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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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9


「よーう、リーズ」


 リーズの所にヴァーンがやって来た。隣に妻のエリーゼを連れている。五十年前にヴァーンとエリーゼの仲を取り持ったのはリーズだった。

明るいブラウンの色をした髪を緩く結い、若草色の瞳を愛らしく細めたエリーゼは春色のドレスがよく似合う。一途に彼女を愛し想うヴァーンの隣にいる彼女はとても美しく咲いた一輪の花だった。


「……ヴァーン」


「今年の乙女はどーだ? 流石に覚悟を決めたんだろ?」


「……知らぬ、乙女の心情など」


 何も伝えていない為ヴァーンは乙女が交替したことを知らない。ヴァーンはロゼリッタを思い出しているのだろう、相変わらず陽気に笑っていた。


「俺達は昨日乙女を捧げられた。こう言っちゃなんだが、あんま面白くなかったよ。毎年乙女は同じような人間だからな」


 リーズがエリーゼを見やるとエリーゼは頬を染めて会釈した。エリーゼはまだリーズに憧れているのだろうか。だがヴァーンが気を悪くした様子はない。


「……今年は催しをすることになるかもしれぬ。何かあった時のフォローは二人に任せる」


「そりゃ唐突だな。何かある可能性が高いみたいな言い方じゃないか」


 人間だった頃から騒ぎが好きなヴァーンはニリヤと笑む。それを承知したと言っていると解釈し、リーズは目を閉じた。


「今年は私の力が及ばぬかもしれぬのだ。場合によっては私の分が悪くなる。その時にヴァーンが居れば心強い」


 普段そんなに弱気な発言をしないリーズにヴァーンは眉根を寄せた。相当危険があるようだと直感し、ヴァーンは無駄には返さなかった。


「……ライガンか」


「……あるいは」


 リーズは目を開き、青薔薇を探す。言いつけ通り会場から出ていないロゼリッタは、物珍しそうにテーブルの上の料理を眺めていた。


「リーズ様、伯爵がお決まりになったというのは本当ですか?」


 エリーゼの問いにリーズは何故と返した。もじもじしながらエリーゼは夫のヴァーンを見、リーズに視線を戻す。


「あちこちでそんな噂があるそうですの」


 まさか、と呟くリーズにそれではとエリーゼが顔を輝かせた。


「ライガン子爵が伯爵になるということはないのですね」


「無論だ。誰がそのようなことを……ステファンか」


 リーズは頭を抱えたくなった。余計な悩み事が増える一方だ。ヴァーンが丁度会場に入って来てこちらに向かって来るライガン=アーミリー子爵とステファン=ウルイス男爵を見て続けた。


「大方ライガンの芝居だろう。ステファンはその伯爵がライガンになると言い触らすよう言われたんだろうな」


 リーズは青薔薇と子爵達がすれ違うのを睨むように見ていた。嵐は避けられそうにないなとヴァーンが呟くのを、リーズとエリーゼは聞くともなしに聞いていた。


「これはこれは、一ヶ月振りですなリーズ公爵。乙女は大人しくなりましたか」


 何も知らないと言った顔でリーズとライガンは挨拶を交わす。


「……知らぬ。顔も会わせておらぬからな」


 リーズの紅い瞳に畏縮したライガンはそれ以上何も言わず、リーズも言わせなかった。ステファンを無視し、リーズはホールの上段を見守る魔族達に語りかける為、その場を離れ前へ出る。途端、会場は水を打ったように全ての物音が止んだ。


「……今宵は年に一度の我ら魔族の為にある祭、収穫祭だ。皆が大いに楽しめるよう長い台詞は用意しておらぬ。

 乙女を、此処へ」


 いつもはパーティー開始の合図があるまで静寂に包まれる会場も今年ばかりは騒然とした。上段に居る他の四人も驚いたのか息を呑み戸惑いの声をもらしたのをリーズは認める。


 それもそのはず、今年の乙女は人間ではなく子羊なのだから。


「乙女をお連れしました」


 丸々とした子羊をリーズの前に差し出し、狼男のウッブズは下がる。一週間前に捕え肥やしたのだろう。リーズはウッブズに柔らかい表情を向けた。


「今年の乙女は素晴らしいぞ、ウッブズ」


「あ、ありがとうございます!」


 今まで表情を崩したことなどないと思われたリーズがわずかだが柔らかい表情を向け、そのあまりの麗しさに会場からは感嘆の息がもれた。


「ど、どういうことですか……?」


「リーズ公爵、御説明を!」


 ライガンとステファンの声を受け、リーズは表情を戻す。視線は魔族達に向けたまま、リーズは口を開いた。


「今年、人間の乙女は神に気に入られるのを嫌がった。私はそれを面白いと受け入れた。それだけだ」


 支障はあるまいとリーズは二人に問いかける。ヴァーンはニヤニヤと笑んだままリーズにウインクしてみせた。


「……子羊の味も覚えるが良かろう」


 本能で逃げ出そうとする子羊を捕え、一年に一度だけ皆の前で見せるヴァンパイアの牙でリーズは噛みついた。子羊は断末魔を弱々しく叫ぶが、すぐに息絶えた。


 子羊の血を飲み干すと、リーズはその体を宙に放る。堕天使達が何とかそれを受け止めたが、会場内は静まり返ったままだった。


「……リーズ公爵……それはヴァンパイア公爵として恥ずべき行為では……?」


「乙女が何と言おうとその考えに甘んじるのはいかがなものかと思います!」


 ライガンとステファンがやかましく言い出した。会場もヒソヒソと言い合い始め、波に乗ってライガンは伯爵の話まで持ち出してくる。


「大体リーズ公爵はヴァンパイアとしての誇りを甘く見ていらっしゃる! 六百年もの間伯爵の椅子を空けたままだ!」


「そうですよ! もうリーズ公爵は伯爵を決めていると聞きましたよ! この場で発表して下さい!」


「……騒ぐな」


 リーズに鋭く睨まれ二人はたじろいだ。リーズの鋭さを伴った声と視線に会場も瞬時に沈黙した。


「そんなに伯爵になりたいか、ライガン子爵。下らぬ話を吹聴するより自分の領地の心配でもしたらどうだ。貴様の領地から私に救援の書類が来たぞ」


「う……」


「それに案ずるな。伯爵は少なくとも貴様ではない。……余程子爵の称号が要らぬと見えるが」


 凍てつくような紅い瞳を向けられてライガンは息を呑んだ。ステファンは自分に向けられたわけではないにも関わらず、最早膝が笑い出している。


「し、しかしヴァンパイアの誇りを軽んじているのは事実! 人間と多くの交流を望むのは許せません! 先代が交わした誓約に抵触するおそれがある! 寝言は寝ながら言うものですぞ!」


「貴様……っ」


 言いすぎだ、とヴァーンが仲裁に入るより早く、ホールからよく通る声が響いた。


「馬鹿言わないで! 何処が寝言だっての!?」


 リーズは目眩を覚えた。青薔薇が叫んだからだ。


「何だお前は……っ。私に向かって言ったのか!?」


 まだ魔女だと思っているのだろうライガンは言い返した。それで黙れば何とかなったものを青薔薇が口をつぐむことはなかった。


「当然でしょう!? リーズ公爵の理想は素晴らしいと思うわ! 種族が違うから交流しなくて良いなんて考え、古いのよ! 魔族と人間それぞれ良いところがあるはずなのに。少なくとも私はそう思うわ。

 あんたみたいな考え方、古すぎるわ!」


「貴様……よくも……っ」


 刃向われたことで逆鱗に触れたのか、ライガンは見事な跳躍を見せた。彼女の喉元に触れそうなほど近づき、生意気な魔女など殺してやろうと手をあげた。だが青薔薇と帽子が空に散っただけで、彼女の体は爪に触れさえもしなかった。


「暴力で解決しようなんて最低ね。あんたの乙女になる子が可哀想」


 帽子に隠していた蜂蜜の髪がふわりと広がった。莫迦が、とリーズが悪態をつく。薔薇は人間の臭いを誤魔化す為だったのに、散らされた上にあんなに近くでは分かってしまうではないかと。


「お前……人間……乙女かっ!?」


 ライガンの言葉にロゼリッタは違うわと否定する。青い瞳を真っ直ぐに向けられたライガンはすぐに反応出来なかった。


「私は乙女じゃない」


「そうだ、乙女ではない」


 リーズが横からロゼリッタをさらった。移動する彼の姿が見えなかった者達は、其処に突然現れたように見えた。


「言ったであろう。今年の乙女は神に気に入られるのを嫌がったと。彼女は乙女には成り得ぬのだ」


 紅と青にライガン以外の者も目眩を覚える。自分達が魔族故に手にした色と捨てた色を同時に見せられたからかもしれない。そして決意を秘めた二人は何よりも美しかった。真面に視線を合わせることをためらう程に。


「さぁ、余興は終わりだ。役を快く引き受けてくれたライガン子爵とステファン男爵に拍手を」


 リーズの言葉で拍手をしたのは上段に居るヴァーンとエリーゼだった。機転がきく二人に息をつき、リーズは芝居がかった礼をする。当然ホールはざわめき、ライガンとステファンの二人は目を白黒させた。


「毎年同じようなパーティーで皆が飽きているのではとリーズが危惧し、私は余興を提案した。何処からが余興か分からなかった者が居たならば私達の作戦が成功したということだろう。尚、余興の内容は全てリーズが考えた。悪役を引き受け荒唐無稽な噂を一ヶ月も前から流してくれた子爵、男爵に私も礼を言いたい。その噂に踊らされた者も居たならば大成功だ。

 楽しんでもらえたかな? 楽しめた者は役者達に拍手を!」


 一瞬、間が空いてから会場を破れるような拍手喝采が包んだ。ヴァーンの言葉で皆が今のやり取りを余興だと思い、リーズが見せた笑みに誤魔化されたのだ。


 ヴァーンはリーズにウインクしてみせ、リーズもホッと胸をなで下ろす。ライガンやステファンは見事な演技だと魔族に囲まれ反論する隙も与えられなかった。ヴァーンの一言で伯爵になる話も潰され、感情に見合う言葉が出てこないように見えた。


 リーズはロゼリッタを連れて会場を出る。そして今年の収穫祭は人間の乙女を出すことなく始まった。


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