望んだものの対価とは? 2
「続けて行きますよ。
初期状態の『ダンジョンマスター』はダンジョンから出ることができません」
「この狭い所でずっと暮らすのか?
宇宙船の実験より酷いな」
ネットでJ○XAの募集見たことあるが結構給料いいんだよな。
もっともいろいろ健康に条件あった上に、短期で期間が過ぎたらサヨウナラだが。
「そこまで酷くないですよー。
コアを守りながら生存して、ひたすらDPを稼げばダンジョンがレベルアップして機能拡張されます。
つまりマスターが外に出られるだけでなく、街まで行動範囲が広がるかもしれません」
街まで行けば女性との出会いもあるだろう。
趣味ではないが娼館や女奴隷購入と言ったチャンスも。
「そうなのか?」
「それと、ちょっと端末借りますよ」
俺が端末の前から椅子ごと移動すると、ルプが端末の前に陣取りなにやら操作を始めた。
俺より早い。
まるでビデオ8倍再生を見ているようで、残像まで見える。
クロックアップ?
「こんなもんですかねー。
今回のはサービスなのでDPは消費しません。
特殊な設定にしたので維持費用もかかりませんよ。
まずは後ろをご覧ください」
「ああ。
どこかで見たようなドアだな」
さっきは間違いなく無かった。
「鍵穴のようなものは付いてますが、鍵はかかってないので開けてみてください」
扉を開けると目の前には住み慣れた生前の1K風呂付のアパートの自室が広がっていた。
「これは‥‥どういうことだ?」
ベランダから見える青空まであるが、よく見るとテレビやPCがない。
「このようにDP使って部屋を増やすことができます。
天候設定も思いのままなフィールド系の部屋も作れます。
ちなみにコンロとかはこっちの世界で置換可能なもので再現しました。
テレビとか冷蔵庫とかPC他、取り寄せ禁止物はありません」
風呂の扉の曇りガラス部分が木に変わってた。
「なるほど」
当然、本棚を埋めていた普通の小説やコンピュータ関連書籍だけでなく、その裏に隠していたラノベとか漫画単行本がごっそり無い。
「ということは‥・・」
靴を脱いで上がりこみ、押入れを空けて見るが寝具以外はなくなってる。
「俺の初版本や秘蔵の同人誌もないのか‥‥」
がっくりうな垂れる。
HDDも含めてエロいのも全部なくなってる。
「慰めにはなりませんが――今不足に感じているものは、一度地球で死んだときにロストしてるのですよ。
それからドラマのセットのようなものなので、ベランダまでは出てもいいですが柵は越えないでください」
そういえば家のPCのデータ保護機能は大丈夫だろうか?
一週間以上空けて起動するとパスワード要求される。
実はこれはダミーで鍵となるUSBメモリを決まったスロットに入れるのが正解。
キーを押してパスを入れようとすると復元不能なフォーマットが始まる。
鍵のUSBはキーホルダー、予備がPC置いてる座卓の引き出しの裏と押入れの奥だ。
職場にもヲタばれしないようにしてきた身としては、こっそり処分を頼む相手は居ない。
黙ってうな垂れてるのを肯定と取ったのか、ルプは続けた。
「でも退屈はさせませんよ、これを見てください」
うな垂れてる俺に見えるように一冊の本を差し出した。
「『魔法大全-初級編-?』」
タイトルが日本語で書かれたA4サイズの本だ。
受け取ってペラペラとめくると中身も日本語で挿絵もある。
PPCな用紙ではなく辞書に使われるような薄くて手触りもいい紙。
なのに厚さは3cmほどで、装丁もしっかりしている。
さすがに突っ込まずには居られなかった。
「なぁ、この異世界って日本語が使われてたり、印刷技術は発展してて金属活字があったり、製本技術も高かったりするのか?」
「やだなー。
そんな訳ないじゃないですかー。
この世界は基本的に羊皮紙、良くて漂白されてない藁半紙程度です。
金属活字も無くて、単色刷りの木版画ってとこですね」
笑ってごまかそうとしているがそうは行かない。
「じゃあ、あのダンジョン端末のキーボードやこの本はなんなんだ?」
「いや、その‥‥ここまで侵入されたらお仕舞いですから。
そもそも日本語読めるのってマスターと私を含めた主神様の関係者、あとは日本からの転生者が別の大陸にバラけて100人ほどしかいませんよ?
あと転移者は、全世界見てもマスターだけですね。
‥‥今のところは」
「身近にいないだけで転生者はいるのか‥‥」。
「それでも一番近くて直線距離で500km近く離れてますから‥‥馬、馬と同じ位の速度しか出ない『大嘴鳥(オオクチバシ)』と呼ばれる二足歩行の鳥、帆船が精一杯のこの世界では会うことがありません」
「距離がわかるって事はダンジョンができる場所って決まっているのか?」
「あー。
お気づきになりましたか?
それは最悪か二番目に悪いことに関わるので、詳細は後で話します」
「後で話してくれるならいい。
ところでドラゴンとかワイバーンとかグリフォンとか空飛ぶモンスターはいないのか?」
「いますよ、普通に」
「それ乗り回す奴とかいたら駄目なんじゃないか?」
「うーん」
ルプは目を瞑り腕を組んで考えてるようだ。
「可能性は0.0000000001%くらいはありますが、無理なんじゃないですかねー?
ワイバーン何て大嘴鳥(オオクチバシ)より頭悪いですから‥‥馬の下の下ですよ。
グリフォンは馬くらいには頭良いのですが、500kmの長距離を人間運ぶ体力は無いです」
「この世界のグリフォンは、獲物を持ち帰って雛に与えたりはしないのか?」
確かグリフォンの上半分――ワシだかタカだか忘れたが、猛禽類はそうやって雛を育てる行動したはずだ。
「餌持って重量増えたら距離が飛べずに力尽きてしまいますよ。
縄張りはせいぜい半径50kmで、休みなく餌を運べる距離はその半分ってとこですね。
普段は狩ったその場で啄ばんでます。
また飼いならせるほどの肉を用意し続けるのって無理だと思いますよ。
最後にドラゴンですが、あれは気難しい上に基本的に寝てるの大好きな面倒くさがりです。
マスターのほうから手を出して敵意を示せば潰すために人間たちに協力するかも知れませんが‥‥召還モンスターを最寄のドラゴンまで行かせるのに機能拡張と諸々合わせて100万人くらい殺さないとDP足りませんので、それも可能性としてはないかと」
これはひどい。
ダンジョンに100万単位で入場者がいるのか?
どこのテーマパークだよ。
「強制引きこもりの代わりに、その辺はガードされるのか」
「はい。
すぐに死なれても困りますので。
それに10000年の計とか立てて実行したとしても、遅くとも『ドラゴンの棲家近くに召還モンスター送る』って言うのが『自殺防止の呪い』で却下されると思うんですよ」
「それがあったな。
色々情報量が多くて忘れてたよ。
今からメモしたほうがいいか?」
ボールペンは手元にあるが、紙がない。
『地球から通販』で買うか?
「とりあえず今は一通り聞いてください。
質問は受け付けますが、もう一度最初から説明する時間はないので」