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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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 リーズに出来ることは限られていた。各国からの輸入品を厳しくチェックし、警戒を強めたとアピールするくらいだ。ノワール城に入る魔族も上から下まで舐められるように審査された。


 だがそれだけでも効果はあったのか、敵からの動きは全く見られなかった。ロゼリッタを狙う魔族もいなくなり、そうしている間にリーズは少しずつ公務に戻っていった。


 ロゼリッタはリーズかウッブズ、ニコラスか魔女のクロリアと過ごしている。クロリアが以前からロゼリッタの食事等の世話をしていた魔女と知り、ロゼリッタはすぐに仲良くなった。


 そして必然的にリーズとロゼリッタの距離も縮まった。相も変わらずリーズは端的にしか話さずロゼリッタはリーズの怪我を気にしたままだったが。だが他人行儀にしか接せられなかった二人が、収穫祭の日から名前で呼ぶようになったことに、二人は気付いていなかった。


 リーズとロゼリッタをすでにヴァンパイア公爵とイヴだと思っている者も居たが、二人には全くその気がないらしい。周囲からどう見られているかなど気にしていないようだ。


「ジョーヌの輸入品だけに警戒していると悟られればライガンは嬉々として争うやもしれぬ。こちらがあやつを疑っていることはとっくに気付いているはずだが、お互い証拠がない……私達が先に掴まねばならぬ」


 リーズはウッブズに書類を渡しながら言葉を選ぶように言う。利き腕は全く動かず左手で作業をしているせいかスピードはない。


「だが私が襲撃を受けたことである程度の警戒は当然と思われるはずだ。……現場の者は疑問に思っておらぬか?」


「はい、大丈夫です。矢張リーズ公爵に襲撃をかけたステファンに対して怒っているようで、ステファンを引き連れていたライガン子爵を自然と警戒しているみたいです。ジョーヌとベージュの輸入品は思っているよりチェックの目が厳しいですよ」


 ウッブズが幾分か穏やかな表情で言った。人間も魔族も関係なくそういう風になるということは、リーズが良き公爵と認められていることだとウッブズは思っているからだ。


「ベージュの仮長(かりおさ)も上手く周りを宥めてやっているようだ。ノワールへは警戒が強く来られないが、何度も非礼を詫びる手紙が来ている。しばらくは任せておいて良いだろう」


 ステファンの穴をいつまでも空けてはおけない。だが男爵に限らず爵位持つ者の選出は、リーズとヴァーン以来行われていない。それも前公爵の一声で行われたためどうするのが良いかリーズは見当もつかなかった。近いうちに侯爵と子爵と相談する必要がある。


「……今宵は新月だったな」


 ふと、リーズは厚いカーテンの向こうを見ようとでもするように視線をずらした。ウッブズもその軌跡を追ってカーテンを見た。


「はい。また月が満ちます」


 人狼にとって最も人に近く、ヴァンパイアにとって最も力が強まる夜だ。人間はそれを知って相反する存在を天敵と噂したのかもしれない。


「ロゼリッタを薔薇園に連れて行くつもりだ。あの中に居れば魔族は手を出せぬ。陽が昇りかけたらウッブズはクロリアを連れて私と護衛を交替してもらいたい」


 ウッブズは頷きニコラスを連れて行くことも付け加えた。リーズは他人にばかり気をかけて自分のことを忘れることがある。


「堕天使の間ではロゼリッタさんの目の色を見て空を思い出したからって、髪を青く染めるのが流行ってるみたいです。それで羽根が紅いから堕天使を見た魔族はリーズ公爵とロゼリッタさんを必ず思い出すって話ですよ」


「……私とロゼリッタを?」


 リーズはまるで初耳だとでも言うようにウッブズを見る。あちこちで囁かれているというのにリーズは聞いていないのだろうか。ウッブズの方が驚いてリーズを見つめ返した。


「ほとんどの魔族はイヴが現れたって思ってるんです。だからロゼリッタさんを狙う魔族がいなくなったんですよ。

 俺もそうなら良いって思ってます。ロゼリッタさんが来てからリーズ公爵は目に見えて良い変化をなさってるんですから」


 ウッブズが笑うとリーズも困ったような表情を返して来る。以前は絶対になかったことだ。ウッブズは前に尋ねかけていたことを思いきって訊くことにした。


「リーズ公爵」


「……何だ」


「リーズ公爵はロゼリッタさんのこと……どう思ってるんですか?」


「……」


 リーズは考え込むように目を伏せ視線を横に向ける。最近特に見ることの多くなった仕草だ。ロゼリッタが来る前ならウッブズの問いは下らぬの一言で切り捨てられていただろう。


「……解らぬ」


 リーズの答えは唐突に返って来た。答えながらもリーズは考えているようだ。視線はまだウッブズの所に戻って来ない。


「……以前から考えて居るのだが、答えは見出せぬ。私はロゼリッタのことを何ひとつとして理解出来ておらぬのだ。

 ……困惑している、と言うのが一番近しい表現かもしれぬ。矛盾した気持ちがあり、どうしたいのか自分でも解らぬのだ。この歳になってどうしたことか……訳もなく胸が苦しく、感情が動く」


 リーズがウッブズに視線を戻す。その左目には、ウッブズが初めて見る不安や困惑が揺らいでいた。


「私はどうしたと言うのだろう。人間であった時も魔族になった時も感じたことのないものだ。私は右手の自由と引き換えに何を得たのだ?」


 その時ふとウッブズは、自分より何百歳も年上のリーズを弟か何かのように愛しく思った。気付けばウッブズはリーズを抱きしめていた。口からは笑い声がもれる。その名も知らぬリーズに無垢さを見た。


「リーズ公爵はおかしくなんてなってないですよ。生きてれば必ず持つ感情です。ただリーズ公爵は初めてそれを知っただけなんです」


 リーズはウッブズに訳が分からぬまま抱きしめられて目を白黒させていた。


「俺は嬉しいです。俺達が望んでたことが本当になろうとしてるんだ。ヴァーン侯爵はこの話を聞いたら喜びますよ。それで俺と同じ行動をするはずです。ああ何て最高の気分だ!」


 ウッブズから放されてリーズは目をしばたたいた。ウッブズの満面の笑みの理由がよく分からなかったからだ。


「リーズ公爵のその気持ちは“初恋”って言うんですよ!」



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