目覚めたら今世
本当に辛い時は涙さえ出ないことを知った。
「なんで……なんでなの?」
私の目の前には、この瞬間まで親友だと疑うことすらしなかった女と、来月結婚する予定だった男が腕を組んで佇んでいる。
男の方は気持ち申し訳なさそうに見えるが、親友だった女の目には明らかな優越感が透けて見える。
「私ね、ずっと思っていたの」
いつもと変わらず話す声は、親友だった頃と何も変わらず、それが一層心に突き刺さった。
「……なにを思っていたの?」
自分の声が、まるで他人の声のように聞こえて来る。
「みぃちゃんの事が心の奥底から大嫌い。過去現在未来、来世になっても。何があってもみぃちゃんの幸せだけは、この手で壊してやる」
「ゆ……ゆめ?」
飛び起きるように起きたミリヤは、今見ていた夢を思い出す。そして唐突に思い出した。
(あれは……本当に起きた事……)
前世と呼べるであろう前の生きた時代の出来事が、動画のように一気に頭に溢れ出す。
そこで倒れなかったのは、ひとえに今回のミリヤの器が大きかったからだろう。
前世の自分は親友と婚約者に裏切られ、その後トラックに轢かれ死んだ。
トラックに轢かれたのは主に親友だった女のせいだが、そこら辺の記憶が曖昧で、思い出そうとするとモザイクがかかったような気持ち悪い気分になる為、諦める。
そして生まれ変わった先が、今のミリヤ・グレンだ。
前世を思い出しても、ミリヤ・グレンとして歩んだ記憶はきちんとある。
ミリヤ・グレン。バルティナ王国の侯爵令嬢であり、王太子の婚約者。
顔も体も前世とは違い、とても整っている。髪は金色、瞳の色は前世では漫画の世界でしか見たことがない深い紫。紫色の瞳は王族に通じるものであり、貴族にはとても喜ばれる……一般的には。
そう。一般的にはである。どんな集まりにも一般とはかけ離れた者が一定数存在する。
そのかけ離れた一定数が、今世のミリヤの家族である。
(思い出したと同時に……この扱いが普通じゃない事にも気付いてしまったわ……)
本来なら侯爵令嬢であるミリヤには広い部屋が充てがわれていてもおかしくない。
しかし今ミリヤがいるのは、薄汚れた屋根裏であり、服もボロボロの使用人でさえ着ない安いワンピース。
王太子の婚約者であり、侯爵令嬢にはあり得ない待遇だ。
今までのミリヤは自分が我慢すればと健気に思っていたが、前世を思い出したミリヤはそんな気持ち一欠片だって持っていない。
「あの子が原因ね……」
思い出すは天使のように笑う義妹の姿。