―02― 絶望した少年
僕は怪我をした左腕を抱えながら家に帰った。
回復薬なんて持ち合わせていないため、ぼろきれで左腕をグルグルに巻いてなんとか応急処置だけはする。
「エレレート……本当にごめんっ」
そして、僕の唯一の家族である妹に泣きながら謝罪していた。
「パーティーを追い出されてしまった。これじゃ、お金を稼げそうにないや……っ」
未成年で身寄りもない僕を雇ってくれるような仕事に心当たりはない。唯一冒険者なら、お金を稼ぐことができたが、その望みもこうしてパーティーを追い出されたので消え失せてしまった。
「稼いだお金でお前を養ってやると誓ったのにな……」
こうして僕は妹に語りかけているが、妹は一切口を開かない。
なぜなら妹は昏睡状態に陥っているからだ。
一年前までこの家は僕と妹、それから父親の3人で暮らしていた。
しかし、ある日父親は死んでしまった。
父親の職業は冒険者だった。ダンジョンの攻略中に命を落としたらしい。冒険者なら特段珍しいことではない。
その日から、僕は12歳と未成年でありながら働いてお金を稼がなくてはいけなくなった。
早速、僕は神殿に行きステータスを受け取った。
冒険者になるにはステータスを受け取らなくてはなにも始まらない。
だが、手にしたステータスはあまりにも貧弱だった。
◇◇◇◇◇◇
アンリ・クリート 12歳 男 レベル:1
MP:90
攻撃力:10
防御力:50
知 性:60
抵抗力:60
敏 捷:150
スキル:〈回避〉
◇◇◇◇◇◇
僕はこのステータスを初めて見たとき、自分の目を疑った。まず、全体のステータスの低さ。
一般的にレベル1の段階でもそれぞれ100はあるのだが、僕の場合ほとんどが100を大幅に下回っている。
しかも、攻撃力が10。
こんなに低い数値は初めて見たと誰もが口を揃えて言った。
敏捷のみ、平均より高かったが、それでも特別高いかと言われるとそうでもない。
それに一般的に3つは手に入るとされるスキルが僕の場合、たった一つしかなかった。
しかも手にしたスキルは〈回避〉というハズレスキル。
そもそも、モンスターの攻撃なんて体を動かして避ければいい。その上、敏捷が高ければその分攻撃を避けるのも容易い。わざわざ〈回避〉なんてスキルを使って、モンスターの攻撃を避けるなんてMPの無駄だというのが世間の評価だった。
こうして弱すぎる僕のステータスは街中の噂になった。
それでも食いつないでいくために僕は冒険者になる必要があった。唯一、僕を受け入れてくれたのはギジェルモがリーダーのパーティーのみ。
けれど、ギジェルモたちが僕を加入させたのは面白半分だった。
毎日僕をからかい、気に入らなければ殴る蹴る。
モンスターの囮にされることも多々あり、何度も死ぬ思いをした。
それでも生活するため、今日までがんばった。
だというのに、こうして僕はパーティーを追放された。
その上、妹は昏睡状態に陥った。
元々妹は体が弱く寝ていることが多かった。それでも意識はあったのだ。
稼ぎのほとんどをギジェルモに奪われて僕がもらえるお金は雀の涙ほどだ。
そのせいで、妹に十分な食事を与えられず、こうして妹は目を覚まさなくなってしまった。
◆
翌日、僕は早く起きて色んな冒険者たちに頭を下げてはパーティーに入れてもらうよう懇願してまわった。
けれど、僕を受けいれてくれる冒険者はいなかった。
それは、僕のステータスが貧弱すぎることと、僕をパーティーに入れたらギジェルモに目をつけられるから、というのが断られる理由だった。
ギジェルモのパーティーは冒険者たちの中でも悪名高いことで有名だ。
もし、追放した僕なんかを受け入れたらギジェルモたちに嫌がらせをされるのは確実。だから、誰もが僕を拒むのは当然だった。
結局、僕はソロで活動する他なかった。
ファッシルダンジョン。
難易度は一番低いF級。
近隣では一番難易度が優しいダンジョンと知られており、冒険者になりたての初心者が真っ先に向かうダンジョンだ。
「誰か助けてぇえええええええええええええええ!!」
ダンジョンの中で僕は敗走していた。
「ガルゥ!」
と、後ろから狼が追いかけてくる。
「やっぱ冒険者なんて僕には無理だったんだぁっ!」
泣きながら僕はそう叫ぶ。
いくら初心者用のダンジョンとはいえレベル1の僕なんかがソロで攻略できるほど簡単なわけがない。
別名『初心者殺し』とも呼ばれ、油断した初心者が何人もこのダンジョンで命を落としているんだから。
それでも妹のため、僕はこのダンジョンに潜る必要がある。
と思っていたのは、数分前までのことだった。
ほんの少し前――。
「グルゥウウウウウウ!」
ダンジョンに潜って早くも僕はモンスターと接敵した。目の前にいるのは狼と呼ばれ、ファッシルダンジョンを多く占めるモンスターだ。
僕は冒険者らしくナイフを構える。
狼は弱いとされるモンスターの一種ではあるが、気を抜けば殺される。
「ガウッ!」
狼は吠えながら飛びかかってきた。
大丈夫。この攻撃なら、十分見切ることができる。
ステータスの中で、唯一の取り柄である150という敏捷とギジェルモのパーティーにいたとき何度もモンスターの攻撃を避けた経験がそう確信させた。
僕は最低限の体の動きのみで、狼の攻撃をよける。
すると、狼の側面ががら空きだった。
怪我をしたのが利き手でない左腕でよかった。
左腕はまだ傷がふさがっておらずまともに動かすことができない。
だが右腕はまだ健在だ。
ナイフを握った右腕を振りかざし、全力で狼に突き刺した。
ガチンッ!
まるで、刃物で石を突き刺したかのような音がする。
「なんでナイフで刺したのに効かないんだよぅ!」
あまりにも理不尽な事実に泣いた。
攻撃力がたった10なせいで、いくら全力で攻撃をしても狼に傷を負わすことができないのだ。
あまりにも致命的な欠点。
一年前、ステータスをもらったばかりの頃にも同じことを経験したのを覚えている。
わずかな可能性に賭けて、狼にナイフを振るったが結果は同じだった。
そりゃそうか。
僕は1年前と一緒。
レベル1のままなんだから結果が変わるはずがない。
「グルル」
狼はてっきり傷を負ったと思ったのだろう。困惑した様子で僕のことを睨みつけている。
僕は攻撃力10しかないため、どれだけ攻撃を加えてもモンスターに傷を負わせることができない。
攻撃力を増やすには経験値を稼いでレベルをあげるしかない。
経験値は魔物を倒すことで貯めることができる。
そう、魔物を倒せない僕は経験値を稼ぐことができないのだ。
『永遠のレベル1』。
冒険者たちは僕のことをこんなあだ名をつけて揶揄している。
だが、そのとおりなので僕は反論もできない。
「やっぱりダンジョンに来るんじゃなかったぁああああああ!」
僕は絶叫しながら狼に背を向けて走り出す。
いくら頑張っても倒せないんだから、逃げるしかない。
幸いにも敏捷が150あるため狼から逃げ切ることができた。