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「殺されるかと思ったわ」
「……私もだ。ヴァーンが居らねばどうにもならなかった」
パーティーをこっそりと抜け出した二人は、静かな人気がない廊下に出てやっと胸を撫で下ろした。そして話題に上るのは先ほどの開会式のことで。
収穫祭仕様にされたキャンドル達はゆらゆらと赤や青の炎を揺らし、いつもと違うノワール城を演出していた。
「乗り切れたのかしら、収穫祭」
ロゼリッタが不安気な声で呟き、リーズがそれに応える。
「最初の綱は渡り終えたな」
夜は始まったばかりだが、二人はもう夜明けのような疲労感を覚えていた。
「疲れたわぁ……もう寝ようかな」
「……構わぬ。番兵は私が引き受けよう。今宵はウッブズも森へ出て行くだろうからな。パーティーはあれだけ盛り上がれば私が居なくとも誰も気付かぬ」
ロゼリッタはくすくすと笑い、赤味がかった満月を見上げた。窓に光を投げ掛けるそれは二人を照らす。
「折角の青い薔薇、ダメにしてごめんなさい」
ロゼリッタの静かな謝罪にリーズは片方の眉を上げた。
「正体がばれないようにってしてくれたのに私、我慢ができなかったの。折角見つけたリーズ公爵との共通点を失くしてしまうような気がしたし、何よりあんな風に言われるのは悔しかった」
魔族と人間との交流を願うリーズを嗤った子爵や男爵に、ロゼリッタは本気で憤慨したのだ。自分の願いであったこともあるが、リーズを嗤ったことが許せなかった。
「……私を憎みながら何故、魔族との交流を望む?」
リーズが足を止めてロゼリッタに問うた。ロゼリッタも足を止めるが、リーズの方は見ない。言葉を探すように唇を開いたり閉じたりしている。言って良いものか躊躇っている様子だった。
「今の決まりごとだと乙女としてじゃなきゃ此処に来られないし、二度と人間の街へは戻れない。でも此処へ来て私、色んなことを知ったのよ。貴方のことだって全然知らなかったけど、今じゃ色々教えてもらって、貴方がどんな人かだって少し分かるようになってきた気がする。でもそれを直接伝える方法はない」
髪と同じ蜂蜜色の睫毛を伏せてロゼリッタは自嘲気味に笑う。
「以前は乙女のことについて怒鳴り込みたいのにできないから乙女としてじゃなく此処へ来られたらと思ったわ。でも今は、乙女のことを何とかしたいと思ったって話し合いのひとつもできないじゃない。話し合う以前に、私達、お互いのことを知らなさすぎるのよ。だから交流が必要だと思った」
ふとロゼリッタは青をリーズへ向けた。其処には純粋な想いしかなくて、リーズは目を細める。
「今日だって貴方は私を守ってくれたわ」
ロゼリッタはリーズをじっと見つめる。
「守ってくれてありがとう、リーズ公爵」
リーズはロゼリッタから目を逸らした。真っ直ぐに青が自分を見つめてくると何所か面映ゆい感じがしたからだ。
「……神にも悪魔にも気に入られるつもりがないのなら死なぬはずだろう。礼を言うところではない」
そんなことは良いのよとロゼリッタは笑う。再び歩き出した彼女の蜂蜜の髪が月光を受けて輝くのを見て、リーズは紅い瞳をわずかに見開いた。
「言いたいことは言っておかなきゃ。私が素直に思ったんだもの。
ありがとう」
リーズは頬を緩め、目を閉じる。そしてそっと心の中で呟いた。
死なずに居てくれて感謝している、と。
まだまだ夜は続く。パーティーは始まったばかりなのだから。




