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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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 リーズは顔の右半分と右手を包帯で覆い、左の紅い瞳でロゼリッタを見つめていた。収穫祭が明けてから三日経っており、目を覚ましたリーズが落ち着いた頃にロゼリッタを呼び出したのだ。


 ロゼリッタは頭をフル回転させる。三日前ヴァーンからよく考えて欲しいと言われ色々な覚悟を決めてやって来たというのに、当のリーズは守り切れなくて悪かったと謝ったのだ。


「えと……守ってもらってこうして怪我もないし……謝る必要はないと思うけど」


 おずおずとロゼリッタが答えるとリーズは眉根を寄せる。何か変なことを言っただろうかとロゼリッタは首を傾げた。


「私は……根本的な解決が出来ておらぬ。ステファンは恐らく捨て駒。男爵を捨て駒に出来る者はそう多くは居らぬはず。奴から何としても首謀者を吐かせねばならぬ。

 私はまだ、守り通せてはおらぬのだ」


 片方だけの紅が怒りに踊るのをロゼリッタは初めて見た。表情があまり変化しないリーズだが、初対面の怒りが脅しだったのと違い、幾分か本心から怒っているようだと分かる。


「見当がついてるみたいね、その言い方だと」


「……互いに探りを入れねばならぬような輩はひとりしか思い浮かばぬからな」


 冷静になったのか、リーズの炎のような怒りを帯びた目が伏せられた。それは本来ならやりたくないがと悲しんでいるようにロゼリッタには見えた。


「大丈夫。貴方には味方が沢山いるもの。私も貴方も敗けたりしないわ」


 ロゼリッタはそう口にしてからリーズの怪我を思い出した。勝つまで今日のような怪我をしたのではリーズはヴァンパイアではなく、骸骨や包帯男になってしまうだろう。それに、リーズは自身より周囲が傷つく方が堪えるタイプのようだ。それに今の発言は全くの無神経だ。


 ロゼリッタの様子に気付いてか、リーズは顔の右半分を覆う包帯に左手で触れる。リーズの皮膚もない右手では、何も感じられなかったし動きもしなかった。触れた包帯は見た目より固く、ゴワゴワとしていた。元々頬肉はそんなについていない為、リーズの右側は左と比べて厚みが異なる。


 ふっ、と微かに空気が動き、リーズの左手を温かいものが覆った。それがロゼリッタの左手であることはすぐに分かった。人間は血が巡り温かい。


 リーズがロゼリッタを見ると、ロゼリッタは涙ぐんでいた。しかし気丈なロゼリッタの落ちそうな大きな瞳から雫がこぼれることはないだろう。


「……ごめんなさい」


「……何故」


 リーズは本当に謝罪される理由などないと思っていた。ロゼリッタに敵の手が伸びることは容易に予想出来た。対策も考えた。それなのにあんな目にあわせたのは自身の詰めが甘かったせいなのに。


「……ごめんなさい……」


「……」


 ロゼリッタはもう叱責を恐れるような歳頃ではない。リーズがロゼリッタに対して怒っているわけではないことも分かっているはずだ。ならば何故謝罪するのか。リーズはロゼリッタの目を見たまま、左手に広がる温かさを感じて思い至る。


 リーズをこの姿にさせたことだろう。これはリーズが無茶をしたからだ。ロゼリッタを助け出すことを優先した為あんなに時間がかかったのだから。そして敵が動いたのが明け方だったのも関係あるだろう。


 ロゼリッタが不必要に何度も瞬きをするのは青い瞳が空から湖に変わったからだろうか。空の色を映したそれは澄みきっており、覗き込んだまま底まで吸い寄せられそうだった。


「私のことならば案ずるな。痛みもなく、こうなる前と然程変わらぬ。ロゼリッタ……お前がこのような姿になっていたなら私は今よりも自分を責めていたはずだ。目覚めて無事な姿を見て安堵した」


 きゅ、とロゼリッタの左手に力が入り、リーズの左手をわずかに握る。


「詫びねばならぬと同時に感謝している。

 ……ありがとう」


 痛みはあった。ロゼリッタを心配させないための嘘であり、表情とは裏腹に激痛を耐えていた。すでに白骨化した部分は何ともないが、火傷の箇所は痛んだ。人間の血を口にしていても太陽の下は躊躇うのに、あの時のリーズは陽光が差そうが脆くなった体が朽ちていこうが関係なかった。ただ、ロゼリッタを救うことだけが全てだった。


 だが言葉は真実だ。ロゼリッタも笑むのを見てリーズも息をつく。


「……貴方がそんな風に笑うの、初めて見たわ。とても綺麗に笑えるのね。あまり笑わないから笑ってもぎこちないかと思ったけど」


 今度はロゼリッタがリーズの紅い目を覗き込む。左側しか見えないが、その瞳は先程とは違って幾分と穏やかで丁度、凪の海のようだった。


「……笑んでいたのか、私が」


 リーズ自身驚いたように呟いた。


「無意識? とても綺麗な笑顔だったわ。……嫌いじゃないわよ」


 少し照れ臭そうにロゼリッタはそう言う。最初の頃と比べると想像もできない光景だった。


「もう、戻るわ。ウッブズさんより先に私を入れてくれたんでしょう? 此処に入る時ウッブズさんが物凄く心配そうに中を気にしていたもの」


 思い出してかロゼリッタはクスクスと笑う。扉の方へ向かいながらロゼリッタがリーズの笑みも思い出していたことなど、リーズは露程も知らなかった。


 ロゼリッタが出て行くと間髪入れずウッブズが入って来る。ウッブズはリーズに頭を下げると寝台に歩み寄った。


「三日前は心臓が止まるかと思いました」


 開口一番に言うことなのだろうかと思いはしたがリーズは頷いてみせる。ウッブズの拳がわなわなと震えた。


「魔法使い達は絶対安静を繰り返しました。公務は全部任せて下さい。せめてリーズ公爵が自力で起き上がれるようになるまでは」


 今のリーズは寝台の上で上体を起こしているが、手伝いがなければ起き上がることはおろか動くことさえ出来なかった。動く度に動かない右腕に振動が伝わり痛みが走る。


「……良かろう。ウッブズ、お前にだけ言っておくが正直なところ何ひとつ満足に動けぬ。それでもやらねばならぬと思っていたが……相当な量だと思うが任せて良いのか」


「構いません。努力します」


 ウッブズに真剣な目を向けられリーズはただ頷いた。そしてふと、ウッブズと出会ってからもうそれなりに長い時間を過ごしたことを思い出す。ウッブズの体には狼とヴァンパイア、そして人の血液が巡っている。ヴァンパイアと人狼は敵同士だと言われたこともあったが、人はヴァンパイアに対抗できる存在が欲しかったのだろう。そうしてやがて、“イヴ”の存在が囁かれるようになった。


「……早いものだ。ウッブズの口からそのような言葉が聞けるとは考えていなかった」


 リーズの言葉にウッブズは頬を染める。五十年以上経ったから成長してないと恥ずかしいだとかおかしいだとかを口の中でもごもごと呟いた。


「……ウッブズを長くローズに留まらせ、多くのものを見せたいが故に私の血を注いだが……ウッブズの為ではなく私の為に良く転んだのだな」


 ウッブズは何か言いかけたが、次のリーズの言葉を聞くと驚きに軽く目を見開き嬉しそうに笑んだ。


「……助かる」


 今までリーズはそのようなことは滅多に言わなかった。全てリーズがそれこそあっと言う間にてきぱきと片付けてしまうからだ。


 だがロゼリッタが来てからリーズは良い意味で変化しているとウッブズは思う。周囲に頼るようにもなった。表情が以前と比較出来ないくらい豊かになった。そしてそれらは恐らく、全てロゼリッタの影響だ。


 リーズはロゼリッタを守った。リーズはただの人間の娘を守るようなことはしない。魔族の地に足を踏み入れた人間は二度と人間の地へ戻ることは許されない為、すぐに魔族となるのだ。


「リーズ公爵」


「……何だ」


「リーズ公爵はロゼリッタさんのこと──」


 ウッブズがその先を言う前に急いた声と慌ただしいノックの音がリーズの寝室に響いた。


「お休み中に失礼します! どうしても申し上げねばならない事態が起こりました!」


 二人は眉根を寄せた。ノワールの魔族はリーズが重体であることを知っているはずだ。それを承知でどうしても伝えなければならないこととは何か。


「どうした」


 ウッブズが扉を開けると真っ青な髪と顔をした堕天使のニコラスが転げるように入って来た。


「お休み中申し訳ありません! ステファン=ウルイスが……っ」


 リーズの目の色が変わった。無言でニコラスに続きを促す。


「……自害を図りました……」



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