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誰も全部は喋らない  作者: ホロウ・シカエルボク
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洗濯物を干し、台所を片付け、買ったものをあちこちへ保管した。ゆりはまだぐっすりと寝ていたので、ネットでリュックのタグについていたメーカーを調べてみた。県内、近県のショッピングモールのすべてでそのメーカーのリュックは扱っていた。おそらくテナントではなく、直営のほうの店舗で売っているものだろう。それからルーペを出して、レシートをくまなく調べてみた。○○市、をどうにか読み取ることが出来た。その市を検索してみるとショッピングモールは二つあった。明日仕事を休んで行ってみようか?ゆりはどうする?誰も見てくれるものが居ないのは不安だった。俺の両親はすでに死んでいたし、見てくれそうな親戚も居なかった。どうしたものか…。しばらく考えたあとで、頼れそうな人間が居るのを思い出した。以前仕事場に居た事務員で、保育所で働いた経験のある二三の女だ。俺にしてはわりに仲良く話していたので、アドレスを交換していたはずだ。スマホの電話帳を探してみるとすぐに見つかった。駄目もとでメールを送ってみると、電話がかかって来た。

「お久しぶりです。いますぐ近くに居るんで、お邪魔してもいいですか?」

歓迎する、と俺は言った。彼女なら少しの間力になってくれるかもしれない。部屋を片付けたかったが、ゆりを起こすといけないのでやめておいた。程なく玄関のブザーが鳴らされた。ドアを開けると、相変わらず屈託のないボーイッシュな女が、どーも、と軽い挨拶をした。まあ、入って、と俺は促した。静かにするように、というゼスチャーを加えながら。女―久住陽子、という名前だ―は、部屋の中を覗いて眠っている娘を確認すると、小さな声で、お邪魔しまーす、と言いながら入って来た。

「一年ぶりだわ、ここ。あんまり変わってないですね。」

仕事ばっかりで変える暇がない、と俺は渋面を作って見せた。ひひひ、と陽子は笑ってゆりのそばに行った。

「かわいい。」

ちょっとワケアリなんだ、と俺は昨夜からのことを説明した。俺が話し終わると陽子は静かに憤慨していた。

 「酷い。そんなことする親が居るなんて信じられない。見つけて懲らしめてやりましょうよ。」

うん、と俺は頷いた。それでなんだが、明日この部屋でこの子見ててくれないかな、と俺は本題に入った。いいですよ、と陽子は即答した。

「先日派遣終わって退屈してたところなんです。」

助かるよ、と俺は感謝の意を示した。こんど高いごはん奢ってくださいね、と陽子は悪い目つきをした。

「ところで、警察とかには行かないんですか?」

「行こうと思ってたんだが、両親が居るなら戻される可能性が高いだろ。親がなにかやってたにしても証拠がなけりゃ…。事なかれで終わりそうな気がしてさ。あったらあったで、この子は施設かどっかに行くことになるだろ?…なんかこう、それもスッキリしないよな、とか思ってさ。少しの間、面倒見ようかと思ってるんだ。」

判ります、と陽子は深く頷いた。彼女はあまり恵まれた家庭環境に育った子ではないのだ。

「お手伝いします。いえ、させてください。普通のごはんでいいですから。」

用心棒じゃないんだから食事で要求すんなよ、と俺は言った。ははは、と陽子は思わず大声で笑って口を押えた。

「明日はどうするんです?」

俺はゆりが入っていたリュックと、中にあったレシートのことを説明した。

「それで、明日その二つのショッピングモールを訪ねてみようと思ってな。それで両親のことが判るってことはないだろうけどさ。」

俺がそう言うと陽子は少しの間なにかを考えていた。そして、○○市ですよね?と念を押した。そうだ、と俺は答えた。

「私の友達が一人、そこの総合病院で看護師してるんですよ。もしゆりちゃんがそこで生まれてたとしたら、母親の名前ぐらいは判るかもしれません。」

良い話だ、と俺は言った。

「聞いてみてくれ。」

はい、と陽子は真面目な顔で頷いた。

「彼女、すごく子供好きだから、きっと協力してくれると思います。」

陽子はスマートフォンを出してなにやら操作していた。メールを飛ばしているんだろう。それが終わるとスマホのケースを閉じて、よし、と呟いた。

「じゃあ、いったん家帰って着替え持ってきますね。」

うん、と俺はよく考えずに頷いてから、なに?と聞き返した。

「今夜から泊まり込みでゆりちゃんの面倒を見させてもらいます。」

「とりあえず明日見ててくれればいいんだけど…。」

「子供と判りあうのは早いに越したことはないんです。」

と、陽子は凄く真面目な顔でそう言った。そう言われたら返す言葉もなかった。だけど彼女、確か実家住まいだよな。

「親とか大丈夫なのか?」

大丈夫です、と陽子はきっぱりと言った。

「私の正義を敢行するのに、親に文句なんか言わせないです。」

どこかのヒロインのようにそんなセリフを言い切って部屋を出て行った。まったく勢いのある女だな、と俺は思いながら、少しの間椅子でうたた寝した。数十分ほどで目覚めたが、ゆりはまだ眠っていた。少し心配になって覗いてみたが、幸せそうな顔で安らかな寝息を立てていた。きっといままでひどい寝床で寝ていたんだろうな、と俺は思った。そしてまた、彼女の両親への怒りが沸いて来るのを感じた。両親を探してどうしようというのか?それは探し出してみないことにはなんとも言えなかった。

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