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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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「神様と悪魔に気に入られた生き物はどっちにしても早くに命を終えると私は思うの」


 あの日から毎晩リーズとロゼリッタは会話を続けていた。収穫祭まで後一週間と忙しさに拍車がかかってもリーズはロゼリッタの元を訪れることを止めず、ロゼリッタはそれを歓迎する。ロゼリッタは乙女にならないと言い張ったままだがリーズは構わなかった。


「……何故そう思う」


「神様は早くそのお気に入りを自分の所に還したくて、悪魔は早く自分のものにしたいから」


 歌でも唄うようにロゼリッタは自分の想いを言葉にする。リーズは考え込むように口元に手をやり、視線を横に向けた。


「だから私の友達は全員神様の所に居るの。皆他人の良いとこを見つけられる良い子だったから。私はそんな素敵な人と友達になれたことを神様に感謝するのよ」


 ロゼリッタは目を閉じ、友人を思い出しているのだろうか微笑を浮かべたままだ。


「神に奪われたのに神に感謝するのか?」


 リーズが疑問を返すとロゼリッタは笑った。


「そう見える? それでもやっぱり、私は感謝するのよ。あの子たちに会えて良かったと思うのは本当だから。その巡り合わせに感謝するなら、やっぱり神様だと思うの」


「では悪魔とやらに気に入られた方はどうなる」


 少しロゼリッタの表情が暗くなる。それに合わせて誰かが息をついたようにキャンドルの炎が揺れた。


「誰にも看取られずに亡くなったり赤ちゃんのうちにさらわれたり……哀しみを残す死に方をしたらそれは悪魔に気に入られた証」


 ならば、とリーズが口を開いた。


「ヴァンパイアはどちらにも嫌われているということか」


 人間もね、とロゼリッタは足した。


「ヴァンパイアじゃなくて人間の感覚で長く生きるとなるとそうだと思うな。汚いこと何も知らないまっさらなままじゃ生きられないもの。黒く汚れて生き抜いてようやく死を迎えるのは、どちらにも必要とされなかったから。

 だからきっと恋をして空虚を埋めようとする。子どもを産んで自分が逆境で生きた証を残そうとする。友達を作りたがる。

 お互いに傷を舐め合って満たされない体を引きずっているのよ」


 もうロゼリッタの唇から微笑は消えていた。済まぬ、とリーズが呟いた。


「そう考えるのは私が友人を乙女として迎えたからであろう?」


 リーズが詫びるとは思っていなかったのか、ロゼリッタは目を丸くする。それから苦笑した。


「良いのよ、望んだのは彼女達だもの。私が何か言ったって変わらなかったわ。それに言ったでしょう? あの子達は神様の所に居るからもう良いの。貴方のせいでもないと思うし」


 生きる為には空腹を癒さねばならない。リーズの生きる糧になるならと命を捧げたのは彼女達の願いだ。何に至福を感じるかはそれぞれ違う。


「でも私はまだ何処にも向かわない。神様にも悪魔にも気に入られるつもりはないの。私は此処で生きて満たされる、絶対に」


「……矛盾しているな」


 この世界では満たされないのではなかったかとリーズは思ったがロゼリッタはそれで良いのと断言した。


「どっちにも気に入られなくても満たされるってことを証明してみせるのよ」


 理解出来ない娘だとリーズは息をつく。何日ロゼリッタと意見を交わしても困惑するばかりだった。


「……今年の乙女の件だが」


 リーズはロゼリッタに視線を向けた。



***



「一週間後の収穫祭の贄は子羊にした」


「へ?」


 リーズから書類と共に渡された言葉に、ウッブズは間抜けな声を返した。


「一週間後、用意する子羊の選抜はウッブズに任せる。子羊が森の中で見付からぬなら別の生き物でも構わぬ」


 ウッブズの困惑した表情にも構わずリーズは続けた。ウッブズは状況が呑み込めないまま、一番疑問に思っていることを尋ねる。


「えっと……ロゼリッタ=アルフォスはどうなさったんですか?」


「彼女は乙女となることを望まなかった。それだけだ」


 至極冷静なリーズにウッブズは何も言えず混乱したままリーズを見つめた。新しい書類を手に取りながらリーズは続ける。


「乙女となることは神か悪魔に気に入られることらしい。どちらにも気に入られず長く生き、自らを満たすそうだ。その目的を妨げるのは本意ではない」


「はぁ……?」


 当然のように訳が分からないウッブズは首を傾げるが、とにかく渡された書類を運ばねばと思ったのか、失礼しますと残して出て行った。収穫祭の贄となる子羊のことも忘れずに。


「……神に悪魔って……リーズ公爵どうしたんだ?」


 ウッブズの頭に沢山の疑問が残された。



***



 ローズで行われる魔族の為だけの祭──収穫祭──の日は神も天使も休みを取る。存在するのかリーズは知らないが、紅い翼の堕天使が居るのだから居るのかもしれない。


 この日だけは悪魔達も起き出し出来るだけ長い時間、世界を夜にしていようと手を尽しているという話が有名だ。悪魔は居るらしいが見たことがないリーズはあまり信じていないが、堕天使が言うのだからそうなのだろうと思い直す。種族全員で嘘を貫き通す意味もない。


 人間達は乙女を捧げ、魔族が災厄をもたらさないよう休みの神に祈る。“隠されの森”の結界も緩みやすく、祭騒ぎに乗じた魔族が子ども達をさらって行かせないよう魔族の仮装をさせ工夫するのが習わしだ。そのまま毎年仮装だけを楽しめる人間がほとんどだが、場合によっては本当に魔族に仲間入りする人間も出て来る。収穫祭とは本当に魔族だけが笑える唯一の祭なのだ。


 リーズはロゼリッタを乙女として扱わなかった為、収穫祭の前日に用意されていた薔薇風呂はウッブズが見付けて来た子羊が堪能した。


 薔薇の香りをさせる子羊を鼻が利くからか辛そうに連れて行くウッブズの背を見送り、リーズはロゼリッタの元へ向かった。


 収穫祭前日の今頃、ノワール以外の他国では不在伯爵を除く三領地で収穫祭のパーティーが行われているはずだ。本当の収穫祭当日にはローズの中心、ノワールにヴァンパイア五爵が集まり、公爵が生き血を吸いつくした乙女の体を宙へ舞わせることでパーティーが始まる。今夜は前夜祭といったところだろう。


 リーズは憂鬱な明日を思い、息をつく。だが仕方がないのだ。ロゼリッタは乙女を望まなかった。リーズはそれを受け入れた。明日どれだけ騒がれようがリーズはあの子羊を今年の乙女だと言い張り、通すしかない。


 甘んじたのは自分だ。


「……リーズ公爵?」


 足音で分かったのだろうか。扉からロゼリッタの声が聞こえリーズはわずかに表情を変える。ロゼリッタには分からなかったが他の者が今のリーズを見れば腰を抜かしただろう。それくらいリーズは穏やかな表情をしていた。


「何か今日は凄く良い香りがする……これは薔薇かしら?」


 久しく香料に触れていないからか、ロゼリッタはすぐに反応した。リーズはロゼリッタの代わりに子羊が薔薇風呂へ入った場面に立ち会ったことを伝え、ロゼリッタは元気に笑った。


「うん、凄く似合ってると思う。もちろん紅い薔薇なんでしょう?」


 くすくすと笑いを続けながらロゼリッタはリーズに問う。だがリーズはあまり表情を変化させないまま否と答えた。


「大抵は紅だが今年は青にするよう命じていたため青の薔薇だった」


 その答えにロゼリッタはポカンとし、それじゃ似合わないと呟く。


「青じゃ駄目じゃない。リーズ公爵は紅じゃなきゃ! どうして青なんかにしたの?」


 相当鈍いのか、とリーズは思っても言わずロゼリッタの目と同じ色にしたからだと教えてやる。ロゼリッタは自分の目が青いことを忘れていたのかすぐには分からないようだったが、理解すると更にポカンとしていた。


「え、私……?」


 ロゼリッタは少し頬を染めたが暗闇のせいでリーズには分からない。ロゼリッタはうつむき何度か瞬きを繰り返した。


「何か、嬉しい……」


 ロゼリッタは照れ臭そうに笑う。


 二人は次の言葉が浮かばず、キャンドルの炎だけが二人の心情を表すかのようにユラユラと揺れる。何か話さなければと思わせる空気だったが、不思議とこのままでも良いかとも思わせた。


「……明日は収穫祭だ。満月の夜になる故ウッブズはもちろん祭に浮かれて誰も食事を持っては来ぬだろう」


 それを隠すと同時に目を伏せて、リーズは心地良い沈黙を破る。ロゼリッタも触れずリーズの言葉に返した。


「一日食べなくても大丈夫よ。そんなにヤワじゃないもの」


 違う、とリーズはロゼリッタを遮った。


「ウッブズが居らぬということは誰も守ってくれぬということだ。明日は一年の中で最も魔族の力が強まる日。人間が乙女として捧げられなかったことを知った輩の幾らかは、愚かなことを考えるやもしれぬ」


 それが何を示すのかを悟ったロゼリッタが体を硬張らせる。もしもそうなればロゼリッタは悪魔に気に入られたことになるだろう。


「扉の鍵は明日なら破壊も容易い。明日の夜は長い。私にとっても綱渡りなのだ」


 ヴァンパイア公爵として恥ずべき行為とみなされるだろう。互いの命が一晩で左右される。だからリーズは考えた。


「仮装してパーティーに紛れろ」


「はぁ……!?」


 ロゼリッタは目を丸くする。


「子どもじゃあるまいし……」


「……仕方なかろう。パーティー中は私が抜けることは許されぬ。私の目の届く所に居らねば何かあったとしても対処しきれぬぞ」


 それは困る、とロゼリッタはたじろいだ。


「じゃあ何に仮装すれば良いの?」


「魔女だ。帽子を深く被れば簡単に顔を見られることもなかろう。それに人間の臭いがしても魔女には人間との混血が多い。人狼に危ぶまれてもある程度の誤魔化しはきくはずだ」


 ロゼリッタは仕様がないわねと息をつく。衣装は明日の朝食と一緒にウッブズに持って来させることにし、日が沈めばリーズが迎えに行くと約束した。


「何とか乗り切りましょ」


 自分が原因であることを棚に上げロゼリッタは窓の外に視線を向ける。藍の空には満月かと違えそうな程丸い月が地上を見下ろしていた。


 六百年の怒りが暴発するなら明日だとリーズは思い、今頃パーティーを終え陽の下を移動して来るのであろう彼らを警戒する。向こうは人間の娘──乙女──の生き血を吸い、力を付けたはず。対してこちらは子羊の血だ。幾ら元々の力の差があるとはいえ、手強いかもしれない。


「……みすみすやられはせぬ」


 リーズの決意に、物騒ねと笑ったロゼリッタを守ることも含まれていたことに、リーズでさえ気付かなかった。



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