―103― 宣言
「そんなわけで、今、困っているんだよね」
夕飯を食べながら、名称未定に現状のことを話していた。
ダンジョン内に開かずの扉があること、壁抜けを使って中に入りたいけど、自分を吹き飛ばしてくれそうなモンスターが周りにはいないことをかいつまんで話したのだ。
「ふーん、そうなんですか……」
興味なさげって感じで名称未定は相槌を打つ。
もう少し楽しく会話したいんだけどな。
僕と名称未定は微妙な距離感だ。親しみと憎しみがごっちゃになっていて、なにかのきっかけで簡単に破綻してしまうような、そんな関係。
だからこそ、二人でいるときは率先して会話をして、少しでも距離を縮めるよう努力をしているつもりだ。
だけど、今日の名称未定は僕の話しに興味がないのか、さっきから上の空だ。
「なにか、気になっていることでもあるの?」
なので、思いきって名称未定がなにを考えているのか聞いてみることにする。
「きひひっ、数日後にはレイドモンスターによってこの町の住人が蹂躙されることを想像すると、興奮して涎が出そうになるんです」
どうやら常人には理解できないことを考えていたようだ。
「それで、なんでしたっけ?」
「えっと、壁抜けを使って隠し部屋に入りたいって話」
「だったら、名称未定ちゃんを連れていけば解決するじゃないですか」
「えっ?」
どういうことだかわからず、首を傾げてしまう。
「だから、名称未定ちゃんが人間を吹き飛ばせば、壁抜けとやらができるじゃないですか」
あー、言われてみれば、確かに。
今まで、モンスターに壁まで吹き飛ばされることで壁抜けをしていたが、人間に吹き飛ばされた場合、どうなるか考えたことがなかった。
人間に吹き飛ばされた場合でも、同じく壁抜けはできるんだろうか?
そもそも、名称未定の場合、人間とモンスターどっちのカテゴリーになるのか非常に曖昧ではあるんだけど。
「試してみたい気持ちはあるけれど、お前をダンジョンに連れていくわけにはいかないだろ」
そう、そもそも名称未定をダンジョンなんていう危険な場所に連れていくなんて、許可できるわけがなかった。
「あのなっ、人間!」
すると、少し苛立った様子で名称未定が語気を荒げる。
「名称未定ちゃんは、お前なんかよりもずっと強いと何度言えばわかるんですか」
「それはそうかもしれないけど……、どっちにしろ名称未定が僕を吹き飛ばして壁をすり抜けた後、名称未定はダンジョンで一人取り残されることになるだろ。それは、駄目だ」
僕も引く気にはなれなかった。
名称未定と一緒にダンジョンに行くなら、まだ許されるかもしれないが、名称未定をダンジョンに一人で取り残すのは、流石に許容できない。
「ホント過保護なんですから」
不満そうな顔ではあるが、納得してくれたようで、引き下がってくれる。
「その壁を抜けるのは、二人同時にはできないんですの? 例えば、人間が名称未定ちゃんを抱えた状態で壁に吹き飛ばされることで、二人同時に壁を抜けるとかは」
「えっと、前に一度したことがあるからできると思うけど」
以前、オーロイアさんを抱えた状態で二人同時に壁抜けをしたことがある。
だから、できるとは思うけど、なぜ、名称未定がそんなことを聞いてくるのか、よくわからない。
「きひっ、名称未定ちゃんをそのダンジョンに連れていけば、名称未定ちゃんとお前が二人同時に壁抜けができる方法を実践してやってあげてもいいですよ。お前が言うには、名称未定ちゃんがダンジョンで一人にならなければいいようですし、文句は言わせないです」
「えっと、そもそも僕はお前がダンジョンに行くことに反対——」
「いい加減にしてほしいです! いいですか、もう一度言いますけど、名称未定ちゃんはお前なんかよりもずっと強いんですから」
今回はいつもに比べて強情な気がする。簡単には引いてくれなさそうだ。
「てか、なんでそんなにダンジョンに行きたいわけ?」
名称未定がこれだけダンジョンに行くことにこだわる理由がよくわからない。
「ふんっ、お前の過保護にこっちはイライラしているんです。だから、名称未定ちゃんが強いのを証明してあげます」
意外としょうもない理由だった。
さて、どうしよう。本音を言えば、名称未定をダンジョンなんて危険な場所につれて行きたくない。
それに名称未定を戦いから遠ざけたいって思惑もある。できれば、彼女には平穏な日常を暮らしてほしい。
ただ、名称未定の言い分ももちろんわからないわけではない。実際、彼女は僕なんかより強いのだろう。
それに、普段は大人しく家で待っていてもらっているし、わがままぐらいは聞いてあげたほうがいいような……。
家にずっといるとストレスがたまりやすいっていう
「一回だけならいいよ……」
熟考のすえ、僕はそう呟いた。
「ふんっ、始めからそう言っておけばよかったんです」
かくして、僕は名称未定と共に一度だけダンジョンに潜ることになった。
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