黒い鳥のお迎え
屋根裏に戻って来てからも、ミリヤの胸はバクバクと大きな音を立て、心臓が壊れるのではないかと思うほどであり、顔も手も体全身が汗に塗れていた。
当然だがミリヤに湯浴みの時間などはない為、朝井戸からくんだ水で顔や体を拭いていき、ミリヤはベッドに寝転んだ。
精神的にも肉体的にも疲れた体は、一度寝転んだら起き上がる事ができない。
(あの白い鳥は……届けてくれたのかしら……)
藁にも縋る思いで結んだ髪の毛。
白い鳥の行方を考えつつ、襲いくる眠気に抗えず目を閉じようとした……その時。
コンコン。
窓からノックする音が聞こえた。
ミリヤは反射的に飛び起きると、急いで窓に向かい、ノックするものを確認する。
「……黒い鳥……」
先程の白い鳥とは正反対の、夜空に溶け込んでしまいそうな、真っ黒な鳥がミリヤを見つめていた。咄嗟にミリヤは窓を開け、黒い鳥を室内へと招き入れ、誰にも見つかっていない事を確認すると窓を閉める。
すると黒い鳥はパチンと言う音と共に人間の男性へと姿を変える。
ミリヤは叫びそうになるのを、自分の手で塞ぐ事で防いだ。
「ミリヤお嬢様……」
鳥から人間になった男はミリヤを見るなり、大粒の涙をこぼし泣き始め、ミリヤはどうして良いのか分からず、持っている中ではマシなタオルを渡したのだが。
「ミリヤお嬢様がこんなゴワゴワしたタオルを使っているなんて……」
更に大泣きされてしまった。
何をしても泣かれそうなので、ミリヤは男が落ち着くのを待つ事にし、男を観察した。
(黒のフード付きマント?)
前世の映画で見た魔法使いのような装い。ミリヤはハッと思い出す。昔母から聞いた事があった……国に僅かしかいないと言われる魔術師。
鳥から人間になった事もあり、おそらく男は母が言っていた魔術師で間違いない。
(魔術師……がなぜここに……)
ミリヤの視線に気付いたのか、男は涙を拭きコホンと咳払いをすると、ミリヤに跪いた。
「ミリヤお嬢様、お迎えが遅くなり申し訳ありません。」
「迎え……?」
「はい。白い鳥に髪の毛を結びつけ送ってくださいましたので、お迎えにくる事ができました」
白い鳥は本当に助けを呼ぶ鳥だったようだ。
「ここで長い話はできないため、場所を変えお話しさせて頂きたいのですが、良いでしょうか?」
「どこに行くの?」
場所を変えても、またこの場所に戻って来なければいけないのかと不安になる。不安がそのまま顔に出ていたのか、男は安心するように微笑みかけてくれる。
「我が主人、リアム・オリエーヌの元へとお連れします。この場所に戻って来る事は二度とありません」
母の実家、オリエーヌ公爵家。
朧げにリアムという名が、母の兄の名だったことを思い出す。
「ここに戻って来なくても良いの?」
令嬢らしからぬ、子どもらしい言葉に、男は満面の笑みを返してくれる。
「はい。2度とこのような場所にミリヤお嬢様が足を踏み入れる事はありません」
男の言葉に怒気が混じっている事に気付き、ビクッと体が震えそうになるが、ミリヤのために怒ってくれているのだと分かり、ミリヤは男に手を伸ばす。
「お願いします。私をここから連れ出して……」
「仰せのままに」
ミリヤの記憶はそこで途切れた。
そして男が言った通り、ミリヤがこの屋根裏に、グレン家に戻って来る事は二度となかった。




