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誰も全部は喋らない  作者: ホロウ・シカエルボク
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風呂からあがって寝間着に着替えると、ゆりはもう眠そうだった。陽子がゆりを寝かしつけるのを待ってから、ひとつ頼みごとをした。俺の帰りを待つ間、ゆりにいろいろな絵を描かせてみて欲しい、と。例えば、家の窓から見える景色や、幼稚園なんかのこと―まあ、幼稚園などは通っていないかもしれないが―ゆりの家のことで、手掛かりになりそうなものはなんでも描かせてみてくれ、と。判りました、と陽子は言った。

「パパやママも描かせてみましょうか?」

どうだろう、と俺は思った。

 「あのくらいの年の女の子がさ、自分の住んでる家を描いたら、普通家の前に家族が居ると思わないか?」

 あ、と陽子ははっとした顔になった。

 「確かに、そうですね…絵が上手過ぎて、気付かなかったです。」

 「両親、という認識はゆりの中にないかもしれない。いままで一度も、親が居ないことを不安に思っていない。」

 ああ、と陽子が変な声を出した。

 「私、子供の相手する仕事してたのに…。」

 「まあ、俺の方が一日長くいるからな。初めからおかしなことばかりなんだ。普通じゃないことが当り前みたいになってきてるよ。明日も明後日もどんなことになるのかまったく予想がつかない―来てくれて助かったよ。」

 あ、いや、あはは、と、陽子はばつが悪そうに笑った。俺の感謝がそんなに予想外だったのだろうか。俺は言葉を続けようとして、大欠伸をした。そのせいでなにを言おうとしていたのかすっかり忘れてしまった。駄目だ、と俺は言った。

 「考えてみりゃ昨日からろくに寝てないんだ。とりあえず寝る。とりあえず明日目が覚めたら、○○市に出向いてショッピングモールと病院を探ってみる。そのあとで出来れば、ゆりの家を探してみる。場合によっちゃ一泊ぐらいしてくることになるかもな。」

 私、なんだか心配ですよ、と陽子は言った。

 「ひとつでも判ればもうけもんだな。」

 「そうじゃなくて…原付であんなとこまで行くだなんて。」

 大丈夫、と俺は親指を突き立てた。

 「変わり者の独り者を、なめるなよ。」

 陽子は口を尖らせてやれやれというふうに首を傾けた。それから俺たちは押し入れの中でソフトケースに入ったままの新品の布団を取り出した。なんで真新しい布団が一組そのままあるんですか?と陽子が言った。やっぱり訊かれたか、と俺は渋面を作った。

 「この部屋さ…借りたときは二人で住むはずだったんだよ。」

 「おっと、悲しいコイバナですか?」

 「よくある話だよ。なにもかも決まってあとは荷物を運びこむだけという段階で女の気が変わった。私こんなとこで落ち着いちゃうの嫌だわ。もっと広い世界で、いろいろな経験をしたいの!って、ドラマみたいなことを泣きながら言ってさ、俺の返事も聞かずに店を飛び出していった。本人はすっかり悲劇のヒロイン気取りだったけど、ファミレスだぜ?飯食って帰るまで居づらかったのなんのって…。」

 俺は苦い思い出を話していたのだが、陽子は爆笑していた。遠慮のないやつだ。

 「それはでも、良かったんじゃないですか?そんな人とあまり深い付き合いにならずに済んで。」

 まあな、と俺は同意した。

 「だけど、そんな風に思えるようになったのはしばらく経ってからのことだよ。俺もまだ初心なころだったからな。この布団を受け取るとき、スゲー悲しかったな。それはよく覚えてる。昨日のことのように思い出せる。」

 その布団で私が寝るわけですか、と陽子が神妙な顔で答えた。

 「寝辛いなぁ…。」

 布団に罪はない、と俺は布団の肩を持った。

 「見ての通り、結構良い布団なんだ。びっくりするくらい熟睡出来るぜ。」

 「出来たんですか?」

 「なにが?」

 「だから、ここで初めて眠った夜ですよ。熟睡、出来ました?」

 それは…と、俺は言いよどんだ。

 「それはだって、布団のせいじゃないだろう…。」

 陽子は吹き出した。俺が言いよどんだのがおかしかったのだろう。まったく、意地の悪い娘だ。俺は話を変えることにした。

 「この部屋でゆりと寝てくれ。俺は、台所の床で寝るから。」

 そんな、とゆりは慌てた。

 「私が台所でいいですよ、私が押し掛けて来てるんですから。」

 いや、と俺は首を横に振った。

 「その方がゆりも落ち着くだろうし、俺も気を使わなくていい。頼むからそうしてくれ。」

 陽子はなにか言いたそうだったが、ここは折れるべきだと思ったのだろう、しぶしぶ、という感じで承諾の意を示した。

 「でも、寝辛かったら言ってくださいね、いつでも代わりますから。」

 大丈夫だ、と俺は胸を叩いた。

 「良い布団なんだぜ。朝までぐっすり眠れる。」

 はいはい、判りました、と陽子は話を強制終了した。そして真新しい布団にゆりをそっと移し、俺はもともとの布団を台所へ持って行った。さて、寝るかとしていたところに陽子がやって来た。

 「明日、朝ご飯どうします?」

 俺は少し考えたが、いいや、と言った。

 「コンビニでパンでも買って、道中で食う。」

 判りました、と陽子は言った。

 「おやすみなさい。」

 「ああ。」

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