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2話 初恋

「神奈継さん、今日の仕事はこれだから」上司の聖が言う。

「今日もガンバルかー」僕は両手を上げて伸びをすると聖から書類を受け取る。

「ああ、頑張れ神奈継」と言って聖は自分のデスクに戻っていく。

 事務所はこじんまりとした所で社員は五人いる。上司の聖と同僚他四人。

 

 僕はデスクで受け持った書類を広げていると、隣の席の女性社員が話しかけてきた。

「日ノ出さん、そのセーター彼女の手編みのやつでしょ。去年のクリスマスに貰ったって自慢していた」

「そんなこと教えましたっけ?」

「いやね、自慢してたじゃない、それも大げさに。彼女に手編みのセーターをもらったんですよ!どう?いいでしょう!ってさ。だからよく覚えているのよ」

「そうでしたっけ」僕は内心恥ずかしくなるがそれ程に自慢したいセーターであるし、僕の恋人であるのだ。「今度のクリスマスに実はね、いやこれはいいか」僕は嬉しさのあまり彼女にプロポーズをすることを言いそうになる。

「いいわよ言わなくても、なんとなくわかるから。もうそんな年だもんね」

「変に勘ぐらないでくださいよ。内緒なんですから」

「サプライズプロポーズってやつね」

「だからですね真理下さん」

「いいわよ真理子で、っていつも言ってるでしょ。もう長い間柄なんだしさ」

「下の名前で呼んだりしたら麗華に嫉妬されちゃいますから」

「そんな嫉妬深い彼女なの?麗華さんって」

「それはもう中学の頃なんか、バレンタインデーの日に麗華以外に渡されたチョコを見られちゃってあなたにはその子のチョコレートがあるから、私のはいらないでしょ、いいわよお母さんにあげるから、なんて言われたんですから。すんごく嫉妬深いんです」

「そりゃ大変だわ、じゃあ真理下でいいわよ」彼女は真理下真理子まりしたまりこ細めの体格で白い歯が特徴的、いつも薄いクリーム色のスーツを着ている。結構美人なタイプで、この人を下の名前で呼んでいたら絶対に、それはもう絶対に超絶対に麗華に嫉妬されるだろうと僕は自覚していた。

 だからいつもの真理下さん。

「コーヒーと紅茶どっちがいい?」真理下さんが席を立ってそう言った。

「じゃあ紅茶でお願いします」

「はーい」真理下さんが給湯器へと向かって僕用のマグと真理下さんのマグを取り出して紅茶のティーバッグを器に入れるとお湯を注いだ。それからそれを持って僕のデスクに戻ってきてくれた。

「ありがとうございます」

「いいのよ。明日はあなたにやってもらうから」彼女はそう言うがいつも真理下さんは僕にコーヒーと紅茶のどちらが良いか聞いてくれていつもそれを作ってきてくれる。とてもやさしい人だった。その代わり妙に僕を見つめる癖が彼女にはある。そのことを真理下さんに聞くと人間観察としてあなたをいつも見ているのと言われた。何も僕を見なくたっていいだろう、僕はそう思っているが彼女はふと気がつくと僕を見ている。ただ目線は母のように暖かく優しかった。



 その日の仕事を終えると外に出る。雨は小降りになっており、やや安心する。

 車内に入ると一日の疲れを吐き出すかのようにため息を吐いた。

 スマートフォンの電源をオンにすると麗華に電話する。いつも仕事が終わると電話するのだ。

 麗華と話していると一日の仕事の疲れが明日の元気へと変わっていくからだ。

 電話が通じると麗華が出た。僕の恋人。

「あら日ノ出、もう仕事終わったの?」彼女の声はクリームソーダのチェリーのように甘酸っぱい。彼女の声から口角の動き唇に付着した口紅、その奥ののどちんこまで思い浮かぶ。

「今終わって車にいるところ。麗華の方は変わりはないか?」

「今サーティーワンのアイスクリームを食べてるところデパートにお父さんと来てる」麗華の実家はちょっとした金持ちで麗華自身は占いの職業をしている。僕も占ってもらったことがあるが麗華の占いは時々しか当たらない。それなのに結構贅沢な暮らしをしているのは両親のお小遣いのお陰だろうと僕は思っている。彼女のお小遣いの金額は聞いたことはないが、僕のお給料以上にあるのではないかと僕は思っている。僕のお給料は月々三十万円、銀行に振り込まれる。そう、彼女のお小遣いは僕以上に。

「何味のアイスクリームを食べてるの?」

「いちご」

「僕も食べたいな」

「いちごとチョコミントのダブルのやつ」

「それは美味しそうだ」

「あなたも今から来る?いつものデパートだけど、パパもいるし夕食なら奢ってあげるわよ」

「じゃあ今から向かうよ」

「じゃあね、また後で」そう言って彼女は通話を切った。

 そうして僕はデパートに向かうことになった。雨はぽつぽつと降っている。「冬の寒い日にいちごとチョコミントのアイスクリームか、」と僕は独り言を言った。なんだか心が寒い。

 僕の胸音は雨音とシンクロするようにしとしとと血脈を心臓から全身へと送っている。車のダッシュボードにサクマのいちごみるくのキャンデーがあったのでそれを取り出して包装紙を広げて中のキャンデーを口に放り込む。

 甘酸っぱい味がした。

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