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Vampire kiss  作者: 江藤樹里
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「ロゼリッタ嬢、彼女が私の愛妻のエリーゼだ」


 侯爵達との茶会を承諾したロゼリッタは、ヴァーンに連れられて厚いカーテンがされた一室にやって来た。陽光は遮られ、まだ一日の四分の一も経っていないはずなのにロゼリッタは時計が逆に進んだような感覚になる。


 陽の光が当たればさぞ美しいだろう白いテーブルクロスは食卓になりそうな程の大きなテーブルにかけられ、白く長いキャンドルを三本ずつたてた燭台が二台置かれていた。


 人数分の椅子を翼持つ堕天使のニコラスがセットし、呼び出されたエリーゼがそのうちのひとつから立ち上がってこちらにやって来る。


 明るいブラウンの色をした髪を緩く結い、若草色の瞳を愛らしく細めてロゼリッタに会釈をするエリーゼは、収穫祭やヴァンパイアの色とは程遠い柔らかな春色のドレスを着ていて全体的に穏やかな印象を持たせた。美しい、というよりは可愛らしい、小さな花のようだった。


「昨晩は久し振りにドキドキさせてもらいました、ロゼリッタさん。私はエリーゼ、侯爵夫人と呼ばれる身ですけれど誰にもそう呼んで欲しくないの。ぜひエリーゼと名前で呼んで下さいな」


 身長もロゼリッタより低く、ヴァーンと並ぶと兄妹のように見えなくもなかった。だが二人の幸せそうな雰囲気は夫婦特有のもので、まだまだ恋人同士のようだった。


「おや、エリーゼ。久し振りにと言うことは私じゃ満足出来ないということかい?」


「そ、そんな……私はそんなつもりでは……」


「へぇ? それではどういうつもりで言ったんだい? ねぇ、エリーゼ?」


 見ているこっちが顔を赤らめ胸焼けしそうな程の甘い二人の前に居る自分が滑稽に思え、ロゼリッタは入ったばかりの部屋を今すぐ飛び出したい衝動にかられた。


「クック……これは失礼。私達はまだ新婚でね」


 くすくすと笑うヴァーンは絶対に確信犯だとロゼリッタは思い、少し唇を尖らせる。更に自分がこけにされたように思った。


「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」


 あまり心がこもらなかったがヴァーンが一層おかしそうに笑ったので、ロゼリッタは二度と言うものかと心に刻んだ。


「すみません……私もいつまで経っても慣れなくて……。

 ロゼリッタさん、お茶しましょう? その為に来たのですから」


 少女のように頬を染めエリーゼはロゼリッタの手を取った。その手は驚く程冷たく、ロゼリッタは一瞬肩を震わせる。だがそれに気付いていないのか気付かないようにしただけか、ヴァーンがお茶の準備を始めた。


 茶会は薄暗い部屋の中キャンドルの幻想的に輝く炎に彩られながらヴァーンの愛妻自慢に始まり、二人の出会いに至る。其処でリーズが関わったことを知って、ロゼリッタは離すことのなかったカップから初めて口を離し初めて口を挟んだ。


「リーズ公爵が二人を?」


 延々とひとりで喋っていたヴァーンに話し相手が出来て、話は細部に及ぶ。元々はエリーゼがリーズに憧れてウッブズと側近を巡って争っていたらしい。それを興味半分で観に来ていたヴァーンが先にエリーゼに惚れ込んだようだ。


「私はリーズに今までにないって程頼み込んだよ。何とかエリーゼに関心を持ってもらえるよう色々用事も頼ませてもらったし、だまくらかして私の側近にする計画も秘かに考えたこともあった」


 エリーゼ自身も初耳だったのか目を真ん丸にし、ロゼリッタ同様手が止まっていた。


「あれこれ考えていた私にリーズがうんざりしたか迷惑がったか──多分両方だろうが──機会をくれた。リーズは私とエリーゼを呼び出し、その場には訪れなかった。

 私は想いを告げる絶好のチャンスを親友に与えられたんだ」


 ロゼリッタはリーズが親友と一緒にヴァンパイアになったと話したことを思い出した。親友が居るから淋しくはなかったと言ったリーズは、とても優しい表情を浮かべていた。二人はお互いの為ならどんなことだってするのだろう。ロゼリッタの表情が自然と柔らかくなった。


「嬉しかった。エリーゼの答えがどうであれ、リーズの気遣いが嬉しかったよ。あの頃の私はひとりで勝手にエリーゼを想い憔悴し、訳もなく泣きたくなって……一方的にエリーゼを真剣に愛していた。

 けれど私の自分勝手な愛をエリーゼは受け止めてくれた。あの日のことは死んでも忘れない。薔薇はまだ、私の中で咲いている」


 薔薇、とロゼリッタは小さく問うた。エリーゼが微笑して頷く。


「私に、深紅の薔薇を一輪下さったんです。私は白い薔薇をお返ししました。それも全てリーズ様の御計画だったのです」


 ヴァーンと代わり、エリーゼが話し始めた。遠い昔のことを思い出すように瞼を閉じ、大切なものを慈しむように。


「私達が呼び出されたのは薔薇園でしたの。ノワールの薔薇園はとても美しく、ローズで一番と言われています。それはリーズ様が一番人間と多くコミュニケーションを取っていらっしゃるからだわ。丁度ブランシュとノワール城の境、“隠されの森”の中に薔薇園があるのは、魔族と人間が談笑する目的があったのですって。

 中はノワール屈指の魔法使いや魔女が特別な魔法をかけています。魔族がどんな状況下にあっても薔薇園に居る限り人間を襲わないように。人間は信じられずに客足は減っていく一方ですが」


 一瞬エリーゼは哀し気に目を伏せた。若草色の瞳が明るいブラウンの睫に隠れ、天地が逆になった様を見ているようだとロゼリッタは思う。だがエリーゼはすぐに笑みを浮かべた。


「その薔薇園には朝が近かった為二人しか居ませんでした。ヴァーン様が堅い表情で私に深紅の薔薇を差し出された時は、朝なんか来なければ良いと思いましたわ。とても嬉しくて、夢なら覚めてしまう前に時が止まってしまえば良いと」


 くすり、とエリーゼは笑い声をもらした。話の先を思い出してかヴァーンと二人で顔を見合わす。


「ヴァーン侯爵として見ている時はリーズ様とは正反対のタイプだと思っていたので、そんなに真剣な表情をなさるのは意外でした。好きな女性を簡単に口説き落とす方だと、私こそ勝手に思っていましたもの」


 ロゼリッタは深く同意した。ヴァーンは明るさを持ちながらヴァンパイア特有の色香を漂わせている。一目惚れだけでなく彼と話した女性は相当数、彼の魅力の虜になるだろう。


「あまりに長く答えられずにいたせいで、ヴァーン様は私が断るに断れないとお思いになられて忘れて欲しいと背を向けてしまわれました。

 ……その時の私は無我夢中で、気付けば白い薔薇を一輪、手折っていました。棘が刺さっても痛みすら感じない程」


 エリーゼは自身の白く細い手を眺めた。侯爵夫人になってから爪の手入れはやってもらっているのだろう、美しく整えられつやつやと輝き白魚のような指は長年外で働いたことなど無いようだった。五十年前の傷跡は見付からない。


「私は白い薔薇をヴァーン様に差し出しました。何も言葉は出なくて、けれどヴァーン様はその意味を理解して下さったのです」


「私なんかよりずっと小洒落た返事だったよ。“私は貴方に相応しい”……短絡的で急いた私の告白より真摯さが伝わって来た。エリーゼがくれた白い薔薇はもう手元にはないが、まだ、咲き続けたままさ」


 エリーゼの言葉を引き継いだヴァーンの黒い瞳が優しく笑う。無器用同士の恋だから上手くいったのかもしれない。もどかしさが分かり合えるから、お互いの気持ちを大切に出来るのだろう。


「……素敵ね」


 ロゼリッタは本心から呟いた。その言葉を聞いてヴァーンがからかうことはなく、幸せそうに笑む。


「君とリーズは似ているな」


 ヴァーンにそう言われてロゼリッタはキョトンとする。その青い瞳は何処が似てるのと無言で問うている。


「違うって思うか? そう、むしろ全然似てないと思うのが普通かもしれない。だが、私はそうは思わない」


 テーブルに両腕を投げ出すように置いて、ヴァーンは両手を組む。一本一本絡まり合ったヴァーンの指は、ヴァンパイアだからなのかやけに白い。


「リーズは魔族で君は人間。リーズは肉体的には君より強いが、君のような強い精神は持っていない。だが確固たる理想は同じ、魔族と人間の親しい共存のユートピア。

 リーズは滅多に表情を変えないが、それ故に本心など探るのは難しい。君は感情の起伏は激しいが、豊かな表情に誤魔化されて故に本心を探るのがこれまた難しい。君は体が傷付いたら治癒する細胞があるが、人間の細胞が負けた多くの魔族は怪我を負えば怪我したままだ。癒療魔法で傷口をふさいでも治ることはない。だが……」


「ちょっと待って」


 ロゼリッタが遮った。ヴァーンが何だいと言うように片眉を上げてみせる。ロゼリッタは聞き間違いかと思いながらも確認した。


「今、傷は治らないって言ったんですか?」


「魔族がかい? 当然だ、治癒力を失う代わりに肉体が強くなったんだ」


 まるで世界の時が進んでいるのと同じ常識だと言わんばかりにヴァーンはあっさりと肯定した。


「それじゃリーズ公爵は骨のまま……?」


「先刻そう言わなかったかい? 伝え損ねていたなら、そうだが。リーズはヴァンパイアでありながら骸骨の気分もミイラ男の気分も楽しめるわけだ」


 ロゼリッタは愕然とした。言葉も出ない。自分のせいでリーズは長くあの姿で生きていくのかと思うと何も言えなかった。


「で、話に戻るがリーズと君は正反対でいながら見ている先は同じなようだ。つまり、立っている場所が同じ。これがどういう構図なのか君には分かるかい?」


 ロゼリッタは内心それどころではなかった。自分のせいで他人が傷付いたのだ。しかも骨に。だがただの人間であるロゼリッタに何かできる筈もない。ロゼリッタはブンブンとかぶりを振る。それを勘違いしてかエリーゼが言った。


「ロゼリッタさんが“イヴ”なんですのね!」


 書斎で聞いたばかりの単語に、ロゼリッタはエリーゼを途方に暮れて見つめる。エリーゼは興奮したように目を輝かせた。


「二人は“対”なのですわ。紅と青、ヴァンパイア公爵とイヴ。同じ高みに足をそろえられる二人、魔族と人間の頂点に座す者達……ロゼリッタさんがイヴならリーズ様の苦しみを、喜びを分かち合えるかもしれませんね」


 まるで素晴らしい考えだと言わんばかりにエリーゼは吐息をもらす。こんなに嬉しいことはないといった極上の笑みを浮かべている。


 しかしロゼリッタは更に頭を抱えた。自分が“イヴ”の器持つ者? 何という冗談だ。苦しみや喜びを分かち合うなど。


「……無理よ、有り得ないもの」


 自身に言い聞かすようロゼリッタは呟いた。動悸を抑えるように胸に手を当てる。


「私はイヴになんてなれない。そんな器も持っていないし、第一人間の頂点になんて立てるわけない。

 それに何より、彼を理解することなんて出来ないわ」


 完全な拒否の言葉にヴァーンとエリーゼは顔を見合わせた。ロゼリッタは自分の気持ちを整理しようと、一言一言を確かめるように唇に乗せる。


「以前、彼に言ったわ。『貴方を本当に理解出来る人はきっと居ない』、『それだけ高い所に居る人だから誰も其処まで辿り着けない』って。『辿り着けない人に貴方は理解を求めない』と、そう思ったから。

 それは今でも変わっていないわ」


 何も理解なんてしていない、とロゼリッタの青い目は言っていた。其処には嘘などなく、ただただ青い湖の水底でも覗き込んでいるようだとヴァーンは錯覚する。


「ロゼリッタさんは、リーズ様がお嫌いですか?」


 エリーゼがロゼリッタの瞳を見つめて尋ねてくる。ロゼリッタは、そういう問題じゃないわとかぶりを振る。


「好きとか嫌いとか──どっちかって言えば嫌いじゃないけど──そんなこと関係ないじゃない。そんな気持ちひとつでリーズが理解出来るなら今までの乙女達そうしてきたはずよ」


 ロゼリッタの剣幕に押されるようにしてキャンドルの灯が揺れる。


「それは今までの乙女が乙女であることに不満を抱かなかったからではないでしょうか。乙女以上の器を持たなかったということでは?

 それに、何も理解出来ないということをロゼリッタさんは理解していらっしゃるではないですか」


 エリーゼの言葉でロゼリッタは混乱する。ヴァーンがそれを継いだ。


「言葉を話す者は相手の概要を知ったくらいで、二言三言会話したくらいで解った気になってしまう。だが君もリーズもお互いを“本当には理解出来ない”と感じているんだ。リーズにいたっては私に君を『ヴァンパイアに最も近く最も遠い』と称したよ」


「それって結局どっちなのよ」


 唇を尖らせるロゼリッタにヴァーンは真剣な面持ちで訊いた。


「ヴァンパイアになるつもりはないか?」


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