もちことの出会い
2049年8月31日。
ついにこの日が訪れた。
第二のノストラダムスの大予言とも揶揄されし、地球オンラインのサービスが終了する日である。
この日の事を語るには、あの日の事から語るのが丁度いいだろう。
【あの日】
深夜11時。
11連勤にとどめを刺しにきた5時間の残業を乗り越え、俺はついに3連休を手に入れた。
数日分の食料を買い込み、自宅の布団へと倒れこむ。
このままいくらゲームをしても仕事に響くことはないだろうが、このままだといくらなんでも仕事の疲労がゲームに響くことが目に見えている。
だから俺はゲームの攻略サイトを開くのだった。
「Wバース(ダブルバース)」
これが今俺のハマっているゲームの名前だ。
俺だけではない、全世界がハマっていると言っても過言ではないだろう。
このゲームは仮想現実世界をランダム生成し、そこの住人としてプレイヤーを産まれさせるというトンでもないゲームだ。
VR装置を使って現実と大差ないそこに産まれる感覚は、リアル異世界転生なのだ。
世界そのものとプレイヤーがダブルで生まれることで始まるため、このゲームのタイトルはWバースとなっている。
平均30ゼタバイトの仮想現実を生成するこのゲームは、専用のPCを使ってようやくプレイできるため、発売当初は90万円、5年後の現在でも40万円の値段がかかる。
一生独身のアルバイト暮らしを決め込んでいた俺だが、このゲームを買うためだけにアルバイトしていたスーパーで正社員になったのだ。
しかしこのゲーム、セーブもできなければ一度死亡したら(死後の世界や幽霊が存在しない限り)終わりという鬼畜仕様なので、自分の世界に近い攻略サイトなどを参考にして、可能な限り死の危険性を減らすことも重要である。
よって今現在のようなロクでもない体調の場合、プレイせずに攻略サイトを見て回るのが正解なのである。
「……ん?」
思わず声を出してしまうような、妙な書き込みが見つかった。
もちこ『ウチのWバースが処理落ちして起動できなくなったので死にます』
Wバースの処理落ちは、現在多くの変態糞プレイヤーが挑戦している課題の1つであり、達成には最速で1年かかると言われている。
それは音速を超えるような移動手段でひたすら一方行に移動してマップをめちゃくちゃ生成するだとか、顕微鏡でしか見えないような細かい作りで家のような巨大なものを築きそれを大量に複製するだとか、真っ当なプレイではおおよそ実行できない。
このもちこという人物はどうやってそれをなしとげたのか。
俺はその書き込みへの反応を見ることにした。
匿名『ほーん。で、どうやって?』
もちこ『言いたくないです』
匿名『嘘乙』
もちこ『本当です』
匿名『じゃあもうしねば、解散』
もちこ『誰か私をあなたのWバースに入植させてください。そうしてくれた人に話します』
匿名『スペックは?』
もちこ『40のおっさんです』
匿名『終わり、閉廷!』
もちこ『誰か直接メールのやりとりをして下さる方、こちらまで◯◯◯◯』
ありがちな釣りだと感じたが、寝る前には丁度いい遊びに思えて、俺は捨てアドレスを作ってメールを送った。
レキ『ご存知だと思いますが、他人を入植するのはとても高いリスクを負います。安請け合いするわけにはいきません。
あなたの条件で入植を許可することはできませんが、Wバースが処理落ちした経緯を話して頂き、その上で入植を検討することはできます。
見知らぬ人とは言えあなたに死んで欲しくはありません。話しを聞かせてください』
入植させる気などなかったが、話は聞きたいのでこのような文面になった。
レキというのは匿名のままだと人間味がないのでとっさにつけた名前だ。
騙しているに違いないのだが、話をすることで多少なりもちこさんの気が晴れればそれでwin-winだろうと自分に言い聞かせる。
すぐに返事がきた。
もちこ『メールありがとうございます。先に入植の約束をして欲しいです』
レキ『それはできません。
入植というのは、2人で同じWバースを使うということであり、一度2人で始めてしまえば、2人揃わなければ起動も終了もできなくなってしまいます。
そのリスクと損失を負うだけの価値が、あなたの話にある保証はないのですから』
もちこ『約束だけでいいです。契約じゃないので破っても私が傷つくだけですから』
うわあ。
メンヘラめいたおっさんだ。やべーやつだ。
ただやべーやつに安全圏から関わるのは嫌いじゃない。
レキ『そういうことでしたら約束しましょう。あなたの話に価値があれば、入植すると』
もちこ『足りません。私の話に価値がなくても入植させてくれると約束して下さい』
レキ『その約束は破ってもいいのですか?』
もちこ『よくないです。ですが破っても復讐はしません』
めんどくせえ。
だが嫌いじゃない。
レキ『なら入植を約束しましょう。話を聞かせて下さい』
もちこ『ありがとうございます。私がWバースをプレイした理由、それは』
もちこ『研究者になりたかったからです』