私は女優だと言い聞かせる
部屋に入ってみれば、そこはミリヤの部屋とは別世界だった。
明るい室内に行き届いた掃除、色とりどり飾られる花が綺麗で、その中心にいるアリアは正に正真正銘のお姫様に見える。
本来ならミリヤもその場所にいられるはずだったのだ。胸にチクリと痛みが走る。その痛みは前世を思い出す前のミリヤの痛みなのかもしれない。
「お姉様。お待ちしてましたのよ。さぁさぁ、こちらにいらして」
これもいつもの事である。アリアがミリヤを隣に呼べば。
「アリアお嬢様。ミリヤ様の汚れた服で、ソファーに座る事は、旦那様より固く禁じられております」
メイド長の言葉に、その場にいたメイド達からクスクスと笑い声が漏れる。
「そんなひどいわ!!私がお誘いしたとお父様にお願いしますから、お姉様とご一緒したいの」
涙目で抗議するアリアに、周りの者達は愛おしい視線をアリアに向ける。
だが、気付いてほしい。もう一度言うが、父に一緒にいたいと頼むなら、汚れた服をどうにかするように頼む方が先じゃないだろうか?
メイド達はお嬢様は天使ですと微笑んでいるが、完全に騙されていると思う。
「アリアお嬢様。お優しいのは分かりますが、それでもメイド長として、旦那様からの命令には逆らえません」
「……はぁい。それなら床に座ってもらうのはいいかしら?」
「床が汚れますが、ソファーよりはマシなのではないでしょうか?」
どこの世界に侯爵令嬢を床に座らせる者がいるのだろうか。現在進行形でここにいるが。
ミリヤはこの時点で頭痛がしてきた。
前世を思い出す前のミリヤは、なぜこの扱いに抵抗も反抗もしなかったのか。
(……だから私があんなクソみたいな前世を思い出したのかもしれないわね……)
クソみたいな前世だが、それでも私は死のうとは思わなかった。死ねば楽になれるとは思えなかった。
今前世を思い出す前のミリヤは、ミリヤの心の奥底で眠りについている感覚がある。
消えたわけじゃない。けれど前のミリヤが全面に出てくる事はもうないだろう。
「それじゃあお姉様、こちらにどうぞ」
話はまとまったようで、アリアが指し示す場所はアリアの足元。
要はミリヤに跪けと言う事だ。
ここでアリアに抵抗することも考えたが……それは得策ではないだろうと自分の気持ちを押し殺す。
逆らえば、家脱出計画がうまくいかなくなる可能性があり、それはミリヤにとって苦痛の時間が延びると言うことで……。
(私はシンデレラ……私はシンデレラ……)
気持ちは虐げられるシンデレラで、ミリヤは自分は女優だと自分に言い聞かせた。
しかしミリヤは失念していた。前のミリヤはいつも人形の様に生きていたため、無表情で何もしないのがいつものミリヤだと言うことを。