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誰も全部は喋らない  作者: ホロウ・シカエルボク
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陽子はそうして着替えを取りに家に戻った。ゆりはまだ寝ていた。陽子がこちらに泊まるなら俺は今夜から出かけようかな、という案もあったが、このアパートに陽子とゆりを残して一晩開けるのは少し抵抗があった。特別治安が良くない、というほどの場所ではないが、良いのかというと頷くのは疑問がある、というくらいには悪かった。焦ることはない。やはり明日の朝から出掛けることにしよう。そうなると手持ち無沙汰だった。ゆりはまだ眠っているし、陽子はまだ帰ってこなかった。いろいろ考えた末に、明日訪れる○○市のことを調べてみようと思った。陽子の友達は総合病院に勤めていると言っていたな―俺はとりあえずそれを見てみることにした。マップを出してみると、すぐに見つけることが出来た。中心地に主要施設が集中している街のようだ。ホームページがあったので開いてみた。最近改装したらしく、最新型の設備、医療器具がずらりと揃っているというのがウリらしかった。開放的なロビーは吹き抜けで明るく、座り心地の良さそうなソファーが映画館かと思うほどに並んでいた。ここを訪ねて、ゆりに関係がありそうな数年前の出産について上手く訊いてみることは出来ないだろうか?漫画によくあるように、ただの手帳を刑事のように見せる、なんて芸当は自分には出来そうもなかった。あんなの、漫画でなけりゃ絶対に上手くいくわけがない。病院については、陽子の友達がどういう返事を返してくるか、それを待つしかなさそうだ。その時、ゆりの眠る布団の方で音がした。見やるとゆりが目覚めていて、やけに真剣な顔で俺のパソコンの画面を眺めていた。俺と目が合うと、起きかけた体勢のまま、ずるずると這って来た。そんな子供っぽい仕草に違和感を覚えるくらい、目には大人びた色が浮かんでいた。ゆりは俺の膝に乗ると、パソコンの画面を食い入るように見つめた。モニターに近付き過ぎていたので、俺はゆりの頭を両手で挟んで少し後ろに引いた。

「あまり近くで見ると目が悪くなる。判る?」

ゆりは、にっこり笑って頷いた。それでも画面は気になるようで、すぐに視線を戻した。俺は、あちこちクリックして、ホームページで見られる限りの院内の様子を見させてやった。ゆりがとりわけ反応したのは、外観と、ロビー付近だった。俺は、ここを知ってるのか、と訊いた。ゆりは、確信に満ちた表情で頷いた。そのとき、陽子が帰って来た。大きな買物袋をふたつ提げていた。ゆりは俺を見て、あの人だれ?という顔をした。俺の友達だよ、と俺は答えた。そう、という調子で、ゆりは笑って頷いた。

「あら、起きたんですね。こんばんは、ゆりちゃん。あたしは陽子ちゃん。」

ゆりは二度頷いて、よろしくと言うように頭を軽く下げた。かわいー、と陽子は大騒ぎした。それから俺の方見て、夕食の材料買って来たんです、と言った。

「どうせ冷凍食品とか買ってたんでしょ?」

「ご名答だ。」

やっぱりね、と陽子は訳知り顔で頷いた。

「こういうとこは女の子に任せなさい…あら、それ、○○市の病院ですか?」

そうだ、と俺は答えてゆりの頭を撫でた。

「見覚えがあるみたいなんだ。」

おお、と陽子はオーバーに答えた。

「じゃあ、内通者さえ確保すれば、有力な手掛かりが得られるかもしれませんね。」

内通者ってお前、と俺は苦笑した。友達今日夜勤なんですよ、と陽子は俺のリアクションを無視して話を続けた。

「勤務中は携帯使えないから、返事は早くて明日だと思います。もし明日中に返信来たら連絡しますよ。」

それから陽子は夕食の準備に移った。女の子にしては騒がしい準備だったが、まあ俺が作るよりはいいだろう、と俺は彼女に感謝した。ゆりはなんだか楽しそうにしていた。俺はゆりを洗面に連れて行って、顔を洗わせた。それから着替えを出して着せた。少し大きめだったが、着易そうだった。ありがとう、というようにゆりは頭をさげた。喋れない分そうした感情表現に長けた子だった。そうこうしているうちにオムレツが出来上がった。少々形はいびつだったが、味は申し分なかった。久しぶりに作ったんで形が…、と陽子自身も言い訳していたが、きっと作るたびにこの形なんじゃないかなと俺は思った。食事が終わると俺はゆりに、明日はこのおねえちゃんと一緒にこの部屋に居てくれるか?とお願いした。ゆりは、俺と彼女の顔を交互に見て、うん、と頷いた。平日だから、列車も空いてるでしょうね、と陽子は言った。列車では行かないよ、と俺は答えた。陽子は、目を丸くした。

「車持ってないですよね?」

原付で行く、と俺は答えた。ええーっ?と、陽子が大きな声を出した。ゆりが、どうしたの、という感じで陽子を見た。あ、ごめん、と陽子はゆりに詫びた。

「一〇〇キロくらいあるんじゃないですか?」

八〇キロ、と俺は訂正した。

「何度も原付で行ったことあるんだ。二つのショッピングモールは結構離れてるからな。列車で行くと向こうでバスとかタクシーとか乗りまくらなくちゃいけなくなる。原付の方が便利だ。馴れてるから大丈夫だよ。」

車の免許すら持ってないのは、と、陽子が呆れた顔で言った。

「原付で行っちゃうからなんですね?」

それもご名答だ、と俺はおどけて答えた。ゆりが、俺の仕草を真似ておどけて見せた。陽子は一度はこらえたが、結局吹き出した。ゆりの勝ち、と俺はゆりの手を上げた。ゆりは楽しそうに笑った。陽子は、油断してた、と悔しがっていた。俺は一瞬そいつらと長いこと家族でいるみたいな気分になって、首を振った。こういう景色にあんまり馴染んでしまうのも考えものだな、と思った。気分を変えるためにシャワーを浴びることにした。ゆりは、陽子が引き受けて俺のあとに風呂に入ることになった。ゆりは、俺と入りたそうな顔をしたが、わがままは言わなかった。凄く聞き分けのいい子なのか、あるいは、わがままを言えるような環境ではなかったのか。深く考えるとまた腹が立ちそうなのでそのことについては考えないようにした。

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