天使の呼び出し
家を出ると決めてしまえば、気持ちはかなり楽になった。
(最悪助けが来なければ…….平民として静かに生きれば良いかしらね)
前世を思い出す前ならば不可能だっただろうが、今のミリヤは侯爵令嬢とは言え前世の記憶がある。
その上この国の識字率は低いようで、字を書けると言うだけで職に就けるので、贅沢をしなければ生きていける。
こんなクソみたいな家で人形のように生きるより、何百倍もマシな人生が歩める事は間違いないだろう。
ミリヤが今後の人生計画を考え、顔に笑みがもれた時。
「失礼致します。アリアお嬢様がお呼びです」
テンションを下げる呼び出しがやってきた。
メイド達はミリヤに対する言葉こそ丁寧だが、扱いは最低だ。
すぐに部屋から出てこないミリヤにイラついているのか、部屋のドアをドンドン叩いてくる。
ただでさえ立て付けが悪いので、ドアは今にも壊れそうだ。
「聴こえていますか?さっさとアリアお嬢様の所に向かってください」
(……私、一応この家の長女よね?)
ツッコミたいことは山程あるが、アリアを待たせた方がめんどくさいとすぐに判断し、重い腰をあげた。
部屋から出てきたミリヤに、嫌そうな顔を隠そうともせず、さっさと歩けとアリアのいる場所まで連れて行くメイド。
アリアのいる部屋の前に着けば、中からアリアの楽しそうな笑い声が部屋の外まで聞こえてきた。
この屋敷の者達は、アリアのことを天使と思っている。そのため、アリアの周りにはいつも笑い声が絶えない。
(…….人にバレないように嫌がらせしてくるのが上手なのよね……)
一見父や義母の仕打ちに異議を唱えるようにしながら、そのくせミリヤを陥れることに関して、アリアの右に出る者はいないだろう。
本当に天使のような人間は、ミリヤから部屋も母の形見も奪わないと言う事に、何故周りが気付かないのか….前世を思い出す前のミリヤは、もっと上手くやるべきだったのだ。
ミリヤが部屋の前で色々と思考を巡らせていれば、いつの間にかメイドが扉を丁寧にノックしていた。
先程のミリヤの部屋とは扱いが天と地の差がある。
「はぁい!どうぞ、入っていらして」
可愛い可愛い声。しかしミリヤには地獄の使者のように聞こえた。