 ここで『なぜです?』と聞くと、行くことになるから、オレは聞こえなかったふりをして食堂に戻ろうとした。

「ウィル、頼む。エンドリア王国の命運がかかっているのだ」

「どういうことですか、アレン王太子」

 オレが聞こえないふりを続けているのに、ガガさんが反応してしまった。

「捕まっているウィル・バーカーは、ルッテ商会の社長の三男らしい」

「それは大変だ!」

 ガガさんが驚いた。

 ルッテ商会は俗に言う死の商人だ。武器、傭兵、魔術師、アサシンなど、人殺しに関係するものなら何でも扱う。規模の大きい商会だが、なにより凄いのは請け負った仕事は必ず完遂することだ。手段を選ばす、必ず要求に応える。だから、高額な料金にも関わらず、多くの仕事が舞い込む。

「ウィル、行ってくれるか」

「行きません」

「ウィル!」

「本当にルッテ商会の三男が捕まっているんですか?捕まっているなら、ルッテ商会が助ければすむことです。あっちは、オレと違って本職なんですから」

「それには事情が」

「行きません」

「ウィルの偽物として捕まったんだ。本物が助けるのが筋だろう」

「本物って、オレのことですか?本物だと何かいいことがあるんですか?オレは今日も貧乏で、朝食のパンに蜂蜜もかけ………ムー!」

 食堂に飛び込んだ。

「蜂蜜は残っているだろうな!」

「はいしゅ」

 瓶に3分の1ほど残っている。

「残ってよかったです」

 シュデルが蜂蜜の瓶を持ち上げた。

「これは僕が貰いますね」

「オレの分は?」

「ペトリさんは、僕とムーさんに持ってきてくれたのです。店長の分はありません」

「またかよ」

 ムーと一緒に住みたいペトリの爺さんの、オレへの陰湿な嫌がらせだ。

「レモンもいただいたので蜂蜜に漬けますから、店長もどうぞ」

 シュデルの頭上に天使の輪が見える。

「蜂蜜レモンなら、城にあるやつを持ってきてやるから、とにかく行け」

 食堂に入ってきたアレン王太子が強い口調で言った。

「オレが行く理由がありません」

「ここに書いてある正義の魔法騎士団というのはキデッゼス連邦の上級貴族の子弟の集まりだ。知っての通り、キデッゼス連邦とリュンハ帝国は長く戦争をしていた。ルッテ商会にとってキデッゼス連邦は大のお得意さまだ。事を荒立てたくない」

「ルッテ商会が直接手を出したくないのはわかりました。でも、どこかに頼めばいいことですよね。オレは素人で救出の知識も経験もありません。失敗すれば、大切な息子を失うことになりますよ」

「ここからは内密の話だ。ルッテ商会は息子を助ける気はない。殺されても仕方ないとあきらめている」

『内密の話』と言ったアレン王太子の隣に、なぜかワゴナーさんがいた。

 商店会会長のワゴナーさんは、商店街の用事でよく店に来る。店に誰もいなかったので、食堂まで入ってきたのだろう。

 アレン王太子は、ワゴナーさんがいることを気づいていないのではないかと心配になった。ワゴナーさんはとてもいい人だ。いい人だが、内密の話=『誰にも言っちゃダメだよ。ここだけの話だけどね…』の人だ。たぶん、明日には商店会中に広まっている。

「それなら、助けに行かなくてもいいのではないですか?」

「ウィルくん、人の命がかかっているのに、そんなことを言ったらダメだ」

 ワゴナーさんに叱られた。

 シュデルがお茶を入れて、カップを配った。

「ルッテ商会の今の社長は入り婿だ。妻の父親が前社長だ。すでに亡くなっているが」

「それが何か関係しているんですか?」

「この現社長の妻で前社長の一人娘が、母の友人なのだ」

「はぁ?」

「エンドリア王妃のご友人ですか?」

 ガガさんが聞いた。

 せまい食堂は男6人でギュウギュウだ。

「偽ウィルは、年がいって出来た子らしい。年の離れた2人の兄は既にルッテ商会で働いている。3番目だけ大学校まで行って優秀な成績ででたもの、定職につかず、家でブラブラくらししていたらしい」

「頭が良くて、優秀な成績ででたんですよね、なぜ、ルッテ商会を手伝わなかったんですか?」

「理由までは知らない。ただ………」

「ただ?」

「卒業した学部は哲学科だったそうだ」

 何ともいえない空気が食堂に漂った。

「それほど頭の良い方が、なぜ店長の偽物などをしたのでしょう?」

「本物を知らなかったのだろう。本物がこれだと知っていたら、やるバカはいないだろう」

 アレン王太子が断言した。

 ガガさんがアレン王太子の方を向いた。

「魔法協会が把握しているウィルの偽物は10人を越えています。勝手に名乗る雑魚まで入れれば、どれほどいるのかわかりません。正義の騎士団は、なぜ、今回の偽ウィルと偽ムーを捕まえて処刑しようとしているか、情報ははいっていますか?」

「わからない。ルッテ商会の社長夫人から私の母のところに『息子が捕まって殺されそうだ。夫は助けるつもりがない。助けてほしい』と、救助要請があっただけだ」

「お二人とも、処刑される理由も大事でしょうが、明日の昼までに本物のウィルが【エダスの暗黒の沼】という場所に行かないといけないのではないでしょうか?」

 いつの間にかワゴナーさんが、手紙を読んでいる。

「そうだ、ウィル。【エダスの暗黒の沼】というのは、どこだ?」

「知りません。今日初めて聞きました」

「どなたか、ご存じないか?」

 アレン王太子が見回した。

 ガガさんもワゴナーサンもシュデルも首を横に振った。

「もごっ!」

 ムーが手を挙げていた。

 まだ、口にはホットケーキが詰まっている。

「あ、それは店長の分です。食べてしまったのですか。もう、材料がないのに」

 アレン王太子が、殴ろうとあげたオレの腕を素早くつかんだ。

「ウィル、蹴飛ばすのは後だ。先に【エダスの暗黒の沼】の場所を聞き出せ」

 殴るから蹴飛ばすに、パワーアップしている。

 シュデルがミルクのはいったコップをムーに持たせた。

「もごっ」

 ミルクでオレが食べるはずだったホットケーキを流し込んだ。

「トセリの【青の泉】のことしゅ」

「【青の泉】!」

「全然違うだろ!」

 キデッゼス連邦の小国トセリは観光の国だ。特に王都ネフにはキデッゼス連邦の各国から貴族や金持ちたちが遊びに訪れる。整備された美しい町並み、都のあちこちに豪華な彫刻が飾られ、メインストリートには超一流品を扱う店が並び、夜になれば凝った趣向のホテルに泊まれる。

 そのネフの中心にあるのが【青の泉】だ。独特の深い青は泉に自生している藻の色らしい。

「本当しゅ、昔は【エダスの暗黒の沼】と呼ばれていたしゅ。暗黒神の流した青い涙が湖を青くしているという伝説もあったしゅ。3代前のトセリの王様が『観光を産業にする予定なのに暗黒神は縁起が悪い』ちゅって、勝手に【青い泉】と名前を変えたしゅ」

「トセリとは遠いな。急いで大型飛竜を手配しなければ」

「オレは行きませんから」

「ボクしゃん、行くしゅ!」

「行き先がトセリならば、僕が行くのは難しいですね。ロラムの隣ですから、父に迷惑をかけたくありません」

 アレン王太子はガシッとシュデルの手をつかんだ。

「店のことは頼んだぞ」

「はい、でも店長は残ると」

 アレン王太子はオレの襟首とつかむと、ムーに言った。

「行くぞ」

「はいしゅ!」

「待ってくれ、オレは行かないと」

 ワゴナーさんが、襟をつかまれているオレに言った。

「明日の商店街の会合は、シュデルが代理出席ということでいいかな」

「魔法協会本部には、ウィルとムーが向かったと伝えておく」

 ガガさんはホッとした表情を浮かべている。

「待ってくれ、オレは」

「ご協力感謝します」

 アレン王太子はワゴナーさんとガガさんに一礼すると、オレの襟首をつかんで引きずって食堂をでた。

「待ってくれ」

「店長、お気をつけて」

 アレン王太子に店を引きずりだされるとき、力の限り叫んだ。

「行かないといっているだろーー!」




「……なんで、オレが」

 大型飛竜の背中で、オレはまだ行くことに抵抗していた。

「今回の件にはエンドリア国の命運がかかっているのだ」

「それ、店でも言っていましたよね。偽ウィルとエンドリア国と何か関係があるんですか?」

「エンドリアは貧乏国だ」

「知っています」

「貧乏でも、最低限の武器はそろえなければならない」

「まさか、武器をルッテ商会から買っていて」

「そうだ」

「息子を助けて恩を売ろうと」

「違う」

「違うんですか」

「似たようなものだが、少し違う」

 そういうと、アレン王太子は持ってきた荷物の中から水晶板を出した。そこには若き日のエンドリア国王妃と美しい女性が写っていた。

「母と仲が良かったよしみで、エンドリアには武器を安く売ってもらっている。ほぼ原価だ」

「よく原価で売ってくれましたね」

「エンドリアが買う量などミミズの涙だからな」

 ミミズではなく、雀の涙だったような気がする。

「だから、恩を返そうと」

「それもある」

「それ以外のもあるのですか?」

「エンドリアの舌先三寸外交は、多くの人に支えられて発揮するものだ。その多くの人はエンドリアが信頼に足る国だと信じているから支えてくれているのだ。助けてくれている人には誠意ある態度を示す。これはエンドリア国としての基本の姿勢だ。いつも助けてくれている人に助けてほしいと頼まれたら、できなくてもやるのがエンドリアだ」

「途中まではわかるのですが、できないものは、やはりできないと」

「私にも子供はいる。親が子供をあきらめられるか!!!」

「話が飛んでいますが」

「これでわかってくれたか?」

「とにかく、偽ウィルを助けたいんですね。王妃だけでなくアレン王太子自身が」

「そうだ」

「知っての通りオレは一般人です。できることは限られていますよ。それにエンドリアの王太子が乗り込んだら、まずくありませんか?」

「ウィルとムーはエンドリア王国の民だ。偽物であろうとエンドリアの民を名乗るものが殺されそうになっているのだ。王太子が助けようとするのは当然だろう」

 自国の民であるオレとムーを死地に投げ込もうとしている人間が言う台詞には思えない。

「わかりました。王太子は飛竜の発着場で待っていてください」

「なぜだ!」

「剣を抜いて暴れられたら困るからです」

「お前は剣が使えないのだ。私がいなければ、困るだろう」

 隠しきれない笑みがこぼれている。

 アレン王太子がついてきた理由が丸わかりだ。格好良く偽物を助け出して、ルッテ商会に恩を売るつもりなのだろう。

「ムー」

「はいしゅ」

 ポシェットから、奇妙な生き物を取り出した。

 体長1センチほど、見た目はドングリ。ただし、足が3本ある。

「新作しゅ」

 昨日の夜、脳味噌を酷使して作った魔法生物だろう。

「とりゃ、しゅ」

 アレン王太子に向かって投げつけた。王太子は避けたが、ドングリは空中で向きを変えて、王太子の耳に足でぶる下がった。

 何か囁いている。

 聞いているアレン王太子は、暗い顔になってうずくまってしまった。そして、そのまま、横にゴロリと転がると目を閉じて眠ってしまった。

「おい、ムー。大丈夫なのか?」

 ムーはアレン王太子に近づくと、ドングリを回収してポケットに入れた。

「回顧回帰回復装置しゅ」

「なんだ、それ」

「ドングリに囁かれると、自分の悪いところや反省するところが、いっぱい頭を埋め尽くすしゅ。絶望まで行き着くと、眠るしゅ。目覚めると、絶望を忘れてスッキリしゅ。20時間ほど眠るから、邪魔されないしゅ」

 とりあえず、アレン王太子に邪魔されることはなくなった。

「あとは………オレの偽物、助けないとダメだよなぁ」

「いくしゅ!」

「やけに気合いが入っているな。自分から行くと言ったりして、トセリに何かあるのか?」

「ネフのメインストリートにボクしゃん、用事がありましゅ」

「買い物、とか言わないよな?」

「買い物しゅ」

 ポシェットから金貨3枚を出した。

「高級魔法材料はネフに限るしゅ」

 おそらく、スウィンデルズの爺さんからもらったお小遣いだろう。爺さんズはムーに甘い。

「桃海亭は今日から下宿代をとることにする。金貨1枚よこせ」

「けっ、しゅ」

 空の上なので、殴るのも蹴るのも我慢した。

 代わりに、思いっきりムーの両頬をつかんで引っ張った。

「むぎぅー!」





「服が欲しい」

 いつも思っているが、今は切実に欲しい。

 ネフのメインストリートが高級ショッピングストリートだということはわかっていた。わかっていたが、行き交う人は皆、ニダウでは目にしたこともない高級な布地を使った服を着ている。

 ツギの当たったシャツを着ているオレを、場違いな者がいるといった目でジロジロ見ている。

「オレ達、目立っているよな」

「気にしないしゅ」

 ショッキングピンクのパジャマ兼用上下を着たムーは、トテトテと豪華な看板を掲げた魔法材料店に入っていった。

 正午まであと2時間。ムーが先に買い物をしたいと魔法材料店にきたのだが、店内でもオレ達は場違いな客だった。

 数人いる客は金持ちそうで、そのひとりひとりに高そうなローブを着た店員がついていた。

 オレ達が薬箪笥に近づくと、高級な布地で仕立てた緑のローブを着た初老の男性がやってきた。

「【精霊の雫】、欲しいしゅ」

「紹介状はお持ちですか?」

「持ってないしゅ」

「申し訳ありません。ご紹介のないお客様はお断りしております」

「ボクしゃん、ムー・ペトリしゅ。魔法協会に聞いてくれればわかるしゅ」

 魔法協会で高位の魔術師は材料の調達に関して、優待制度があるらしい。

 前にムーがラルレッツ王国で優待制度を使おうとしたことがある。すぐに捕縛隊がやってきて、必死で逃げた。オレもムーもラルレッツ王国は入国禁止なことを忘れていた。

「ムー・ペトリ様ですか………」

 困惑している様子だ。

「実はあちらに………」

 初老の男性が手で、豪華な仕切り壁の奥のスペースを指した。薬草などを買った客が調合を待つ場所らしい。高級そうなテーブルと椅子がセットでいくつも置いてある。

 そこに白髪の少年と茶色髪の青年が座っていた。

「ほよよ、しゅ」

「へっ」

 5組いた。

 偽ムー達は光沢のあるピンクのローブをまとい、優雅にお茶を飲んでいる。偽ウィル達は、こちらも高級そうな布地で仕立てられた、ネフで流行しているらしい同じデザインの服を着ている。

「ウィルしゃん達、ハンサムしゅ」

「ムーにも美形が混じっているぞ。ほら、壁際のあそこ」

「女の子しゅ」

「お前も性転換するか?」

「イヤしゅ」

 偽者たちを観察していたオレ達の後ろから、初老の店員が声をかけてきた。

「どの方が本物のムー・ペトリ様かわかりませんので、いま、トセリ支部に問い合わせております。お客様もお待ちになりますか?」

「待てないしゅ。【精霊の雫】見せるしゅ」

「しかし…」

「あー、店員さん。ひとつでいいんだ。【精霊の雫】でなくていい。薬草でも何でもいい。何か商品を見せてくれないか?見るだけで、すぐに帰るから」

「ウィルしゃん!」

 初老の店員はオレ達の身なりをジロジロ見た。

 早く出ていって欲しい身なりだろう。

「……本当でございますか?」

「約束する」

 初老の店員は手袋をすると薬箪笥から、ごくありふれたカミツレを出してきた。花をひとつ、磁器の皿に載せてオレ達に見せた。

「ヒョレス産の最高級のカミツレです」

 ムーの眉がギュッと寄った。

「な、そんなものだ。帰るぞ」

 ムーが、ガックリと肩を落とした。オレが出口に向かって歩き出すと、トボトボとついてくる。

「お客様、本当によろしいので」

 ひどい対応を受けたという評判をたてられないよう、念のため声をかけてきたのだろうが、オレとしてはかけて欲しくなかった。

「………ヌル産のカミツレなんか、いらないしゅ」

 店内が凍った。

 初老の店員が飛んできた。

「お客様、売ってもらえないからと言って、言いがかりはやめてください」

「すみませんでした。もう、帰りますから」

「どうぞ、こちらへ」

 処刑まで2時間、その前の準備を考えると、ここで時間をとるわけにはいかない。

「言いがかりじゃないしゅ、花弁を数えてみるしゅ!」

 店員の憤怒の形相は、鬼を越えていた。

 オレはムーを小脇に抱えて、扉を飛び出した。後ろで何か叫んでいたが、立ち止まらなかった。

 必死に走るオレだったが、抱えているムーはずっとブツブツ言っていた。

「こんな遠くまで来るんじゃなかったしゅ。爺にもらうラルレッツの方がずっとずっとずっといいしゅ」




「すごい人だかりだなあ」

「もう、帰りたいしゅ」

 11時30分に【青い泉】についたオレ達は、泉の周りにたくさんのひとがいるのに驚いた。

 人混みから聞こえるひそひそ声に「ムー・ペトリ」とか「処刑」とかの単語が混じっているところをみると、ここで処刑が行われることが情報として流れているらしい。

 オレ達が泉に近づいていくと、集まった人たちがオレ達を見た。そして、コソコソと話している。「しわだらけ」「パジャマ」は事実だから許す。「ツギ」は、まあ、ネフだからしかたないだろうなと思う。「偽物」は、ムーが白い髪でピンクの服からだろう。

 このムーを本物だと見破れたら、ある意味すごい。

「帰りたいしゅ」

 ムーはもうやる気をなくしている。

「そこを、どけ!いまから、ムー・ペトリとウィル・バーカーの処刑を行う」

 馬に乗った男が人混みに乱入してきた。大声をあげて【青い泉】までの道をあけさせた。

 貴族の子弟の服を着て、顔にはフェスティバルに使う派手な仮面を被っている。

「こっちだ!」

 男の叫びに応えるように、馬に乗った男が8人やってきた。手首を縛られた白い髪の少年と茶色い髪の青年の2人は地面を歩いている。

 遅い足取りに、馬に乗った男の1人が、茶色の髪の青年を馬上から鞭で打った。

「私を殺すのは12時なのだろう。それならば、まだ時間はたっぷりあるはずだ。なぜ、せかす」

 茶色い髪の青年は、張りのある声で挑発するように言った。

「黙れ!」

「無駄なことする。まさに君たちの生き様だ」

 また、鞭で打とうするのを他の男が止めた。

 非難の目が集中しているのがわかっているようだ。

「まもなく、王政の時代は終わる。シェフォビス共和国のように貴族のいない時代が来る。働かずして、怠惰をむさぼり、他者から搾取することに疑問をもたず、考えることを捨て、人としての誇りをもたない君たちのような人々は、この世にはいらないのだ」

 ムーがオレを見た。

 オレは首を横に振った。

 貴族の子弟を誹謗したことはない……と思うが、あちこち色々行って、喧嘩もしているから、1回くらい貴族をののしったことがあるかもしれないが、恨まれるほどには…。

「下種のくせに我々を愚弄するか」

 鞭では叩かなかったが、綱を引っ張って地面に転がした。そのまま、引きずって【青の泉】に向かう。

 偽ムーが偽ウィルを心配そうに見ている。

 小柄だと思ったが、顔を上げてわかった。まだ、子供だ。12、3歳だろう。

 普通の人間なのか魔術師なのか、遠目で判断できない。魔術師だとしても、魔力はかなり少なそうだ。

「その口が二度ときけないよう、いまから我々が正義の鉄槌をくだしてやる」

 偽ウィルを【青い泉】前に転がした。

 引きずられて擦り傷だらけなのに、偽ウィルは顔を上げて笑った。

「王族や貴族を否定しているわけではない。良き王族、自らの責務を理解し領民のために尽くす貴族、シェフォビスのような議会制より良い場合もあるだろう。だが、君たちは必要ない。この世界に不必要なゴミだ。何もしてない、何も出来ない。だから、領民達が働いた金を使う。自分たちは特別なんだと言って」

「黙れ!」

 男のひとりが鞭をふりあげた。

 勢いをつけた鞭は、男を叩く前に粉々に吹き飛んだ。

 正義の魔法騎士団の9人は身構えた。

「なに、ガキみてぇなことをいっているんだよ」

 9人の頭上に浮かんでいるのは、真っ白なローブを着た長身の美青年。

 正しくは、美青年に見える女賢者ダップ様。

「ウィルが殺されるっていうから、ここまで来てみたのに、偽物とは残念だ。まあ、顔は本物よりいいみたいだけどな」

 ゆっくりと地面に降り立った。

「地面に頭をすりつけて、助けて欲しいと懇願すれば、助けてやるぜ」

 ダップの傍若無人ぶりは、昨日と変わらない。

 昨日も桃海亭でお茶の用意をしているシュデルにいきなり菓子をつけろと無茶を言った。出さないと暴れると脅して、クレープを作らせ、ペトリの爺さんが持ってきたばかりの蜂蜜をかけて食べた。

「私は間違ったことは言っていない」

 長い足のつま先が、偽ウィルの顎に入った。後ろに吹っ飛ぶ。地面にたたきつけられた偽ウィルの髪を、ダップがつかんで引き起こした。

「もう一度言って見ろ」

「私は間違っていない」

 腹に膝蹴りが入った。

 ゲボッと言って偽ウィルが腹を押さえた。

 観客はすでにシーンとしている。

「お、おい、お前は誰だ」

 正義の魔法騎士団のリーダーらしき男がダップ様に聞いた。

 次の瞬間、偽ウィルを投げつけられた。

 もつれあうようにして、リーダーと偽ウィルが転がる。

「………賢者ダップだ」

 観客の誰かがつぶやいた。

 地面に転がっている偽ウィルが乾いた声で笑った。

「あんたが、暴力賢者か。暴力でしか解決できない賢者か、最低だな」

 ダップがイヤそうな顔した。

「こいつは、お前に任せるわ」

 オレを見た。

 いることに、気がついていたらしい。

 逃げたいが、逃げたら恐ろしいことになるとわかっているので、オレとムーは渋々とダップのところに向かった。

「すみません。ちょっと通してください」

 近づいたとき、ムーが何かを投げつけた。

「とぅ、しゅ!」

 飛んでいったのは足のあるドングリ。標的だったダップ様は楽々とよけ、後ろにいた正義の魔法騎士団のリーダーらしき男の耳にぶるさがった。

「ごめんなさい、お父様」

 いきなり叫んだ。泣きながら「僕は悪い子です」「二度といたしません」など散々口走ったあと、転がって眠った。

「なんだ、これ」

 ダップ様が耳についているドングリをつまみ上げた。

「回顧回帰回復装置だそうです。過去の悪夢がよみがえって、眠ると忘れてスッキリというものらしいです」

「オレに向かって飛んできたよな」

 ムーが地面に寝ころんだ。

「ぐぅーーしゅ」

「才能の無駄遣いにかけても、こいつは天才だな」

 転がっているムーが片目を薄く開けてダップ様を見ている。

 攻撃されたときの用心だろう。

「面白そうだな」というと、ダップ様は自分の耳にドングリをつけようとした。

 ドングリが拒否した。

 三本の足で必死につけられまいと抵抗している。

 ダップ様がオレを見た。

「なんで、オレにつかないんだ?」

「オレにもわかりません」

 なぜだろうと考えているオレに、ムーが小声で言った。

「……婆につくと、たぶん、壊れるんだしゅ。反省しない人間だと、システムが誤作動するしゅ」

 恐ろしい答えだった。

 そのダップ様は、転がっている偽ウィルを見た。

「こいつにでもつけるか」

「ダップ様、おやめてください」

 オレは慌てて間に入った。

「反省した後はスッキリするんだろ。そうすれば、お前も助かるんじゃないのか?」

「いや、この手のタイプには思考の迷路作成機能がありますから、ドングリを使うとかえって面倒くさくなる可能性があります」

「それなら、こいつは、そこのバカ共に処刑にさせるか。それも、面白そうだな」

「それでもいいんですけど、今回は事情があってできないですよ」

 オレとダップが話し込んでいる周りには、正義の魔法騎士団。足下には偽ウィルとムー。その周りには野次馬。野次馬の一番前に手を縛られた状態の偽ムーがいる。

 偽ムーは心配そうに偽ウィルを見ている。

 偽ウィルは身体を起こした。

「偉大なる賢者ダップ様、私のことは放っておいてください。今ここで私が殺されれば、貴族社会の問題点のひとつを世に問うことができます。私はそれで満足なのです」

 ダップがオレを見た。

 面倒くさいからオレが始末をつけろということらしい。

「ダップ様、お手数ですが、そのドングリはあちらの偽ムーに」

 さすが、暴力賢者。見事なコントロールで、投げたドングリは偽ムーの耳にくっついた。ドングリに囁かれると悲しそうな顔をしてうずくまって寝た。

「ダップ様、もうひとつお願いをしてもいいですか?」

「お前がやれよ」

「やりたいのですが、オレ達はこれから急いで西の方に行かないといけないんです。お願いします」

 昨日の夜、飛竜発着場で野宿していたら魔法協会本部から至急の依頼があった。200メートルの深海に現れた奇妙な物体の調査依頼だ。もちろん断ったが、依頼を持ってきた魔法協会の連絡員が『自分は伝えるだけで、返事を受け取る権限をもっていない』と、逃げてしまったのだ。場所がネフから西に100キロほど海中。海辺までの移動には、魔法協会が馬を貸してくれるという事だった。

「お願いの内容次第だな」

「大型飛竜発着所にオレの店の常連客がいます。こいつを常連客に頼んで店に届けてくれるように言ってくれませんか。ついでに、1週間くらいは帰れないから店を壊さないようにと伝えてください」

「常連客って、あいつか?」

「はい、ただでお茶を飲んでいく、あいつです」

「なんで来たんだ?」

「説明は常連客から聞いてください」

「こいつを店に届けて、どうするんだ?」

「オレが帰るまで、オレの代わりをさせるように道具オタクに言ってください」

 オレがやろうとしていることがわかったダップは、大声で笑い出した。

「いいぞ、それ、いい」

「よろしくお願いします」

 オレは頭を下げた。

「道具オタクを使うとは考えたな」

 シュデルは優秀だが問題も多い。ダップのように下僕として使うにはお勧めの逸品だが、同居人となると相当の覚悟がいる。

「面白そうだから運んでやる。礼はこいつでいい」

 偽ムーの耳についたドングリを自分のポケットにしまった。

「あっ、しゅ」

 一瞬、ダップと目があったムーだったが、また、寝たふりをした。ドングリはあきらめたようだ。

「じゃあ、こいつはオレが運ぶとするか」

「何をする!」

 ダップは抵抗しようとした偽ウィルの首にチョップを入れて気絶させると軽々と肩にかついだ。

「待て!」

 正義の魔法騎士団のひとりが、ダップを止めようとした。

 長い足が腹に食い込んだ。

 ダップが足を抜くと騎士団の男は数歩、さがった。そして、腹を押さえてもだえ狂った。

「ダップ様、苦しんでいるようですが」

「重要臓器は傷つけてねえから、安心しな」

 そういい残して、偽ウィルを担いだまま、高速飛行で大型飛竜の発着場に向かって飛んで行ってしまった。

 ムーが「よっこら、しゅ」と起きあがった。

「ドングリしゃん、盗られたしゅ」

「ダップ様に投げたりするからだ」

「あれは昨日の蜂蜜の復讐だしゅ、初めから婆に投げる予定だったしゅ」

 脳を酷使するならもう少し別のものを作って欲しかった。ダップには使えず、ダップがドングリを使用する。どのように使うかと考えると背筋が寒くなる。

「オレ達も行かないと。残った問題はこれだよな」

「どうするしゅ」

 路上で眠っている偽ムー。

 12、3歳の少年を道に転がしていくわけにもいかない。

「そいつは我々が処刑する」

 正義の魔法騎士団は、まだあきらめていなかったらしい。

「どうするかだよな」

 正義の魔法騎士団の団員は、戦闘力も魔力は高くなさそうだ。オレが少年を抱えて逃げても逃げ切れそうだが、この後に用事がある。

 ムーが魔法で魔法騎士団を吹っ飛ばすのはもっと簡単だが、一緒にネフのメインストリートも吹っ飛ぶ。損害は一生働いても返せない。

「あの2人組です」

 人混みをかき分けて現れたのは、魔法材料店の初老の店員、警備兵らしき2人組を連れている。

 いかつい顔の警備兵がオレとムーの前に立った。

「店の営業妨害で訴えられている。一緒に来てもらおう」

 貧乏そうな若者と少年、その気になれば格好の獲物だろう。

「ボクしゃん、嘘をついてないしゅ。ヌル産のカミツレしゅ」

「いいから、来いといっているんだ」

「今行くと、ここに寝ている少年が殺されそうなので、あとで顔を出します」

「いま来いと行っているんだ!」

 オレの右腕をつかんだ。

 逃げても良かったのだ、通りをこちらに向かっている男にオレは気がついていた。

「ハウスマンさん、こっちです、こっち」

 オレは左手を振った。

 オレに気がついたハウスマンさんは、馬を引きながら近づいてきた。

「ウィル君、急いでくれ。例のものが動き出したそうだ」

 そういったのは魔法協会トセリ支部のハウスマンさん。偉い魔術師らしく、本部で何度かあったことがある。

「行きたいんですけれど、ちょっと、トラブルに巻き込まれていまして」

「何があったんだ」

「そこの魔法材料店の人に訴えられたんです。営業妨害をしたといわれまして」

「営業妨害?彼らが何かしたのか?」

 ハウスマンさんが初老の店員に聞いた。店員はオレとハウスマンさんが顔見知りだと思ってもみなかったらしい。驚いている。

「ヒョレス産のカミツレをヌル産だと言いがかりをつけてきたんです」

 小声で説明した。

「誰が言ったんだ?」

「そこの子供が」

 ムーを指した。

「君は彼を知らないのか?」

 ハウスマンさんの問いに、初老の店員が首を横に振った。

「彼が有名なムー・ペトリだ」

 初老の男性は愕然とした。

 心の中で『嘘だ!』と叫んでいるだろう。

「今度、君のところから納められた品をチェックさせてもらう」

「いえ、私ども商品は最高品質のものばかり………」

「それから、彼らを訴えたそうだが、取り下げてもらうよ」

「はい、もちろんです」

 ハウスマンさんがオレ達に向き直った。

「この馬を使ってくれ。詳細はこの紙に書いてある」

「あとひとつ。この少年を保護していてくれませんか?」

 偽ムーはまだ眠っている。

「保護するのは構わないが、そのあと、どうすればいい」

「仕事が終わったら連絡します。詳しいことはその時に」

「わかった。健闘を祈る」

 手綱を渡された。

 オレは馬に乗るとムーをひっぱりあげた。

「では、よろしくお願いします」

 ムーを馬の上に引き上げて手綱を返したとき、正義の魔法騎士団が集まって相談しているのが見えた。

 リーダーは眠っていて、一人は腹を押さえてうずくまっていて、処刑予定のムーは魔法協会が保護、ウィルはダップ様が連れ去って。

 正義の魔法騎士団の輪から声が聞こえた。

「私たちは、何をすればいいんだろう?」





「本物の店長、お帰りなさい」

 清々しい笑顔でオレとムーを迎えてくれたのは、留守を守っていてくれたシュデル。

「偽物はどうした?」

「いま、コンティ先生の診療所に入院しています」

「入院?」

「昨日の朝、血を吐いて、先生に往診を頼んだら、胃潰瘍からの胃穿孔だそうです。穿孔のほうは大きくないので安静にしていればいいそうなんですが、コンティ先生が自分の診療所で預かると言って。僕が看病すると何度も言ったのですが」

 オレとムーは顔を見合わせ、うなずいた。

 さすがキケール商店街の住人の命を預かっているコンティ先生。

 胃穿孔の原因をよくわかっている。

「偽物はちゃんと働いてくれたか?」

「桃海亭に来た翌日、逃げだそうとしたので、モルデを見張りにつけました」

 オレはため息をついた。

 モルデ。

 シュデルの影響下にある魔法道具で魔法の鎖。

 ムーが上目遣いで、そっと聞いた。

「縛ったしゅ?」

「縛る?僕はそんなことはしません。右の足首に巻き付いているように言っただけです」

 ムーの顔がひきつった。

 モルデの重さは10キロを超える。

「あ、もちろん、右足首に一周だけで、重さはかからないよう、一周した残りの鎖は自力でついて行くようにいいましたよ」

 足首に鎖が巻かれていて、残りがジャラジャラとついてくる。

 オレでも胃が痛くなりそうな状況だ。

「そのあとは、僕の言うことはちゃんと守ってお手伝いをしてくれました。道具の手入れも、店の掃除も、床磨きも、僕が丁寧に教えましたから。そういえば、ホームシックなのでしょうか、時々、泣いていました」

 オレが予想した以上の破壊力だ。

「ところで店長、その背負っている荷物はなんでしょうか?」

 オレもムーも布で簡易につくったリュックサックを背負っていた。

 中には真っ白い粉がぎっしりと詰まっている。

 オレとムーは深海200メートルの”何か”を調べるために海辺まで馬で、そのあとは用意されていた小舟で海に出た。

”何か”の真上から魔法で調査する予定だったが、船酔いのムーが呪文を間違えた。

”何か”は、吹き飛んだ。

 オレとムーはしかたなく、海面に浮かんできた千切れたブヨブヨをいくつか回収して、海辺で待っていた魔法協会の連絡員に渡した。

 そのあと、ムーが『このブヨブヨお金の匂いがするしゅ』といったので、魔法協会がブヨブヨの分析が終わるまでの一週間、オレが小舟でブヨブヨをとる。ムーが浜辺で魔法で粉にする、を繰り返した。

 簡易分析だったので、ブヨブヨの詳細はわからないが、毒物は含まれておらず、魚や貝にも影響ないことはわかった。

「モンスターの粉だ」

「危険はありませんか?」

「大丈夫だそうだ」

「それはよかったです。お茶を入れますから、どうぞ着替えていらしてください」

「そうだ、偽ムーは来たか?」

「偽ムー?偽のムーさんも来られるのですか?」

「トセリの魔法協会に桃海亭に届けてくれるように頼んでおいたんだが」

 ムーが”何か”を吹っ飛ばした時点で依頼は終了になったので、オレはトセリの魔法協会にニダウに向かう魔法協会の一行や信頼できる隊商がいたら、偽ムーを桃海亭まで届けて欲しいと頼んでおいた。

 家出なのか、帰る家がないのかわからないが、すぐには解決法が見つかりそうもなかったので、とりあえず、桃海亭に預かって様子をみるつもりだった。

「まだ、来ていません。トセリから街道を使ってくるのでしたら、到着は今日くらいではないでしょうか?」

 オレとムーは、偽ムーより出発は後だが、モジャ直行便を使ったので、移動時間は数秒だ。

「来たら、声をかけてくれ」

「わかりました」

 モンスターの粉をシュデルに渡して2階にあがった。

 シャワーを浴びて、服を着替えて、食堂に行こうとすると、店にダップがいるのが見えた。優雅にお茶を飲んでいる。

「配達、ありがとうございました」

「見たか?」

「何をですか?」

「偽ウィル」

「まだですが」

「すごいぞ」というと、ヒヒッと怪しげな笑い声を出した。

「精神を病んだりしていませんよね」

「そっちは大丈夫だな」

「胃に穴が開いたと聞きましたが」

「シュデルだぜ、胃に穴で済んだだけマシだろ」

 店の扉が開いて、若い男性とコンティ先生が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

「おい、まだ入院中じゃないのか」

 ダップが聞くとコンティ先生が怒鳴った。

「入院中だ。どうしても、本物のウィルと話したいというから送ってきた。あとで、ワシの診療所まで誰か送ってこい」

 そういうとコンティ先生は出て行った。

 残ったのは若い男性。

「本物が帰られたと聞きましたので、話を聞いてもらおうと思いまして」

「ダップ様、もしかして、この人が」

「偽ウィルだ」

「へっ!」

 驚いた。

 何に驚いたとかというと、細身の美青年だったことにだ。

 ネフの【青い泉】の前では、地面に引きずられ汚れていたので顔もよくわからなかったが、あの時ダップが『本物より顔はいい』と言ったのは嘘ではなかったという事だ。

「驚いたろう?」

 ダップがまたヒヒッと怪しげな笑い声を出した。

 神経が細そうな繊細な顔立ちが、シュデルとの暮らしでやつれて、それがまた、よく似合っている。

 先ほどダップが『すごい』といったのは、すごい美形ということらしい。美形好きのダップ様にはたまらないだろう。

「いっそ、こっちを本物にしたら、どうだ。他のやつらも喜ぶぞ」

「オレは喜んで代わります」

 力をいれて断言した。

「そのことで、お話が」

「本当に代わりたいんですか?オレとしては、大歓迎です」

「いえ、そうではなくて」

 また、店の扉が開いて、2つの人影が入ってきた。

 ひとりは見慣れたアレン王太子。

 もうひとりは、水晶版で見たルッテ商会の奥方。

「ご子息は、こちらにいたようですね」

「息子は、どこにいるのですか?」

 奥方のすぐ前には偽ウィル。

 それなのに、キョロキョロと見回して探している。

 偽ウィルが、はっきりとした口調でアレン王太子に言った。

「私はエーリク・ルッテではありません」

「えっ!」

「はあ?」

「こいつはいい」とダップが腹を抱えて笑った。

 アレン王太子が「あっ」と言った。

 オレもわかった。

 アレン王太子が頼まれたのは『息子を助けて欲しい』だ。

 王太子は大学校を出たと聞いていたから、年齢を考え、オレの偽物、偽ウィルのだと思ってしまったのだ。

 オレは心配そうな顔をしている奥方に言った。

「早ければ今日、遅くとも数日中にこの店に来る予定になっています。ご子息が来られたら連絡しますので、滞在場所を教えてください」

「王宮にお世話になっております」

「わかりました。アレン王太子、それでよろしいでしょうか」

「わかった。城でお待ちいただく」

 奥方の手を取ると「こちらへ」と外に連れ出した。

「あっちがエーリク・ルッテだとすると、あんたは誰なんだ?」

 頬杖をついたダップが聞いた。

「私はリチャード・ホロックス。エーリクと同じ大学校を出た友人です」

「あんたも哲学科なのか?」

「はい。でも、エーリクほど優秀ではなかったので、研究者の道はあきらめ、今は西ローチアの図書館で働いています」

「西ローチアの図書館だな」

 ダップが確認した。

 会いに行くつもりだろう。

「なんで、ウィルを名乗ったんだ。哲学科にいたなら、こいつが世界にとって無駄な存在だとわかるだろう」

「オレが無駄って、どういう………」

「黙っていろ」

 ダップがオレをにらんだ。

 美青年との楽しい会話を邪魔するなと目が言っている。

「名乗っていません」

「へっ?」

 オレの疑問の声に、またダップがにらんだ。

「どういうことだ」

「話が少し長くなるのですが、よろしいでしょうか?」

 オレもダップもうなずいた。

「エーリクは非常に優秀でした。天才と言っても過言でないほどでした。彼の発表するすばらしい論文に私も感激したものです」

 若き天才は色々な分野にいるらしい。

「大学校では彼に研究の道を歩ませるつもりでした。ところが、横槍が入りエーリクは研究者の道をたたれました。彼の未来を邪魔したのが……名前は言えませんが、トセリの王族のひとりです」

「王族?」

「黙っていろといったはずだ。蛙のうめき声はいま聞きたくない」

 ダップに白刃のような目でにらまれた。

「王族の息子に我々と同級の者がいたのです。彼の息子を研究者にするにはエーリクが邪魔だったのです。圧力に屈して大学校はエーリクでなく、彼の息子を研究者として採用しました。優しくて素直なエーリクは、その事実を受け入れました。実家に戻り勉強を続けていたようです」

 実家でブラブラ。

 この情報も、ちょっと違う。

「王族の息子は研究者になれたのですが、元々才能に恵まれていないところに、エーリクを追い落としたことへの風当たりが強く、半年ほどで大学校を辞めました」

 針のむしろ、という言葉が頭に浮かんだ。

 美青年を鑑賞しつつ、会話を楽しんでいるダップ様の側で、逃げたいのに逃げられないオレ。

「大学校では空いた席にエーリクをという話が出ました。それを知った王族の息子が、逆恨みをしてエーリクを捕まえたのです」

 オレ達が思っていた事と、真実の距離が、かなり遠いことが見えてきた。

「私とエーリクは学生時代から仲が良く、私の勤め先とエーリクの実家が近いことから、頻繁に会っていました。10日前、本屋で待ち合わせてしていたところ、窓から数人の男にエーリクが捕まったのが見えました。助けようとして、私も捕まったのです」

「つまり、偽者をする気はなく、偽ウィル・バーカーにされたということなんだな?」

 ダップの問いに、偽ウィルのリチャードがうなずいた。

「私たちを捕まえたのは王族の息子の遊び仲間の貴族の子弟たちでした。彼らは私たちを捕まえると、すぐにエーリクの髪を白く染めました。意味が分かりませんでした。1週間前、【青い泉】に引っ張って行かれるとき、エーリクにピンクのローブを着せたので、偽ムーにするつもりだとわかりました。でも、それでも、何をしたいのかわからなかったのです。わかったのは、泉に着く直前に『お前たちをウィル・バーカーとムー・ペトリとして処刑する』と言われたからです。もちろん、彼らに処刑する意志はなかったと思います。ウィルとムーの悪評を利用して、公衆の面前で私たちを罵倒したり殴ったりするつもりだったのだと思います。ウィルとムーならば、多少殴られてもしかたないと皆が思ったでしょうから」

 色々つっこみたい。

 オレは、大陸で最も善良で真面目な古魔法道具店の店主だ。

「エーリクの母親が迎えに来てよかったです。王族はルッテ商会のお得意様だそうで、エーリクは助けに来ないといっていましたから」

 事情は飲み込めた。

「なんで、偽ウィルでないと否定しなかったんだ」

「怖かったのです。私の素性は彼らに知られています。家に戻って彼らに捕まったら、今度は何をされるのかと不安で。ここにいれば、安全だと思って偽ウィルを続けていました」

「なるほどな。わかるが、自分は偽物じゃないと言えば、少しはこの店での立場も違っただろうに」

「すみません。追い出されるのが怖かったのです」

「お茶はいかがですか?」

 涼やかな声がした。

 食堂から店への扉が開いていた。

 トレイを持ったシュデルが入ってきた。トレイに上等な磁器のティーカップとオレの欠けたマグカップが乗っている。

「どうぞ」

 リチャードの前にティーカップを置き、オレにはマグカップを渡した。

「そんな顔をしないでください。偽店長でないことも、なぜ、そのことを言わないのかも、最初からわかっていました。だから、リチャードさんをお預かりしていたというのが正しいかもしれません」

 リチャードが呆然とした。

「この店に来てから、店から出してもらえず不安だったと思います。実はリチャードさんに悪意をもった方々が頻繁にキケール商店街をうろついていたので、外に出られるのは危険だと思ったので、店の中にいていただいたのです」

 ダップがクスクスと笑っている。

 ダップには黙っていろと言われたが、さすがに言わざる得ない。

「シュデル。それを先にリチャードさんに説明しろ。店から出ないよう足に鎖を繋ぐ前にだ」

「なぜですか?リチャードさんは事情を話したくないようでしたし、僕の能力は普通の人には理解しにくものです。説明するより、僕が出ないようにした方がリチャードさんの安全の為には確実です」

 ダップが爆笑した。

 リチャードは、まだ呆然としている。

「すみません、まだ人間のルールを覚えきれていなくて」

「えっ」

「ほら、いるでしょ、ちょっと綺麗な精霊とか魔道人形とか、あんなものだと思ってください」

「店長、僕は人間です」

「ルールを覚えきってから言え」

「ムーさんより覚えています」

 痛いところをつく。

「わかった。食堂で待っていてくれ。リチャードさんの頭が混乱する」

「わかりました」

 不満そうに食堂に戻っていく。

「おい、偽ウィル、じゃなかった、リチャード。これから、どうするつもりだ?」

 ダップが笑顔で聞いた。

「図書館を無断で休んでしまいました。そろそろ、元の生活に戻りたいのですが、また、襲われるのではという不安もあります」

「おい、道具屋。この件の始末はお前がやれ」

「え、なんでオレなんですか」

「オレがやれと言ったからに決まっているだろ」

 オレに拒否権はないらしい。

「わかりました。その代わり、お願いを1つ聞いていただけますか?」

「言ってみな」

「エーリク・ルッテが今日から数日中にこの店に来ることになっています。シュデルに言っておきますから、王宮に届けてください。先にアレン王太子が来られれば、王太子に頼みますので頻繁に来られなくても結構です」

「ついでに、今お前がやろうとしていることは、オレがやっておいてやる。とっとと、チビと出かけてこい」

「よろしくお願いします」

 ダップは椅子から立ち上がった。

 満面の笑顔でリチャードに言った。

「診療所まで送ってやるからついてきな」




「ええと、これとこれを混ぜるしゅ」

 ムーが粉の調合をしている。

 この間、海のブヨブヨから作ったモンスターの粉と桃海亭の自分の部屋からもってきた様々な薬品と混ぜ合わせている。

「死なないだろうな」

「大丈夫、しゅ」

 その後、小声で「たぶん、しゅ」と付け加えた。

 オレとムーは、すぐにネフに戻った。

 そこで、正義の魔法騎士団のアジトを探した。正義の魔法騎士団は評判が悪く、情報は簡単に集まり、場所はすぐに特定できた。

 使われなくなった古い別荘。夜な夜な集まり、バカ騒ぎをしているという事だった。

 オレとムーは夜が更け、9人が揃ったところで、ムー特製の睡眠ガスの入った風船を投げ込んだ。数分後に息を止めて入ると、全員眠っており、換気をした後、9人を縛り上げた。

 そして、いま、9人を使って、モンスターの粉の実験中だ。

 モンスターの粉に『金の匂いがするしゅ』と言ったムーだが、未発見の成分があったので『実験するしゅ』ということになった。

「やめろ、やめてくれ」

 縛り上げたひとりの鼻をつまんで口を開けさせ、薬を流し込む。

 数秒、けいれんした後、動きを止めた。

 息はしている。

「わからないしゅ」

 ムーが眉を寄せた。

「許してくれ」

「オレ達が悪かった」

 縛ってある9人の中には王族の息子も混じっているはずだが、どれだかわからないので考えないことにした。

「飲み薬でいいのか?もしかして、塗り薬じゃないのか?」

「近い成分の飲み薬はあるしゅ」

「こいつら、病気はなさそうだぞ。飲ませてわかるのか?」

「大丈夫しゅ。強壮剤、精力剤、しゅ」

「そんなもの、金になるのか?」

「爺たちには、すごーーーく高く売れるしゅ」

 オレの頭の中で金貨が舞い踊った。

「次はどいつで試す?」

「あいつがいいしゅ」

 ソファーに隠れるようにしていた男を、オレが引っ張ってくる。

「オレは何も悪いことはしていない」

「じゃあ、聞いてもいいか?オレやムーはいったいどんな悪いことをしたんだ?」

「世界に迷惑をかけている」

「もし、世界に迷惑をかけていたとして、お前たちがオレ達を殴る理由になるのか?」

「オレ達は正義の魔法騎士団だ」

「なら、オレとムーも、正義の桃海亭だ。働かずに無駄飯を食っているバカな奴らを退治している最中だ」

「オレ達は貴族だ、生まれながらに、それが許される身分だ」

「お前の主張はわかった。オレは善良な人間だから、話を聞かずに暴力を振るうようなことはしない」

「助けてくれるのか!」

「話は聞いた。とりあえず、桃海亭の未来のために、こいつを飲んでもらおう」

 腕で顔を固定して、鼻をつまんで、開いた口から無理やり流し込んだ。

 数秒、停止。その後、一瞬だけ動いて、気絶。

「近い気がするしゅ」

「次、いってみようか」

 失敗が続いたが、8人目でようやく薬が効いた。

 顔が真っ赤になり、暴れて綱を引きちぎり、残ったひとりに襲いかかった。縛られた状態の男の服を破きだした。

「待て、そいつは男だ。やめておけ」

 暴れる男はオレの力では押さえきれず、腹に蹴りを入れて動きを止め、首をちょっと押さえて気絶してもらった。

 最後のひとりは脅えて泣いていた。

「完成しゅ」

「派手に暴れていたぞ」

「ちょっと、量が多かったしゅ。あとは精製して、売るだけしゅ」

 金貨が落ちてくるのが見える。

「た、助けて」

 最後に残ったひとりが、縛られたまま、オレの足元にすりよってきた。

 オレは縄を解いた。

「正義の魔法騎士団の皆さんにオレからお願いがあります。伝えていただけますか?」

 うんうんとうなずいてくれた。

「家業の貴族を頑張って手伝ってください。領地をどのようによくするか、領民がどうすれば幸せになるのか」

 うんうんとうなずいてくれる。

 脊髄反射に見えなくもない。

 オレは大脳に届くように、ゆっくりと言った。

「桃海亭ではムー・ペトリの実験体を絶賛募集しています。バイト料が払えないので応募者がおらず、大変困っております。正義の魔法騎士団の方々には、また、ご協力をお願いすることになるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」






「正義の魔法騎士団は解散したそうだ」

 ガガさんが言った。

「エーリク・ルッテは大学校の研究室に入れた。実家から通うそうだ」

 アレン王太子が言った。

「西ローチア図書館にリチャードが誘拐されたと連絡があったそうで、無断欠勤は許してもらえたそうだ。いままでの生活に戻れるとリチャードが喜んでいた」

 ダップが言った。

「これでもう大丈夫だね、よかった、よかった」

 ワゴナーさんが言った。

「残念ながら、まだ終わっていない」

 魔法協会本部災害対策室のガレス・スモールウッドさんが言った。

「まだ、って、どういうことですか?」

 オレが言った。

「ウィル、なぜ、災害対策室長の私がド僻地のエンドリアまで、自ら来なければならなかったのか、心当たりはないかな」

「ありません」

「それならば、思い出してもらおう。ネフの別荘で行った実験について」

「何のことか」

「トセリ王の息子が入っていたそうだな」

「王の息子、それって、王子様ってことですか?」

「そうだ」

 顔がひきつりそうになるのを、頑張ってこらえた。

「トセリから桃海亭に処罰するよう要請があった。が、断った。『やりたければ自分でやれ』と言ったら、『トセリは小国で桃海亭には対抗できない』などと泣き言をいってきたから、『自分でできないなら、諦めろ』と、使者を追い返した。久々に気分がすっきりした」

 トセリに自分でやれということは。

「また、刺客が増えると思われるので、桃海亭の住人は気をつけるように」

「わかりました。わざわざ、教えてくださってありがとうございました。スモールウッドさんも気をつけてお帰りください」

「話はこれからだ」

「えっ、実験体にした注意じゃないですか?」

「やっぱり、やっていたのか。やるときには、相手を選べ」

「9人もいたので、面倒になって、手を抜きました。これからは、気をつけます」

 スモールウッドさんは鷹揚にうなずくと、ムーを見た。

「粉を全部渡すように」

「イヤしゅ」

「あれは桃海亭の財産です」

 文句を言ったオレの隣にいたダップが、爆笑した。

「もしかして、発見されたあれは、チビが持っていたのか」

「ダップ様、ご存じなので?」

「魔法協会本部が成分に有害なものがないか調べるようにと各地の分析の研究者達に粉が配布したんだ。死んだモンスターの身体から抽出したということで協会本部にも少量しかなく、配られた量も少なかったんだが、こいつを詳しく調べると面白い性質を持っていたことがわかったんだ」

「金になる性質ですか?」

「なる」

 金貨の山に埋もれているオレが見える。

「どんな性質ですか?」

「精力剤というのは知っているか?」

「はい、ムーから聞きました」

「その持続時間が非常に長い。極微量で12時間、疲れ知らずで働ける。依存性もない」

「それは素晴らしいです」

 金でできた桃海亭が見える。

 スモールウッドさんがテーブルに肘をつくと指を組んだ。

「魔法協会としてもタダで寄越せと言っているわけではない。相当の価格で引き取るつもりだ」

「申し出はうれしいのですが、桃海亭で直接販売させていただきます」

 限られている資源は大切に、だ。

「ウィル、考えてみたまえ。桃海亭に置いておくと君が売る前にムー・ペトリによって別の薬になってしまう可能性が高いだろう。その別の薬が二束三文だったら、どうする?」

「ボクしゃん、そんなこととしないしゅ。だって、あの粉しゃんは……」

「オレとしては、その前に……」

 なぜだろう、眠い。

「………売って……」

 意識が暗い闇に落ちていく。




「ダップ様、金回りがよさそうですね」

「いいぞ、金貨に埋もれて暮らしているぞ」

 極上の真珠色のローブをまとったダップ様が、店のテーブルで優雅にお茶を飲んでいる。

「お茶は、もういいんじゃないですか?」

「粉は道具の代金、茶はお前の治療費だろう」

 オレとムーがダップのスリープで眠らされた後、残った7人で話し合いが行われた。

 スモールウッドさんはシュデルに魔法協会が全部買い取ると言った。そこに割って入ったのがダップだった。ダップのところから桃海亭に移管した魔法道具52個の代金が払われていない、その代金として粉を渡せとシュデルに迫った。

 シュデルはオレが眠っているからと一度は断ったが、魔法道具の所有権の移譲という甘い餌につられ、桃海亭にある粉を全部ダップに渡した。その際、魔法協会とダップとの間で【治療系の薬剤の作成のみに使用】という約束が書面で交わされた。

 極少量で薬剤が作れることから、全部薬にして売れば『200年は贅沢三昧できる』らしく、このところダップはご機嫌だ。

「そういえば、チビはどうした?」

「2階にいます、何か用ですか?」

「粉がなくなって、悲しんでいんじゃないかと心配しているんだ」

 ダップが笑顔でいった。

「大丈夫です。たぶん、今頃、笑顔全開のはずです」

「何かいいことでもあったのか?」

「それは、もう」

 オレは満面の笑みでダップを見た。

 オレはずっと店にいたような顔をしているが、本当は帰ってきたばかりだ。

 オレも知らなかったが、あの粉には欠点があった。それをムーは『あの粉しゃんは………』と注意しようとしたところで、ダップに眠らされた。

 あの粉はモンスターの仲間を呼ぶ力があるのだ。通常の検出装置では感知できなほどの微量の魔力があり、殺された場合、復讐を仲間に託すのだ。深海の生物で極微量の魔力だったから桃海亭に置いても問題なかったが、使い方によっては危なくなる。

 たとえば、海辺に建つダップの住居、北の砦のから魔力を上乗せした粉を海にばらまく、ということをすると、どうなるか。

 1時間ほど前、ダップが北の砦をでたのを確認してからオレとムーで忍び込み、粉を盗んで、ムーの魔力を乗せて、全部海に投入してきた。トラップ、結界、封印と、粉を盗み出すのは楽ではなかったが、横取りされた悔しさを糧に頑張った。遠見の鏡用のマーカーを設置して、ムーのフライで先回りして帰ってきた。

 いま、2階の自室でムーは遠見の鏡で、北の砦を見ている最中だ。

「ウィルしゃん!!」

 階段を駆け下りてくる音がする。

 ムーが転がるように、店に飛び込んできた。

「バッチリしゅ!」

「何がバッチリなんだ?」

 ダップの質問にオレとムーは、黙ったまま笑顔を向けた。




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