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戦車ですが、子育て頑張ります!

作者: 五日 永遠



「ほら、エマ。起きて下さい。朝ですよ」


優しい声がコクピット内に響く。ドーム型の半球スクリーンに映し出されるのは、夜露に濡れた草花や木々の葉っぱが、朝日に照らされてキラキラと輝いている光景だ。


「んーー」


コクピット内の操縦席には、猫のように幼女が横に丸まっている。

エマと呼ばれた幼女は、低反発で長時間座っていても疲れない特製リクライニングシートの上で、海老反りしながら伸びをした。


「おはよー。センシャ」


「はい。おはようございます。エマ」


エマは目覚めると戦車に挨拶する。

まだ少し眠いのか、瞬きをしつつ右手の甲で目を擦りながらだ。


「きょうのあさごはんはなぁーに?」


「そうですねー、焼き魚にしましょうかしら」


「さかなー」


「でも……その前に顔を洗いましょうね」


「はーい」


戦車の上部ハッチはプシューと圧力を放出し、炊飯器のようにパカッと開いていく。

そしてドーム型のモニターも半分に割れると、内部に格納された。

そこに折り畳み式のアームが車両内へと伸びる。


本来なら敵からのミサイル攻撃に対し、シールドで防御する為のアームだ。

だが『こんな事もあろうかと』アームの先端部分の内側には衝撃吸収素材が貼り付けられており、いざという時には人命救助にも活用出来るようになっていた。


アームはコクピット内のシートに居るエマに近づく。


「はい。エマ、バンザーイ」


「はーい」


この戦車、すでに異世界の幼女に万歳を教えていた。

アームは優しく万歳しているエマを挟む。


「大丈夫?痛くない?」


「うん!」


ゆっくりとアームはエマを地面に降ろす。そこにはすでにテーブルがあり、洗面器に水が入った状態で用意されていた。

水は戦車に蓄えられている物が使われている。

どんな汚れた泥水でも、天然水並みに浄化出来る最新式浄化装置が搭載されており、現地にて給水浄化をおこなう事で飲み水に困らないように設計されていた。

さらにこういった細かい作業は、アームに付属する補助アームでおこなっている。

本来は戦車自体で自動整備をおこなう為の物だが、せっかくの性能を無駄にしたくない開発技術者の『もったいない』精神により、多目的に使用出来るようになっていた。



エマは戦車が用意した洗面器で顔を洗う。


「タオルは横に置いてあるからね」


「んー」


実に甲斐甲斐しいAIである。

戦車に搭載された超高性能AIは気遣いも半端なかった。


「さあ、エマ。お魚が焼けましたよ」


戦車は洗面器を片付け、テーブルに朝食を用意する。

本日のメニューは、炊きたての白米に鮎の塩焼き(仮)と味噌汁。

『こんな事もあろうかと』この戦車には、ありとあらゆる料理レシピが記録されている。

元々は野営の食事にて兵士の士気を高める為のそれは、現地での食材調達機能から調理に至るまで完璧にこなせるようになっていた。


因みにこの戦車には、各種調味料と100kgの玄米が標準装備されている。

しかも玄米は1kgごとに真空密閉で小分けになっていた。

もちろん精米機の機能やオーブンレンジ機能や炊飯器など各種機能もきっちり備わっている。


今日は精米された白米だが、ビタミンが足りない場合は玄米のまま食べることで補えたりする。



非常に高性能ではあるが、いったい開発者がどんな戦場を想定していたのかは謎である。



エマが食事しているテーブルや椅子や食器なども野営用である。これ以外にもテントや充電式ランタンや寝袋などキャンプに必要な物は一通り揃っていたが、戦車的には野外で寝かすよりも車両内の方が快適かつ安全な為、今のところは利用していない。

因みにテーブルと椅子には虫除け機能も付属していた。


「美味しいですか?」


戦車はバクバクと夢中に食べているエマに話し掛ける。


「うまーい!」


エマはご飯をスプーンで口に入れると、味噌汁を飲んで流し込み、戦車に答える。


「エマ。ちゃんとよく噛んで食べないとダメですよ」


「はーい」


この戦車、お母さんだろうか。

ボロボロとテーブルに散らばった魚の身を、エマは手掴みで口に入れながら答えていた。


だが、戦車はそれを叱らない。

『こんな事もあろうかと』この戦車、事前にテーブルを殺菌消毒済みだ。

元々は兵士が負傷した時に使用する医療用の器具だが、戦車はエマの健康管理のために使用している。おそらくこの異世界において、世界一清潔な野外キャンプだろう。



果たしてそこまでする必要があるかは、疑問だが。



エマが食事を済ませると、戦車は洗い物と片付けをする。洗い物は戦車に搭載されている全自動食器洗い機だ。22世紀の最新モデルを特注で改良されており、民間モデルとは比べ物にならないほど耐久性を高めている。しかも洗浄能力も高く、洗い終わると自動で乾燥させた後に殺菌消毒までしてくれる。


「ねえー、きょうはなにするのー?」


エマは戦車の後片付けの手伝いをしながら、戦車に聞く。

戦車は服を食べカスで汚してるエマを、補助アームで持った掃除機で吸いながら予定を伝えた。


「そうねぇ。今日は天気も良いので、川に行きましょう」


「おーー!かわ!」


「エマは川が好きですか?」


「すき!あとねこうドカーンってやつもすき!」


そのエマの言葉に戦車は該当する記録を参照する。



川でドカーン……該当件数1件



それは戦車がした釣りだった。

この戦車がした釣りの方法はとてもシンプルだ。川にある手頃な大きさの岩をアームで持つ。因みにこの手頃とは、大体10tくらいの大きさの岩だ。


元々このアームは、戦車が転倒した場合に起き上がらせるだけの力がある。

そのパワーで岩を持ち上げると、川の中で泳ぐ魚が多い場所目掛けて、思いっきり岩を叩きつける。

この際、魚群探知機より遥かに高性能なセンサーで探知していたりする。



僅か0.001秒で戦車が導き出した答え。



それは22世紀の最新鋭戦車が、釣りにおいては原始人並みの方法で釣っていることだ。

流石にそれは合理的ではあっても、エマに対する教育上不適切だと判断した。


「エマ。今日は本気の釣りをお見せします」


「!?ほんき!センシャほんきだすのか?」


「ええ。本気です」


「ふぉー!」


エマは戦車の答えでテンションが上がっている。

たぶん釣りに本気を出す戦車は、古今東西この車両だけだろうが。








『戦車』その単語で一体どんな形状を思い浮かべるだろうか。

古代ローマ人なら、馬に引かせた手押し車のようなイメージだろうか。

はたまた20世紀の人なら、長方形のお弁当箱のようなイメージだろうか。


ではこの戦車の形状はというと、アルマジロにツノがついている形状が近い。

このツノは「指揮官機たるもの、やっぱりツノ付きでしょう」という開発技術者のこだわりだが、そもそもこの戦車は無人戦車を運用する為のものだ。

対情報妨害戦に特化しており、あらゆるジャマーの中で無人戦車を運用出来るほどの特殊通信装置と各種高感度センサーを搭載している。


シルエットは全体的に丸みを帯びており、車両下部にはキャタピラーがある。もちろんこのキャタピラーは無限軌道の事であり、同名のアメリカに本社がある企業とは関係ない。


さらに特徴的なのは、左右にある6本の脚だ。「戦車といえば多脚戦車でしょ」という、とある作品に影響を受けた開発技術者によって生み出されたそれは、実用性の証明に何故かアニメが使われたらしいと、まことしやかに噂されていた。


まあ実際は今の戦車のように、脚部を折り曲げた状態でキャタピラーを使い走行している。



しかしてその走行音はとても静かだ。

既にオール電化されており、しかもキャタピラーには特殊なゴムがついている。これにより悪路は勿論の事、高速道路なら時速200kmでの走行を可能としていた。


今、戦車はその性能を発揮して川へと向かう。



川へ向かう道は、獣道ならぬ戦車道が出来上がっており、かなり快適だ。

車内にいるエマもシートに座りながら、楽しそうにスクリーンに映し出された景色を眺めいた。


「エマ。揺れは大丈夫?気持ち悪くない?」


今まで散々戦車に乗っているエマだが、今のところ1度も乗り物酔いにはなっていない。

それでも戦車は心配らしい。


常にエマのバイタルチェックをしているにも関わらず、エマに聞いている。


「だいじょーぶ」


エマは笑顔で答える。


「もう。気持ち悪くなったら、直ぐに言うんですよ?」


「はーい」


実に心配性な戦車だ。

因みにこの戦車の乗り心地は、高級車以上だ。

どんな悪路だろうが、最新式の超高性能ショックアブソーバーで衝撃を吸収しているだけではなく、コクピットを包むように衝撃吸収用特殊ジェルが使われている。


これに乗った兵士は、もう他の戦車に乗れないくらいの快適さを実現していた。

ある意味で、脅威の戦車である。




河原に到着した戦車は、コクピットからエマを降ろす。


「見てて下さい。これが本気の釣りです」


「おー!」


エマに宣言した戦車は、牽引用のワイヤーをアームで掴むと、それを引っ張りだす。ワイヤーの先端にはフックがついており、本来はそれを別の車両に引っ掛ける事で牽引する。


戦車はそのワイヤーの途中をアームで掴むと、アームを釣り竿に見立てて川にワイヤーを垂らす。


「こうして釣り糸を川に入れるのが、本気の釣りです」


「これがほんきか!」


50tクラスの戦車を余裕で牽引出来る極太なワイヤー。人の頭ほどの大きさがあるフック。そして餌もつけずに何を釣るつもりなのかは謎だが。これが本気の釣りらしい。


そして静かな時間が流れる。


「つれないねー」


エマが戦車を見上げながら聞く。


「エマ。本気の釣りは忍耐ですよ」


「にんたい?」


「我慢が大事って事です」


「がまんかー。だいじだなー」


どれだけ我慢させても、何も釣れない気がするが、この場にそれをつっこむ者は居なかった。


とはいえエマはすぐに飽きて、戦車にお絵描きをしだす。

真っ白な車体にエマが指でなぞると、その部分だけ黒くなる。それで色々な絵を描いて遊んでいた。


この戦車に塗装はされていない。

それは未完成という訳ではなく、元々が厚さ僅か0.03mmの極薄モニターフィルムが貼ってある。

このモニターに外部の風景を写すことで、迷彩の役割を果たす機能だ。


戦車はエマが指で触れた部分を、超高感度センサーで瞬時に把握し、まるでクレヨンを使用したように再現している。


因みに、そのモニターの表面には透明な特殊装甲があるために、例え砲撃で徹甲弾や榴弾を喰らってもモニターが傷つくことは無い。


戦車はその機能を、エマのお絵描き用に使っていた。

結果、この戦車の外観はエマ作の人物画や花やよく分からない謎の物体など、様々な絵が描かれている。


「センシャー、ここみどりー」


「はい」


エマが描いた葉っぱらしきものを、戦車は緑色に塗る。この様に色もつけれる為、この戦車は現在とてもカラフルだ。

この戦車、迷彩機能よりエマのお絵描き最優先である。





その時、戦車のセンサーが未確認の大型生物が明らかにこちらへ近寄って来ているのを感知した。


「エマ。緊急事態です!」


「きんきゅー?それはアレか、エマなのか!?」


「はい。エマージェンシーです!お絵描きは中止です」


「おー!それはいちだいじ!」


エマの名前の由来が判明した。

戦車は釣り?を中止すると、直ぐにエマをコクピットへと入れる。


そして暫くして森から出て来たのは巨大な熊だった。

いや、正確には違うだろうがなんとなく熊っぽい奴だ。


戦車はこの異世界の動植物を全て地球基準の動植物に当てはめている。

結構その辺りは適当な戦車だったりする。


「だいじょーぶか?」


コクピットに写し出された映像の熊を見て、エマが心配そうに聞く。


「大丈夫ですよ。何が相手でも負けません」


実にカッコいい台詞だ。

熊は戦車を警戒するようにゆっくりと近寄って来た。

それに対して戦車も曲げていた脚を地面につけて立ち上がる。


それを見た熊は、戦車の方に顔を向けながら、半円状に警戒しながら歩く。

戦車もまた熊に対して半円状に逆向きに歩く。

これが多脚戦車の本領発揮かもしれない。



どうやらお互いに間合いを考えているらしい。

先に動いたのは熊だ。


熊は立ち上がると両手を広げ、戦車に向かって口を開けて吼えた。


Guooooooooo!


その威嚇に対して戦車も負けていない。

アームを熊に近づけると、アームの先端を広げて吼えた!


「ふしゃぁーーーーー!」


……おそらく蛇の真似だろう。

それに熊は一瞬驚くが、直ぐにアーム目掛けて豪腕を振りおろす。

それをアームは軽やかに回避すると、また熊に向かって先端を閉じたり広げたりしながら、吼えた。


「ふしゃぁーーーーー!」


「センシャー、がんばれー!」


コクピットの中からエマも応援している。

その声援が戦車にとって力になる。

アームはさらにクネクネと動いては、熊を翻弄し続ける。もしかしたら戦車の蛇真似も効果があったのかもしれない。


ついに熊は呆れて、どこかへ行った。


「勝ちました!」


「ふぉー!センシャー!すごーい!」


戦車の謎の勝利宣言でコクピット内にいるエマがはしゃいでいた。


「エマのことは必ず守ります!」


「センシャー!すきー!」


コクピット内にエマの告白が響く。

その瞬間、戦車のAIに何かが生まれた。

解析不能なそれは、戦車にとって宝物のように厳重に保護される。


「私も大好きですよ。エマ」


そして戦車が返事をすると、エマが座っているシートが嬉しそうに震える。

このシート、マッサージ機能まで搭載していた。



念のためだが、この戦車には主砲及び副砲が搭載されている。戦車なので。

洗濯物を干すのに物干し竿がわりに主砲を使っているから、存在自体は忘れてはいないみたいだが。

それを使わないのは、恐らくエマへの教育上の配慮からかもしれない。





こうして今日もまた、戦車と幼児による異世界生活の1日が過ぎていく。


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