―20― 鋼鉄の球
冒険者ギルドの掲示板には巨大女王蟻について、こう書かれていた。
巨大女王蟻は粘着性のある糸を飛ばしてくる。
また、ピンチになると卵を産卵し子供蟻を産む。
そして巨大女王蟻はとどめを刺す際、鋼鉄でできた硬い糸を丸め、それを勢いよく噴射する。この球は盾で防げても吹き飛ばされる可能性が高いため、注意が必要。
僕はこの3つに書かれた攻撃方法を見て、プランタダンジョンを攻略することに決めたのだ。
鋼鉄の球を盾で受ければ、勢いよく壁に叩きつけられる。そうすれば、壁をすり抜けられる、と。
だが、実際に戦うと巨大女王蟻は糸を吐く攻撃と子供蟻による追い打ちばかりで、肝心の鋼鉄の球を噴射する素振りを全く見せてくれなかった。
「キシャァァァァッッッッッッッ!!!!」
巨大女王蟻の金切り声が耳をつんざく。
そう、今まさに巨大女王蟻は鋼鉄の球を糸を丸めて生成していた。
そういうことだったのか……。
足元にべったりついて離れない糸を見ながら、僕はそう思う。
なぜ巨大女王蟻が、鋼鉄の球を全然噴射してくれなかったのか?
目の前の光景を見れば、答えにはすぐ辿り着く。
つまり、鋼鉄の球を生成するには非常に時間がかかるのだ。
目の前では、巨大女王蟻が懸命に糸を丸めては鉄球を作ろうとしている。
その姿はまさに攻撃をしてくれ、と言わんばかりに隙だらけ。
そのことは巨大女王蟻自身もわかっているのだろう。
だから、僕が糸を踏んで動けなくなったとわかるまで、鋼鉄の球を作らなかったんだ。
子供蟻が僕から離れようとしているのは、これから巨大女王蟻が放つ攻撃に巻き込まれないようにということなんだろう。
「だったら最初から糸に絡まっておけばよかったじゃん……」
さっきまで糸から必死に逃げていたのはどうやら全部無駄だったらしい。
そうだとわかると、徒労感でぐったりしてしまう。
「キシャァァァァッッッッッッッ!!!!」
どうやら球の生成が終わったようだ。
銀色に輝く球が巨大女王蟻の口元にあった。
この方向なら報酬エリアに接した壁まで飛ばされるな。
戦っている最中、いつでも壁に叩きつけられてもいいように、常に報酬エリアに接する壁を背中ごしに戦っていたので方角もばっちりだ。
あとは攻撃に耐えるだけ。
〈岩の巨兵の小盾〉を前に突き出し、攻撃を受ける準備をする。
そして、鋼鉄の球が勢いよく噴射された。
「グッ!!」
重い攻撃にうめき声を上げてしまう。
ビリビリッ、と足と地面をくっつけていた糸が剥がれていく音が聞こえる。
そして、鋼鉄の球と一緒に僕の体は壁に叩きつけられた。
「〈回避〉ッッ!!」
壁に接する瞬間、スキル〈回避〉を発動させる。
すると、スッと体が壁の中に入っていく。
気がつけば、報酬エリアにいた。
「成功した……」
安堵と共に息を吐く。
どうやら無事、壁抜けに成功し報酬エリアに辿り着いたようだった。
「もう、この靴は使い物にならないな」
靴にへばりついた糸を見て、そう口にする。恐らく糸を取るのは難しいのだろう。
仕方なく靴を脱ぎ、靴下で地面に立つ。
思えば、糸に絡まって動けなくなったとき、こうして靴を脱げば解決したんじゃ……。
まぁ、あのときは必死だったし結果こうして報酬エリアに来れたんだから、良しとしよう。
「肝心の報酬を確認しなくちゃ……」
僕は宝箱に近づく。
このプランタダンジョンの初回クリア報酬はなんと――
「2万イェール分の金貨なんだよなぁ」
実にしょっぱい。
あのファッシルダンジョンの初回クリア報酬が3万イェールで売れる〈旅立ちの剣〉だったことを思い出すと、いかにしょっぱいかわかると思う。
とはいえ、このプランタダンジョンは初回クリア報酬こそ大したことがないが、二回目以降のクリア報酬もそんなに悪くないのと、道中の巨大蟻やボスの巨大女王蟻を倒したら手に入るドロップアイテムが意外と高値で売れるため、周回するダンジョンとしては冒険者にとって人気なダンジョンだったりする。
まぁ、僕の場合はこの初回クリア報酬しか旨味がないのだが。
とはいえ、下手に初回クリア報酬である〈旅立ちの剣〉を換金し続けたら、怪しまれてしまう可能性が高い。
だから、こんな風にお金を直接貰うほうが安全だ。
それに巨大女王蟻の攻撃パターンもわかったことだし、当分の間はこのプランタダンジョンを周回することにしよう。
ちなみに、プランタダンジョンから転移陣で外に出た後、真っ先にナイフと靴を購入した。




