回復魔法には高音の詠唱必須だからカストラートになれって?
下ネタざますわ。
宗教は実に偉大だと、転生した俺は声高に叫びたい!
回復魔法を神の奇跡として独占することで権勢をほしいままにする神健教会の枢機卿の息子として生を受けたこの俺、アンリエッタ。
おかげさまで、世間における乳幼児死亡率の高さも関係なく、子供らしいやんちゃによる事故死も関係なく、とても健やかに育つことができました!
回復魔法はマジ偉大。魔物? 戦争? どうでもいいわ。
回復魔法しか勝たん! これ真理!
しかも、この世界では無詠唱とかできないからね。神の力を借り受けるために詠唱が必要だから、長ったらしい古語の詠唱文を覚えないと発動しないどころか天罰を受ける。
まあ、俺は枢機卿の親から詠唱文の暗記をさせられたけど。将来のためにむしろ熱心に取り組んだね。
既得権益最高! 得る側になって初めて分かったわ。これは手放せませんわ。がはは!
しかも、長男じゃないってのがさらに良いね。帝王学を仕込まれている兄を横目に、俺は楽器や讃美歌を習う程度で済んでいる。
もう十年もすれば、どっかの修道院長に収まって悠々自適な生活よ。政治とか権力争いとか無縁の若隠居生活に突入して実家の援助を受けつつ暮らせるばい。
勝ち組人生とはこうも世界に彩りを添えるのか。
世界は綺麗だなぁあああああああ!
窓辺で下界(大通り)を行き交う疲れた顔の人々を見て愉悦を感じていた俺は、父の書斎に呼び出された。
家に帰っていたのか。珍しいこともあるものだ。
書斎に行ってみると、父は書棚から何冊かの楽譜を抜き取って眺めていた。
「父上、どうかいたしましたか?」
「アンリエッタ、よく来たな。まず、これを読んでもらおう。お前なら苦も無く歌えるだろう」
書斎に入った俺を見て、父は何とも言えない顔をして楽譜を差し出してきた。
うっわ……。なんだよ、このソプラノ歌手向けの楽譜。女の子に渡せよな。
高音すぎて、ここまで来るとウケるわ。
「父上、この楽譜を何故私に渡すのでしょうか? 声変わりしたらもう歌えないと思いますよ」
「お前は声変わりしないからだ」
……え?
意味不明すぎて頭の中に蜘蛛の巣が張ってるんですけど。
思わずパンツの中を確認する。二つの玉と一本の竿は落としてはいないようだ。落としていたらすぐさま回収するべく屋敷中を走り回るところだった。
回復魔法があるから繋げるしな!
「……そうか。理解していたか」
父が痛ましそうに俺を見て、そんなことを呟いた。
いや、小粋なジョークを態度で表現しただけで、これをどこかに落とすほど不注意な男ではないです。
落としたら男じゃなくなるしな!
密かに立てている修道院ハーレム計画のためにもなくてはならない宝玉と相棒だ。
父が小さく首を振る。
「お前も知っている通り、回復魔法はソプラノで神へお伺いを立てる詠唱がなければ成立しない」
「はい、知っております。故に、回復魔法の使い手は聖女と呼ばれ、七割以上が女性で占められております。残り三割の男も声変わり前の少年がほとんどだとか」
かくいう俺も三割の男子だ。回復魔法の長ったらしい詠唱を覚えているだけなく、きちんと発音して発動が可能だ。
おかげで聖歌隊にも入り、家の権勢を落とさないように珍しく努力してソプラノパートを率いているほどだ。
まぁ、そんな重責も数年で解放されるんだけど。
父が指をぱちりと鳴らす。
珍しい仕草だと思っていると、背後に気配が出現した。
ぎょっとして振り返ると、見覚えのある執事が立っていた。
父が沈痛な面持ちで言葉を連ねる。
「男児は去勢すれば、青年になっても声変わりを免れるカストラートになれる。お前に女性名であるアンリエッタと名付けたその時から覚悟はしていたが、息子のムスコを処断するこの日は……来なければよいと思っていた」
……ちょい待ち。
えっ? あっ? っはっ?
ははははああああああああああ?????
「去勢される? 私の宝玉と相棒がremove me?」
「りむみ? あぁ、そうか。分かっていても、覚悟はできていなかったか。すまぬ。覚悟の時間を設けるべきだったのだろうが、もう手術の準備はできているのだ」
手際良いな。枢機卿だけあって仕事が早い。はっはっは。
やっべ……。
背後に立つ執事からとてつもない圧を感じてあうあうあうあ
逃げらんねぇですわ。
お嬢様言葉は○○されてからにしますわ。よろしくて?
「こんな形で独り立ちするとは思わなかったぜ、親父!」
「なに!?」
俺はすぐに窓へと走り出した。怪我をしたって回復魔法があるんだよ、こっちにはなぁあああ!
かくして、俺(来なければよい日のワタクシ)の逃亡生活は始まった。
暑くて頭が溶けてますがまともな新作も投稿しはじめました。