3話 Summer
「デパートのカフェにいるわ」デパートに到着してから麗華に電話するとそう言われたので僕は車の外に出て雨の中、傘を差して歩いていった。デパートは平日なのに大勢の人々がいて車は屋外駐車場でしか停められなかった。口の中のサクマのいちごみるくのキャンデーはもう溶けて終わっており、僕はこの後の麗華と彼女の父親との夕食に胸をあたためた。
そのときふと傘と空の隙間から雨粒が僕の口の中に入ってきた。雨粒はどこかアルコールのようなトゲトゲしさでちょっと苦くてシナモンのようにスパイシーだった。なんだか変な雨で僕は口の中に残ったキャンデーの味のせいだろうとその時思った。
傘を差して歩いているとデパートの屋外駐車場は水色の薄暗さで雨と共に照りゆく車のライトが路面をかすめ、そして時折、僕を照らしていく。
デパートの中に入るとそこはあたたかく湿度は外よりもなく、そしてクリスマス前の賑わいとそのクリスマスソングの祭りのざわめき、大勢の人たが何かしらの夢を抱いてそこには行き交っていた。
僕は入って直ぐのデパートの地図を見てカフェを探す。カフェは三つあって一つは「ブラック」一つは「マンダリン」もう一つは「ジーコ」だった。
「どこなんだろう、電話して聞いてみるか」と思ってポケットのスマートフォンに手を伸ばしたところに僕の肩に誰かの素肌の手があたった。
そちらを向くと麗華の父親がいた。僕よりも少し背丈の高い人で顎髭と口髭をたくわえている。黒い高そうなスーツの格好で「やあ日ノ出くん」と言われた。
「あ、こんばんは。麗華のお父さん。今日はよろしくおねがいします」
「お仕事お疲れ様。麗華はカフェにいるから案内するね」
「ここで待っていてくれたんですか、ありがとうございます」
「いいんだよ。さあ行こう」そう言って麗華の父は先へと進んでいく。
若干つやつやとしたエスカレーターを上るとコーヒーの匂いがしてきた。「ここ、ここ」
「あ、日ノ出!いらっしゃい、いらっしゃい」カフェの席には麗華が座っていた。ちなみにカフェの名前は「マンダリン」だった。
「麗華、おまたせ。ちょっと待たせちゃったな。神社からここまでちょっと遠くてね」
「大丈夫よ。ここのコーヒー美味しいし、私は本読んでたから」
「ふーん、そっか」
「日ノ出君は何が食べたいんだい?」
「麗華の好きなものでいいですよ」
「日ノ出は今日は仕事してきたんでしょ?なら日ノ出の好きなものを食べましょうよ」麗華はそう言って柔らかく微笑んだ。横で麗華の父はうん、うんと頷いている。
「じゃあハンバーグが食べたいな」
「わかった、じゃあ洋食店の『フォーチュンヘヴン』にしようか、日ノ出君は車で来たんだよね?」と麗華の父親が言った。
「ええ、そうです。車で」
「じゃあ私の車についてきてくれたまえ」デパートの出口の前で停まっているから。そこまで車を進めたら麗華に電話をくれ」
「わかりました」
「パパの車じゃなくて日ノ出の車に乗るわ、私」と麗華が言う。
「じゃあ私のケータイに電話してくれ、麗華。わかったか?」
「うん、じゃあ行きましょうか、日ノ出」
二人で車に乗ると麗華はちゃかちゃかとカーステレオをいじり始める。「あなたの車って本当古臭いわね、いつもの曲を流すわね」そう言って麗華はカーステレオにCDを入れて再生する。
流れ始めた曲はクリスマスソングではなくビーチボーイズのカリフォルニアガールだった。
「ああ、夏っぽいわね」音はちゃかちゃかとしたり男性ボーカルのあたたかさと夏の陽差しが感じられた。
「麗華は夏が好きなのか?」
「私の脳内はいつでも常夏よ。クリスマスなんてクソったれだわ」僕は麗華のその言葉に心底がっかりする。クリスマスにサプライズプロポーズをするのはやめにしようか、だなんて考える。
「クリスマスは嫌いなのか?」
「家族と一緒に祝うクリスマスは嫌いだけど、あなたと一緒のクリスマスパーティーなら最the高よ」
「最the高ってなんだよ。好きなのか?クリスマス?」
「あなたと一緒ならって言ったでしょ」
「クリスマスの日、」僕はそこで一つ区切って深呼吸を二回する。
「なによ?」
「いや、その時になったら言う。クリスマスの日にさ、ずーっとそれはもうずーっと決まることを君に、麗華に伝えてもいいかい?」
「ずーっと、ずーっと?それってもしかして・・・」
「いや、いいんだ。勘ぐらないでくれ」
「いいわよ。楽しみにしてる。私の指のサイズ測ってたもんね」彼女は赤面してそう言う。「訂正する。クリスマスは一年で一番好きな日よ!」と言って麗華は大きく息を吸って「それはもうずーっと永遠に」と言った。「私はあなたは運命の人だと思ってるし、今年のクリスマスは最高の日になると思っている」そこでビーチボーイズのカリフォルニアガールは終わった。それから曲は『Let Him Run Wild』へと変わった。
麗華がかけたCDのアルバムはビーチボーイズのSummer Daysというアルバムだった。
「私その日まで泣かないから」
「最高のクリスマスにする」僕はそう言ってから麗華に口づけをした。
それは永遠を誓う前の最初のキスだった。




