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私、リリーナ・レンブラントはある日、婚約者であるアルタール・ロクサーヌ殿下に呼び出されて王宮に向かったのだが——彼が待つ応接室に入るなり、目の前の光景に困惑してしまったのだ。
なぜなら、中にいたのはアルタール・ロクサーヌ殿下だけでなく、ソニア・ロクサーヌ王妃陛下、そして私の父、ルンター・レンブラント公爵と何故か遠縁の親戚であるクレイ・モルガン伯爵にその御子息のラムダス様、そしてラムダス様の婚約者であるエリザベス様にその父、マッケン・レイダー伯爵がいたので。
しかも、何やら皆、真剣な表情をして——と、私は現在、何が起きているのか理解できずに立ち尽くす。
それこそ王妃陛下が相変わらずの無表情で声をかけてくるまで。
「お座りなさい、リリーナ」
しかも、私が座るべき場所、婚約者であるアルタール殿下の隣に視線を向けて。
もうそこに座るスペースはないはずなのに。
王妃陛下がそう言っても今現在、彼の隣にいるレイダー伯爵令嬢がどかずに座っていたので。悪意も思惑もない笑顔を見せながら——と、再び困惑しているとそれを見かねたのか父が自分の隣を指差してくる。
「ここに座りなさい」
淡々とした口調で。
いや、少しだけ怒りが滲み出たと表現した方がいいだろうか——と、私は頷く。
「はい……」
何となくこの状況にもしかしたらという考えを思い浮かべてながら。この、集まりから最初に口を開く人物に視線を向けて。皆と同じく王妃陛下の方に。
「アルタール、皆揃ったわよ。しっかりと話しなさい」
それからアルタール殿下の方にも。
ほぼほぼ、言ってくるだろう答えをわかっていながら。
それはきっと、彼女の婚約者であるラムダス様を含めた皆も。
そう思っていると、案の定、アルタール殿下が場違いなほど元気な声を出してくる。
「はい!」
隣にいたレイダー伯爵令嬢の肩を抱き寄せ「私はリリーナ・レンブラント公爵令嬢と婚約解消をし、エリザベス・レイダー伯爵令嬢を婚約者にしたいと思います」と宣言をしながら。
冷えていく応接室の温度とは対照的に二人して熱い視線を交わし合って——と、立場的に信じられない言葉と光景を見せられた私はわかっていたのだけれど、やはりというか耳にするなり彼に対して失望する。
それと、応接室に入ってすぐ気づけなかった自分自身にも。
何しろ、彼の心境の変化等にはかなり気を配っていた方だったので。それは婚約者になった幼いあの日から。
「……理由をお聞かせして頂いてもよろしいでしょうか?」
だから、挽回したいとは思わないけれど、今度こそはと更に冷静に努めてそう尋ねもしたが。彼から正確にこちらが納得できる理由を聞きたかったので。
「リリーナ、君のそういう淡々としたところだよ。普通、そこはショックを受けるなりしないか? それに君は全く笑わない。その点エリザベスはよく笑うんだよ。そこが可愛くてね」
彼が一瞬眉間に皺を寄せ、そう言ってきても表情を崩さず。
「……それが全ての理由ですか?」
何しろ、先ほど言ってきたこと意外にも理由があるだろうから。
「それだけじゃない、エリザベスは君と違って私を労り褒めてくれるんだ。将来、夫婦になるのにそういうのは必要だろう?」
こんなことじゃなくて——と、私はつい口を開く。
「それなら、私も……」
「あんなの褒めたうちに入らない。それに、それが一番の理由じゃないんだ。私とエリザベスはお互いに思い合ってる。つまりは真実の愛に目覚めたってことが一番の理由なんだよ」
それから、熱に浮かされたかのようにそう言ってくる彼に一瞬、動揺しそうになってしまいも。特に最後の方に言った言葉に。
「真実の愛ですか……」
何しろ、王族であり、将来国王になる予定の方が真実の愛という感情論を言ってきたので。必死にお妃教育をしてきた相手に向かって——と、私は思わず目を瞑る。
多少、こちらにもあるかもしれないけれど、これはほぼ、王太子教育をよくサボっていたアルタール殿下の非であると判断しながら。
そして、貴族であるはずのレイダー伯爵令嬢の方にも。
そう考えながら彼女の婚約者であるモルガン伯爵令息に視線を向ける。
そして、こちらの視線に気づき苦笑してくる姿につい尋ねてしまいも。
「よろしいのですか?」
「既に婚約解消はしていて、今日は王家と慰謝料などの最終的な話し合いに来ているのです」
その言葉を聞くなり全て理解も。
「……そうなると今日が初めての話し合いではなかったのですね」
今の今まで全く話し合いに入れてもらえなかったのだと。
当事者なのに……
そう疑問に感じていると王妃陛下が口を開く。
「色々と忙しいあなたには申し訳ないと思って、あなた抜きで何度か話し合いはしたの。でも、決意が強いのでリリーナに最後に聞いてもらいたかったのよ」
そう言ってくる彼女に既に呼ばれた時点で私の婚約解消が決まっていたのだと、事実を受け入れも。
すべきことはもう一つしか残されていないと。一字一句、この場にいる誰もがわかっている返事をただ宣言するように口にするだけであると。
「……そうだったのですか」
そう呟きながら私はアルタール殿下とレイダー伯爵令嬢、そしてラムダス様に順に視線を向ける。私がしてきた全ての行いが無になるどころか、マイナスになってしまったこれからのことを頭の片隅で考えながら。
いや、すぐに頭の中からいったん追いやったが。
それから深く溜め息を吐くとゆっくり頷きも。
「婚約解消、承りました」
今まで見せた事ないほどの笑顔で微笑んでくるアルタール殿下の目をしっかりと見つめながら。
「ありがとう、リリーナならわかってくれると思ったよ」
「リリーナ様、私、アルタール様との真実の愛のためならどんな事だって我慢できます。必ず立派な婚約者になると誓います」
だって、二人の言葉に最後まで対応したかったので。この日は、きっと、お妃教育を受けた私、リリーナ・レンブラント公爵令嬢の最後になるのだから。
「……頑張って下さい」
まあ、最後はそうは言っても力無い言葉になってしまったけれど——と、私は小さく息を吐く。それから、すぐに父に連れられて王宮を後にも。
苛々した様子で終始無言を貫くその表情を横目に申し訳なく思いながら。
何しろ、二人の出会いや関係に全く気づけなかった無能で不出来な公爵令嬢の噂はすぐに市井で広まり、レンブラント公爵家の名が悪い意味でこれから有名になってしまうので。
つまりは父の顔に泥を塗りたくってしまった私という存在はもう見たくないという感じなのだろうと。一秒足りとも——と、私は頭の片隅に追いやっていたものを引っ張り出す。
それから覚悟を決め、小さく頷きも。
早ければ早いほど良いと思いながら。
修道院に行くのは……
そう考えながら屋敷に到着するなり、部屋へと向かう。
「リリーナ、大変だったわね。今日はゆっくりと休みなさい」
「ああ、そうだぞ。リリーナ」
母、ネリシアと兄、ルシアンにそう言われても——と、私は首を横に振る。
「……いいえ、すぐに修道院へ行く手続きを致します」
何しろ、一刻も早く出ていけば、私を追い出したことにしてレンブラント公爵家につけられる傷が浅くすむ可能性があるので。
「早まっちゃ駄目よ! リリーナ!」
「そうだぞ、修道院に行く必要なんてない!」
それは二人が慌てて止めてきても。
「でも、私はレンブラント公爵家に泥を塗りました。だから、私という恥晒しはいなくなるべきなんです……」
間違いなく、そうあるべきだから。
きっと、父も——と、思っていると眉間に皺を寄せた父が私の側に来て肩に手を置く。
「お前が出て行く必要はない。それと今から会って欲しい人物がいるんだ」と、予想外のことを言ってきながら。
「……会って欲しい人物ですか?」
「ああ、もう実をいうと来ているんだ」
更にはそう言って扉を開けも。先ほど別れたはずのモルガン伯爵に御子息のラムダス様を招き入れながら。




