白い鳥に託す願い
一ヶ月後には女好きの伯爵家に嫁がされてしまうため、今日の夜にでも鳥がいるかを確認しにいくことを決意する。
本当なら今すぐにでも行動に移したいが…昼間な為、屋根裏から抜け出すのは不可能だった。しかし夜になれば人も少なくなり、多少の出入りは見過ごされる。
おそらく父もアリアもミリヤが家を出るとは思っていないだろう。
嫁ぎ先を聞かされた後も、ミリヤへの監視が薄い事がその証拠である。
屋根裏に人が訪ねて来る事など滅多にないため、固いベッドに横になりミリヤは先程のアリアとの会話を思い出す。
(アレは……絶対にアキだ)
「今度も私から婚約者を奪うのね」
今のミリヤはディアルガンを愛してはいない。けれど目からは拭いても拭いても涙が溢れて来る。
「なんで……なんで……」
アリアはミリヤの前世に気付いていない。なのに本能から感じとっているのか、何もかも知っているかの様に、ミリヤから全ての物を奪っていく。
ドレスも部屋も宝石も母の形見も。最後に残っていた王太子の婚約者としての誇りまで。
前世でも今世でも、みぃとミリヤをどん底に突き落とすのはアキとアリア。
(せめて……お母様が死ぬ前に記憶を思い出したかった……)
記憶さえあれば、アリアに遅れを取る事なく、もっと上手に振る舞えたかもしれないが、全ては遅過ぎ、侯爵家においてのアリアの天下は変わらない。
どれ程泣いたのか、気付けば外は暗くなっていた。
ドアの前には固いパンと具のないスープが置かれていて、代わり映えのないメニューに溜息がもれる。
(……最後にお肉を食べたのはいつだったかしら?)
メニューに文句をつけても、置かれたパンとスープを食べなければ、夕飯はなしになってしまうと、スープにパンをつけながら腹ごしらえをする。
(食べられないよりはマシね)
義母の機嫌が悪いと、嫌がらせでミリヤのご飯が抜きになる事が多々あった。
お腹が空いて倒れそうなミリヤの目の前で皆で食事をとり、お腹が鳴るミリヤを嘲笑う。
思い出せば思い出すほど、一刻も早く侯爵家から出て行きたくなった。
満腹とまではいかないが、お腹は満たされた為、ミリヤは急いでアンナの言っていた木に向かうため、ナイフで髪の毛を切った。
少しだけのつもりで切った髪は、思いの外切れた様で、特徴のある銀色の髪が床にハラハラと落ちる。
その髪を気にする事もなく、ミリヤは廊下を確認し、音が出ない様に、けれど素早く移動した。
途中メイドに出逢いそうになったが、風の音と勘違いしたのか見つかる事なく木までたどり着いた。
アンナと木登りを楽しんだ木は、屋敷からは見つかりにくい所にあり、人もあまり入ってこないため、着いてしまえば見つかる心配もない。
(確か……この木……)
アンナがいなくなってから、一度も来た事はないが、間違える事はない。
何度も何度も登った木を見上げれば。
「い、いた」
真っ白な鳥が、まるで意志があるかのようにミリヤを見ていた。
ミリヤは無性に泣きたくなった。
鳥に頼んでも助けは来ないかもしれないし、何も変わらないかもしれない。
それでもミリヤは、一緒に逃げようと言ってくれたアンナを信じたかった。
「お願い…この髪を……」
ミリヤが鳥に手を伸ばし、髪を差し出せば、待ってましたと言わんばかりに鳥はミリヤのところまで降りて来た。
そして結びやすいように動かず待ってくれている。
ミリヤが震える手でなんとか結び終われば、鳥は一刻も早く届けようとするかのように夜空へと消えて行った。
ミリヤは真っ白な鳥が夜空を飛んでいく姿を、見えなくなるまで見送ると、行きと同じように誰に見つかる事なく屋根裏へと戻って行った。