脱出ゲーム?
まずは状況確認だな。
服は会社を出たときのまま、Yシャツにスーツ上下にコートと革靴だ。
中は肌着とトランクスなのも一緒。
持っていたはずの通勤カバンは部屋に落ちてない。
動けないときには、視界外ににあると思ってた。
事務机の上にポケットの中身を出してゆく。
ハンカチにポケットティッシュ2つにボールペン‥‥ある筈の財布とスマホと家の鍵がなかった。
やはり持ち込み禁止物として没収されていた。
手帳も無くなってるのは、書かれてる情報がアウトだったのだろう。
残ってるって事は『ポールペン』や『ティッシュ』はセーフらしい。
プラスチックや包装ビニールも含めて。
「どうせ『金髪9ピー』が言うように異世界ならば、金もカードも定期も使えない‥‥。
スマホはオフラインの百科事典とか入れていたが、普通の充電器とソーラー充電器は通勤カバンの中でどの道使えないな」
自分に言い聞かせるように独り言を言う。
それにしてもスマホで知識チートが駄目なのはいいが、電卓くらいは使わせてくれよ。
どうせ異世界人にアラビア数字は読めないのに。
立ち上がって気が付いたが、持病の偏頭痛と腰痛がない!?
それに口の中にも違和感がある。
口内を指で探ると歯の治療痕――詰め物とかが無くなっていた。
曲がって生えて抜いたはずの親知らずまで正常に生えている。
ハンカチで指を拭いていると、サッカー部のキーパーで負傷して歪んでいたはずの指が真っ直ぐになっていたのに気づいた。
「これが『措置』っての一部だろうか?」
古い中古車になってレストアされたような気分だ。
体を動かすが他に違和感は無い。
むしろ調子がいい?
体調と言えば空腹感も尿意もない。
時計見る限りでは結構時間が経過しているのに‥‥。
「とはいえ、若返りとかはないのだろうな」
金髪9ピーはコストコスト煩かった。
残念ながらメタボな腹はそのまんまだ。
『すぐに死なないような措置』以外のサービスがされているとは思えない。
「鏡は‥‥あれも通勤カバンの中か」
T字髭剃りに洗面用具と予備のネクタイ、通称『お泊りセット』も通勤カバンの中だ。
「見積もり用の大きい電卓もカバンの中なんだよなー。
とりあえず隠し扉が無いか探すか‥‥異世界来て早々『脱出ゲーム』かよ。
‥‥さすがにこの歳で漏らしたくない」
出口とトイレを探すために壁を調べる事にした。
独り言が多い? ほっとけ!
必要以上の沈黙に耐えられなくて、家にいるときもこんなだよ。
◇◆◇◆◇
トイレを探すために壁を叩いたりして調べる事30分。
何も成果はない‥‥幸いにしてまだ尿意とかもない。
部屋の左隅のぼんやりと明滅する青緑の玉。
触れてみても熱くは無いが、動かす事はできなかった。
宙に浮いてる原理とかもさっぱり解らん。
『鑑定|(雑)』も使い方が解らない。
「そうなると、あとはこいつか‥‥」
外に出ることと関係なさそうなので後回しにしていた――右隅の事務机の上に鎮座するのは『モニタ』『キーボード』『マウス』。
モニタは液晶の17インチと思われるのが3枚‥‥ブルジョアなCG屋か。
キーボードは使い慣れた106キーだ。
キートップもそのまま――異世界なのに英語と日本語にアラビア数字なのか?
ドルとか円の記号もそのままで、意味不明。
マウスは3ボタンホイール付き、こっちは普通。
キーボードとマウスにケーブルはなく無線のようだ。
「本体は‥‥ないな」
液晶モニタの裏を覗きこむが何も無い。
モニタから出てるはずの電源のケーブルも本体に繋がるモニタケーブルもない。
そもそも前面にも電源スイッチらしきものは無かった。
コネクタや切断された痕跡もない。
「引き出しの中って事は無いよな」
事務机の引き出しを順番にあける。
そして右側一番下の大きな引き出しを一番最後に開けたとき『それ』は飛び出した。
「ばぁ!!」
得体の知れない何か。
見たまんまを表現するなら、50cm程の3頭身の髪の毛も顔も無い白い人型。
マネキン? ドールの素体? バー○ャのDU○L?
あれは銀か金か‥‥。
それが目の前に飛び出して、宙に浮いている。
「びっくりした? びっくりした?」
若い感じの中性的な声だ。
あまりの事に、尻餅をついてフリーズして呆けていると。
「ますたぁ、ますたぁ!!
ごめんなさい!
出会いを演出するための、ほんの冗談だったたんです!
心停止とか起こしてません? 大丈夫ですか?」
体を揺さぶられて現実に戻された。
「ああ、尻もさして痛くないし問題ない。
ところでおなた様は誰です?
『ますたぁ』とは?」
いあ!いあ!?
それにしても、最初の部屋で神様の刺客に消されるのかこれ何てくそゲー?