第66話 夏と言えば
「あちー」
登校して自分の席に着くなり、鞄から即座に下敷きを取り出した。左の席に座る静の方を向きながら、左手で襟をパタパタしながら右手に持った下敷きで扇ぐ。
「暑いねー」
静も机に倒れ込んで、両手を投げ出している。
季節は梅雨も半ばに突入し、しばらく暑い日が続いていた。教室には一応エアコンも設置されているが、七月にならないとつけてくれないのだ。
「ちょっ、おまっ、何やってんだ!?」
後ろから焦りを含んだ祐平の声が聞こえてくる。何やってんだって、そりゃ暑いから扇いでるに決まってんだろ。
「何だよ」
後ろの席へと視線を向けると、顔を逸らしつつも目線をこちらに向けた祐平がいた。
「いや、だから……。見えるからやめろ!?」
静かな強い口調で言われても、一瞬何のことかわからなかった。だが向けられた視線を改めて辿っていくと納得だ。なるほど、祐平もやっぱり男だったということか。まぁ当たり前なんだけどな。
「おっと、こりゃ失礼」
昔は気にせず扇いでたが、これからは気を付けないといかんな。一応半そでブラウスの下にはキャミソールで防御を固めているが、下に着ている服ごとつまんでパタパタさせたらそりゃ見えるわけだ。
「お前なぁ……」
大きくため息をつかれるが、呆れられる理由がよくわからん。何見てんだヘンタイとでも言ってほしかったんだろうか。実際に自分から見せておいて、ああして睨んでくる女子の考えも俺にはよくわからんのだが。
「まぁ気にするな。ラッキースケベとでも思っとけばいいんじゃね?」
「おい待て。人を勝手にムッツリにするなよ」
否定のツッコミが入るが、祐平は自分のことを紳士的だとでも思ってるんだろうか。視線の行き着く先を考えればバレバレですよ。
「へぇ」
「……おい」
でも『見てない』と否定をしないのは正直でよろしい。ニヤニヤとした笑みをプレゼントしたら睨まれたので、これ以上は黙っておいてあげよう。
「案外圭ちゃんと祐平くんって仲いいよね」
俺たちのやりとりを見ていた静からそんな言葉が聞こえてきた。
「そうか?」
男の頃からそこまで言うほど付き合いがあったわけじゃないが、どうなんだろうな? 後ろの席ということもあってそれなりに話はするけど、休みの日に一緒に遊びに出かけるというところまではいかなかった。まぁ女になった今でも付き合い方は変わってないともいえる。
「まぁ、こんなんになっても圭一は圭一だからな」
「こんなんとは何だよ」
文句は言ってみるが、見た目からして違うんだからしょうがない。
「それで、来週からついに始まるわけだが準備はできてるのか?」
「うん?」
何の準備だよ。なんかあったっけ? 唐突すぎてわからん。
「あれ? もしかして女子は違うのかな?」
「あー、そういえばそうだね。圭ちゃんは準備しないといけないかも」
「いったい何なんだよ」
さっぱり記憶にないんだがどういうことだ。
「だから、水泳の授業が始まるんだよ。圭ちゃんは水着を買わないとね?」
いい笑顔で言葉にする静に、一気に昨日の体育で先生が言っていたセリフがフラッシュバックする。
受け入れがたい出来事に脳が拒否していたいみたいだ。夏はまだまだ先だからって後回しにしてたんだった。とうとうこの時がやってくるとは……。どおりで暑いはずだ。
「……しょうがねぇな」
「じゃあ次の土曜日にみんなで買いに行こうか!」
諦めの声を出したとたん、静が顔を輝かせた。俺としてはどっちかというと苦行でしかないんだが、静にとっては楽しいことらしい。普通に服を買いに行くならともかく、スク水を自ら選んで買うというところがなんとも抵抗がある。下着と一緒と思わなくもないが、それはそれ、これはこれだ。
さらに言うならばこの場合買うのは俺だけじゃなかろうか。なんでみんなで行く必要があるのか。なんとも晒し者のようになる気がしてしょうがない。
「おー、行ってこい行ってこい」
祐平が投げやりな感じで手をひらひらさせている。関係のないやつは気楽でいいなぁ。
「よし、お前も一緒に買いに行こうぜ」
なんとなくイラっとした俺は、祐平にも声をかけてみる。もちろん来るとは思ってないし、単なる嫌がらせだ。
「おい――」
「おぉっ?」
何か言いかけた祐平を遮って、静が真っ先に声を上げた。考え込むようにして腕を組んでいる。
「……この間言ってたあれは、完全に嘘でもなかったってこと?」
「はぁ?」
……何か言った覚えはないんだが、何のことだ。訝し気な視線を静に向けていると、眉間のしわが緩んでニヤリと口角が上がったような気がした。
「ちょうどいいかもしれないわね。せっかくだから祐平くんも一緒に行こうよ」
「「はあぁぁ!?」」
静の提案に真っ先に声が出てしまったが、それは祐平も同じだ。
「だって、男の子目線での感想が聞きたいでしょ?」
聞きたくねぇよ。むしろ聞きたいのは静のほうなんじゃないのか。
「いらんわ! どうせ水着を買うのは俺だけなんだろ。これ以上見物人を増やしてたまるかい」
「えっ? わたしたちも買うよ?」
即座に反論するが、予想外にして『何言ってんの?』と言いたげなキョトンとした表情を向けられる。とても冗談を言ってるようには見えないんだがマジか。俺と違ってもう持ってるだろ。
「あぁ、みんなでプールに行くとき用だよ。さすがに競泳用はひとつで十分」
わけわからんという表情を読み取られたのか、静がさも当然とばかりに答える。しかもみんなでプールって……。そういえば去年の夏休みは、女子だけでプールに遊びに行ったって佳織が言ってたな。
とそこまで思い出したところでハタと気づく。
「……もしかして今年もプールへ行くと?」
「当たり前じゃないの。――もちろん圭ちゃんもね」
恐る恐る静へと問いかけると、いい笑顔で返事がきた。




