少女と幼馴染と一夜
お風呂から出てアリスの魔法で髪を乾かした後、二人はしばしの談笑ののち寝床に就いていた。
なんとなく寂しいという思いが心の中にあったリンはアリスに「今日は一緒に寝よ?」と提案したところ即答で同衾の許可が出た。
「じゃ、明かり消すよ?」
「うん」
アリスが天井に下げてある、光源用の魔術式が付与された魔石の魔力を霧散させる。
この辺りが魔石を使った魔術式の便利なところだろう。魔力をため込むことができる石に魔術式を付与し、魔石に供給された魔力が無くなるまでは常に稼働し続ける。この家では人の手によって魔力が充電されるが、王族や貴族ともなると更に吸魔の魔術式を付与し常に空気中から魔力を集め、いちいち人の手で魔石に魔力を充電する必要がなくなる。
辺りはすっかり暗くなっており、照明が消えたことでお互いの顔も目を凝らさなければ見えないほどの闇だ。
「ねぇ、アリス?」
「何、リン?」
「手を繋いでもいい?」
暗闇と寝慣れた自分の部屋ではないからか、心の中に不安が立ち上ってきたリンはアリスに手を握ってもいいか尋ねる。そうすることで不安がまぎれると考えたからだ。
「うん、いいよ」
アリスの二つ返事を聞き、リンは布団の中でもぞもぞと手を動かしアリスの手を探す。なかなか見つからず、暫く指を彷徨わせたのちにようやく目的であるアリスの手を握ることができた。
「…」
「…」
二人は少しの間無言で見つめ合う。
リンはそこにある温もりを確かめるように、アリスと繋いだ手を忙しなく動かす。
「僕ね、お風呂場ではああいったけど結構不安なんだ…」
「受付嬢をやってみたいっていう話?」
「うん…知識だけならたくさん本読んで、色々なこと調べて身に付けてる自信あるけどそれが本当に活かせるのか…」
「…確かに、完全には活かせないかもね」
以外にもアリスから返ってきた言葉は全肯定の言葉ではなかった。
「私もハンター登録したばっかりの新人の時はそうだったし…」
「アリス?」
「私ね、入学当初新入生の中では上から数えた方が早いと言われるぐらいには戦闘能力があったんだよね」
「…」
リンは静かに、アリスの紡いでいる言葉を一言一句逃さまいと耳を澄ませる。
「まぁ、有体で言えば調子に乗っていたというべきかな…半年ぐらいは順調に行ってたんだけどそのぐらいにハンターとして課外活動を行うことが許可されてね、今のパーティメンバーの子や同じ教室で学んでた子と組んで休みにハンター活動をしていたんだ。…初めの方の依頼は簡単なもので慣らしてたんだけどやっぱり実践したくなってね、仲間と相談して一番簡単な一角大ネズミの討伐依頼を受けたんだ」
一角大ネズミ…溝等に住んでいるネズミが巨大化し、魔力の影響で変化した頭蓋骨の一部が変化し角として外に出たものだ。大きさは小さいものでも成人男性の膝付近まであり、大きいものだと腰の辺りまで成長する。ただ、元のネズミの俊敏性は巨体になったせいで失われており油断さえしなければ成人男性でもなんとか相手できるレベルだ。
つまり、学園で戦闘に関しての訓練を行っていたアリスにとっては特に苦となる相手ではない。…はずだった。
「依頼自体は順調に進んでたんだけど一匹一角大ネズミを逃がして森の奥に逃げられたんだよね。そこでパーティメンバーの一人が追いかけて行ってしまったんだよね。森の奥には強力な魔物が出現する情報もあったけど初めての討伐依頼が失敗するのが嫌だったんだよね」
馬鹿だよね、と自虐的な笑みを浮かべる。
こういった場合、実力があり場慣れしているハンターであれば追いかけるという選択肢もあっただろう。しかし、アリスたちは新人ハンターだ。森には慣れていないし経験も浅い。引き返すべきところで追いかけるという判断ミスを犯したのだ。
「追いかけて一角大ネズミを見つけたのはよかったんだけどすでに狩られていたんだ…フォレストウルフの群れに…」
リンはアリスから告げられた魔物の名前に息をのむ。
フォレストウルフ…一対一の討伐難度自体はCランクに到達したハンターならば勝てるレベルだが問題は常に5匹ほどの群れで行動する習性があることだ。当然、同時に相手する数が増えれば討伐難度は上がる。
「流石にダメかと思ったよ…でも、運がよかったんだろうね。偶々、森の奥地で狩りをしてたハンターの人に助けられてね、そのとき思い知ったよ…あぁ、私って弱いんだなって」
「アリス…」
「その時の失敗と経験があるから簡単に活かすことができるとは言わないよ」
とても真剣な表情でアリスは言い切った。
そこには過信しない強かさがあった。
「でも、無駄にはならないと思う。私がそうだったようにリンも経験と失敗を積み上げれば大丈夫だよ、私が保証する」
「…ありがと、アリス。だいぶ気持ちが楽になったよ」
リンの顔には不安そうだった表情が消えいつも通りの笑みが浮かんでいた。
「僕は僕にできる精一杯で受付嬢として頑張ってみるよ」
「うん、リンならできる。でもまずは受付嬢として働けるか確認しないとね」
「ふふっ、そうだね。明日確認しにいこっか」
「だね。じゃあ、もう遅いし寝よっか」
「うん、おやすみアリス」
「おやすみリン」
リンは目を瞑ると直ぐに寝息を立て始めた。
元々リンは体力があまり無いので、今日一日王都を歩き回って疲れたのだろう。
「リンなら大丈夫、私と違ってリンは自分のことをよくわかってるから…」
優しい手つきでリンの頭を撫でながらアリスは呟いた。
程なくしてやってきた眠気にアリスは逆らわず、意識を闇の水面に沈めていった。




