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魔女の仮装をしたロゼリッタは、リーズの後について収穫祭のパーティーが行われる会場へ向かっていた。周囲に人間は当然ながらひとりも居らず、ロゼリッタは緊張した。もしもバレたらと思うとヒヤリとする。
「私の目が届く所に居ろ。決して会場からは出るな。それと……」
リーズがロゼリッタの被った魔女の帽子に青い薔薇を飾る。多くの魔女の中から見分ける為だろうが、何処か優しい手付きにロゼリッタは熱が頬に集まるのを感じた。
「そう固くなるな。今宵は祭。皆が羽目を外して楽しむ時間だ。ひとりだけ緊張していては逆に目立つぞ」
なっ、とロゼリッタは反論する。
「緊張なんてしてないわよっ! それに羽目を外すべきは貴方じゃない?」
いつも固いんだからとむくれるロゼリッタにリーズは頬を緩める。珍しいリーズの表情にロゼリッタは目を瞠ってしまった。
「……男の人のくせに、ズルイ……」
「……行くぞ」
ロゼリッタの言葉は聞こえなかったのかリーズは会場へ入った。慌てて後を追い、ロゼリッタは感嘆の声をあげる。
今まで見たこともないような広さの会場だった。ノワール城の地下全てをこの会場にしたのかもしれない。会場には既に魔族達が集まっており、非常に混雑していた。これだけの広さを持つ会場を一杯にするだけの魔族がノワールに居るのだとロゼリッタは思い至り、唖然とする。
「外で祝杯をあげる魔族も居る。月を見ながら祝うというのも悪くはなかろう」
胸の内を見透かしたようなリーズの補足にロゼリッタは首を振ることしか出来なかった。
高い天井を見ようと上を仰げば、翼持つ者達で溢れている。本物の紅い羽根の堕天使や小さな妖精を見るのは初めてだったロゼリッタは、目を皿のようにしてその様子を記憶に留めようとした。
「余り上ばかり見るな。帽子の意味が無い」
呆れたようにリーズに言われ、ロゼリッタは焦ってうつむいた。リーズと居ると飽きない知らない世界を必然的に見る為ロゼリッタは調子が狂う。だがかえってそれが面白い。
「乙女としてじゃなく、魔族の所に来れれば良いのに……」
「人間の方が我々を怖れる。我々の中には人間を食事でしかないと思う輩も居る。私が公爵のうちにそんな未来が来れば良いのだが今は無理だろう」
今度はロゼリッタの呟いた言葉が聞こえたのかリーズは答えた。答えられたことに驚いたのかロゼリッタは露骨にリーズを見つめる。
「……何だ」
無遠慮に見られ、リーズは迷惑か困惑かそのどちらも合わせたような表情でロゼリッタを見返す。眉間に寄せられた皺が不機嫌さを示していた。
「リーズ公爵も魔族と人間がもっと仲良く出来たら良いって思うの?」
リーズが是と答えるとロゼリッタは本当に嬉しそうに笑んだ。両手を胸の前で合わせる仕草までした。
「私と同じ考えを持ってる人に初めて会ったわ。皆このスタイルが昔から続いてるからって変革を考えようとしないの」
リーズはごく微かに目を見開いた。リーズもロゼリッタと同じ立場だったからだ。ウッブズもヴァーンも、理解の色は見せるがそれが可能だとは思っていない。絵空事でしかないと。
「……私が実現させる、必ず。それか同じ意志を継ぐ者に」
リーズの紅い瞳は同じ色を持つルーウィンを思い出し、幻を見ていた。彼なら分かるはずだ。リーズとは違う意味で人間の部分を持っているから。
「時間だ。私はもう行かねばならぬ。互いに夜明けを迎えることが出来るよう力を尽そう」
二人は周囲に分からないよう気持ちをひとつにした。