煙ないところにも噂は立つもの
1-SSと書かれた教室に入れば、半分ほど席が埋まっていた。
お茶会などに出席をしないため、顔を見ても誰がどの家の者かは分からないが、何人かがローズに頭を下げていたため後から紹介してもらえるかもしれない。
席は好きな場所に座って良いようで、ちょうど空いていた窓際の席に4人でかたまり座る。
「まだ来ていないようですね」
ローズが教室中を見渡し呟いた。
誰がとは聞かなくても分かる。
もし教室にいたら、何かしら絡んできそうな2人がいないのだ。
「僕がミリヤ様たちを追いかけていた時に、だいぶ後ろらへんで追い抜かしたので、来るまでにはまだ時間がかかるんじゃないかな?」
(リディオン様よりももっと後って……間に合うのかしら)
初日から遅刻などミリヤは絶対に拒否したいが、ディアルガンならやりそうだと納得する。
おそらくディアルガンは遅刻しようが欠席しようが留年もせず、卒業までSSクラスにいるのだろう。
王家への忖度が酷い。
「それまでは静かに過ごせそうですね」
「ミリヤ様もなかなか言うよね」
くすりと笑うリディオンは年相応に見え、短時間だが少しだけ気を許してくれているように見える。
「そうでしたわ!リディオン様。私のことはミリヤとお呼びください」
ずっと様をつけて呼んでくれているが、リディオンに様をつけられるといたたまれない。
学園内は爵位関係なくと言われるが、線引きは大切だと思う。
ミリヤの言葉に続くようにローズとジークも頷いている。
やはり思うことは同じだったのだ。
リディオンは3人の顔を順に見ると、少し考え頷いてくれた。
「分かったよ。ミリヤにローズにジークであっているよね?」
ミリヤとローズには会った事があるリディオンだが、ジークには今日会うのが初めてなため確認してくれる。
「は、はい!ジークと申します」
「ミリヤ達が何度か呼ぶのが聞こえたからね。あってて良かったよ」
家名を名乗らなかったジークにリディオンも気付いていただろうが、何も聞いてはこない。
家族と平民で差別をしない所はディアルガンには似ておらず、優しい人だと感じた。
ただ……リディオンと違いジークが名乗った時に顔を顰めた者が何人かいた事をミリヤは見落とさなかった。
ローズと目が合えばローズも頷いてくれたため、すぐにどの家の者かは分かるだろう。
「あっ、僕のこともリディオンって呼んでもらって大丈夫だよ?」
思い出したようにリディオンは言うが、誰も頷きはしなかった。
「リディオン様。流石にそれは難しいですわ。変に勘繰られても困りますでしょう?」
婚約者と思われたらお互い困るよねと匂わせたが、リディオンには全く響いてくれない。
貴族社会は煙がないところにも無理やり煙を立たせる。ここにいる生徒が家に帰り、今日あった事を話せば……明日にはリディオンの婚約者筆頭にミリヤの名前が上がっているだろう。
それを分かっていて、リディオンは笑っているのだからタチが悪いと思う。
「僕はいいと思うけどね。楽しそうだし」
ディアルガンの婚約者の頃、リディオンにも何度か会った事があったが、こんな風に笑う人だとは知らなかった。
将来の義姉とクラスメイト。
言葉にすれば前者の方が近い関係だが、今の方が仲は深まっていると感じる。
「入学早々、ご令嬢達を敵に回したくありません」
リディオンの人気が高いのは入学の挨拶を見ただけでも分かる。
それにリディオンほど優秀なら本来婚約者がいてもおかしくないのだが……。
(リディオン様に婚約者がいないのは……私とディアルガン様が婚約していたからよね)
王妃を刺激しないためにも、学園卒業まではリディオンの婚約は未定となっているとリアムから聞いたことを思い出す。
ミリヤとディアルガンの関係が良好に続いていれば、学園在学中に婚約者候補を見繕っていたのだろう。
(リディオン様が王太子になるためには後ろ盾は必須……お父様が付いてくる私はもってこいの人材よね)
オリエーヌ公爵の名は伊達ではなく、一人娘のミリヤにはそれだけの価値がある。
リアムはディアルガンを支持するくらいなら、リディオンを喜んで王にするだろう。
しかしそれはリアムの気持ち一つで誰につくかが決まるという事でもあり、今はディアルガン憎しでリディオンについても、いつひっくり返されるか分からないとなれば……より強固な絆を求めたくなるのが人間の心情。
娘であるミリヤとの婚姻関係など、まさにうってつけ。
リディオンの気持ちは痛いほど理解できるのだが……。
(今はめんどくさい事に関わりたくないのよね……アリアがどう仕掛けてくるか分からないし)
ミリヤの気持ちも理解してほしいと思う。
とりあえず現状は……秘技貴族令嬢の微笑みでやり過ごしておくことを決める。
ローズに身につけておいて損はないと言われた微笑みだが、本当に役に立つ。
その後も何度か呼び捨てにするしない問題は出たが全てスルーで終わらせた。
そして、話がひと段落した時に扉がガタリと開いた。




