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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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「……これは」


 ウッブズは贖罪の塔で体を硬張らせた。狭い独房で苦渋の表情を浮かべたステファンが横たわったままになっていた。


「元々命を絶つつもりだったのでしょう。毒を仕込んでいたようです。ノワールへ来る以前──恐らく男爵に与えられるベージュ──からすでに自害する予定だったと思われます」


 リーズを治療した魔法使いがステファンの遺体を調べ終わったのか、ウッブズに報告をする。だがウッブズは険しい表情で、それじゃ納得いかねぇよと呟いた。


「リーズ公爵が乙女を小羊にしたってことは誰も知らなかったはずだ。俺は乙女が小羊になったなんて一切言ってねぇし……ロゼリッタさんが今年の乙女だと誰もが信じて疑わなかった」


 ウッブズはステファンの頭の前に立ち、屈み込んだ。カッと見開かれたままのステファンの両の瞼を閉ざしてやる。


「……収穫祭の明け方は、もしもリーズ公爵が乙女の血を飲んでいたら自分が危険になるだけの時間だ……。乙女が人間ではないと知ったから明け方にしたのか……?」


 ウッブズは、今はもう何も言葉を紡がないステファンに答えを求めるように問いかけ考え込む。


「それとも最初から収穫祭に何か行動を起こすつもりだったか……?」


 そう考えてウッブズはゾッとした。リーズがロゼリッタの悲鳴に気付かなければ、ステファンがリーズを殺めようとしていたことになる。より確実に亡き者とする為に人間の血を摂らずに弱っている明け方を狙ったのであれば。まずは、乙女にならなかったロゼリッタの血を飲み干してから。


「誰がそんなことを……っ」


 ウッブズは単純ではあるが安直な考え方はしない。ステファンの死顔は予想外の苦しみを味わった驚愕がわずかながらも浮かんでいた。ステファン自身どうして苦しんでいるのかも分かっていないような。


「長く苦しんでたか?」


「へ? あ、はい。暴れ回っていたとのことで物音を聞きつけた看守が何事かと覗きに来て……それから我々を呼びました」


「自害するって時に長く苦しむ毒を使うか? しかもヴァンパイアが」


 ヴァンパイアが自害する話などウッブズは聞いたことがない。誇り高いヴァンパイアが互いの誇りを守るために罪を犯すことはあるが、誇りの為に犯した自負から胸を張ることが多い。自害は自らの誇りを守らない行為とみなされることもあるだろう。


 何もない独房で暴れるのはさぞ辛かったようだと漆喰の壁を見てウッブズは思った。ヴァンパイアの爪で簡単に引きはがされ、下から冷たい煉瓦が覗いている。苦しさから逃れたかったのだろう。そして突然の安らぎは死をもって訪れた。


「……まさか自害ではないと?」


 魔法使いの声には信じる気などまるで含められていなかった。髪の毛一本分程も。この魔法使いにそれを理解させてやるだけの髪が残されており、ウッブズの見落としがなければの話だが。


「分からねぇ。けど俺はヴァンパイアが自害するなんて信じられねぇな。ヴァンパイアは仲間を殺したヴァンパイアを許さねぇが……さてリーズ公爵に剣を向けた罪がどうなるか」


 ステファンはリーズ公爵を襲った時点で背信行為を働いたことになる。自害に見せかけた他害の可能性が高いが、裏切ったヴァンパイアを裁きの前に粛清したことは何処まで咎められるだろうか。ステファンはどっちみち、死の運命からは逃れられなかっただろう。


 だが、わざわざ早くに死なせなくとも良いはずだ。ステファンが行動を起こしたなら、毒をあおろうがあおがなかろうが死を覚悟したに違いない。急く必要はない。


 考えられることはひとつだ。


 今回のことはステファンの独断ではなく、更に裏がいるということ。ステファンの口から情報がもれるのを怖れ、毒をあおらせた。余程その黒幕に忠誠を誓っていないと毒はあおれないだろうが、ステファンが進んで毒に手を出したとは考え辛い。恐らくは酒と共に杯に入れられたか、毒とは知らずに飲まされたのだろう。


 とすると黒幕はまだ潜んでいる。生憎とそんな人物はひとりしか思い浮かばない。ウッブズはリーズとロゼリッタが心配になり、きびすを返した。



***



「……そうか。私とウッブズの考えは大方一致するだろう、疑っている人物さえ」


 リーズは何やら考え込むように眉根を寄せ、瞳を伏せる。ウッブズはリーズの答えを聞いて息を呑んだ。


「危険です。次に何か仕掛けられたら……っ」


 リーズは視線を横に向け考えているせいか、ウッブズの言葉には反応しない。あの日以来護衛がつきリーズの執務室にいることが増えたロゼリッタが、隣でキョトンとしている。


「ウッブズさんも見当ついてるの? 私だけ分かんないなんて不公平じゃない?」


「もしも」


 リーズがロゼリッタの言葉を遮るように口を開いたからか、ロゼリッタはムッとした。だがリーズが考え込んでいたのを知ると、仕方ないわとばかりにかぶりを振った。


「私が考えている人物が黒幕ならば今私を叩くことはしないだろう。奴はいかに自身の手を汚さずにして駒を操り時に捨て、万全な私を負かすかに頭を使うような輩だ。

 今、私を負かせても奴自身のプライドがそれを許さぬはずだ。しかし私が万全である時は、私自らが息の根を止めてやろう」


 ウッブズが意を決してリーズの顔を真っ直ぐに見、凛と声を張って返す。


「三日前のリーズ公爵は万全ではありませんでした。言わせて頂くならこの先もリーズ公爵が以前のように万全になることは恐らくありません。

 敵は狡猾です。しかしリーズ公爵を恐れていることも確かです」


 リーズとウッブズの視線がぶつかる。お互いに何やら目で会話しているのをロゼリッタは読み取るが、会話の内容までは分からなかった。


 燭台のキャンドルが溶けて炎が揺らめく。ロゼリッタは二人が何故そんなに深刻になっているのか分からなかった。


「でも公爵を伏すことが出来るのは“イヴ”だけなんでしょう?」


 ロゼリッタの言葉にリーズが息をつく。


「死よりも恐ろしいものは多く存在する。それに私から爵位を取り上げれば私はただのヴァンパイア。イヴでなくとも私を簡単に亡き者に出来る」


「それにそいつはもう仲間を裏切ってんだ。ステファンをけしかけて来た時点でそいつは引き返せねぇ、入ったらならねぇ所に足を突っ込んだ」


 裏切りは重罪だと、ウッブズが苦虫を噛みつぶしたような顔で言った。ロゼリッタは成程と頷きながら犯人の目星をつけられた魔族の名を訊く。


「……伯爵の座では飽き足らず公爵の地位を欲するまでになった男だ。ローズでジョーヌの地を与えられた子爵。黄色の薔薇の花言葉は嫉妬……気付くべきだったのだろう。

 ライガン=アーミリーが行動を始めたと」



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