第21話 ヘンタイはどこにでもいる
俺が女の子に変化してから十日ほど経っただろうか。相変わらず男に戻る気配はまったくないが、それでも学校での日常は落ち着いてきたかと思う。
一部の人間からは嫌な目で見られたままだが、特にちょっかいをかけてくるわけでもなく至って平和だ。
俺が女子トイレに一人で入っても、概ね迎え入れられていると思う。もちろん、その一部の人間とは被らないようにトイレに行くように気を付けてはいるが。
教員用の女子トイレも使っていいとは言われてるが、さすがに遠いので面倒だ。
ズボンのチャックで挟まれて痛い思いをすることもなく、女子トイレから出てくるとそのまま自分の教室へと戻る。
時間帯としてはちょうど昼休みだ。
「あ、圭ちゃん戻ってきたよ」
静が俺を見つけると、俺の席に陣取っている男子生徒へと教えてやっているのが見えた。
んー、誰だあれは? 人の席に勝手に座るとは。俺が座れないんだが。
「おーーーー…………えっ?」
了解とばかりに返事をしたままこっちを振り返る男子生徒。
だがしかし、俺が視界に入った途端に威勢の良かった返事が尻すぼみになって、最後は疑問形の言葉に変化する。
「あれ、虎鉄じゃん。久しぶり」
その振り返った男子生徒は見知った顔だった。俺の中学のツレの柴山虎鉄だ。
小柄な体格で短髪のツンツン頭が印象的な顔だけはイケメンな奴だ。座っているせいでよくわからないが、今の俺の方が背が低くなってる気がする。
「……はぁ? いや、オレは圭一に用があったんだけど? ……いやでも君みたいなかわいこちゃんとも仲良くなっておきたいね」
俺の挨拶を無視するかのように静に文句を言う虎鉄だが、かわいい子が好きな本性は隠しておく気はないようだ。
つか俺が圭一なんだがな。
「オレは柴山虎鉄。よろしくね」
八重歯を光らせながら立ち上がり、満面の笑顔で右手を差し出してくる虎鉄。
ぬぅ、やっぱり俺より背が高くなってやがる。……いや俺が縮んだのか。
「へいへい。俺は五十嵐圭一。よろしくな」
不満顔一杯で差し出された右手を握ると、力強く上下へと振ってやる。
「いやいや、……女の子が『俺』とか使うもんじゃな………………、圭一?」
一人称にツッコミを入れている間に、俺の自己紹介が浸透していったのだろうか。ようやく俺を圭一と認識したっぽい虎鉄が、疑問形で俺の名前を呼んだ。
「おう、久しぶりだな、虎鉄」
ここは俺しか知らないエピソードを交えるべきか。佳織にはスリーサイズを言ってやったが、虎鉄は……いっぱいあるな。
俺は虎鉄の手を離して両腕を胸の前で組み、不敵な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「一日に二人以上の女の子に告白するとかもうやってねーだろうな?」
俺の言葉にピキッと虎鉄の表情が固まる。
中学時代にこいつは気になってる女の子二人に告白したことがあるのだ。しかも返事をもらうのを待たずに続けてだ。
その話は男子勢にはほぼ知られてないのだが、女子勢の間にはそこそこ広がっていたのをコイツは知らない。俺は佳織から聞いたんだけどな。
とは言えそれは中学の時の話だ。今ではどうだかわからない。
「えー、……それってサイテーなんですけど」
そこに静が追撃の一言を発し、俺の二つ前の席でこちらを窺っていた千亜季も両手を口元に寄せて、大きく開いた口を隠している。
「な……、何を言っているのかな君は……。ちょっとここは二人でオハナシしようか」
焦った表情で取り繕いながら、肩越しに親指で後方の教室の外を指し示す虎鉄。
「おう、いいぞ」
「……大丈夫なの?」
安易に頷く俺を心配したのか、静が声を掛けてくれるがそこは大丈夫だと思う。
こんな奴だけど俺の中学のツレなのだ。……いやむしろこんな奴だからこそ弱みはあるもので、俺もそれをいくつか知っている。
「強請るネタは他にもあるしな」
俺の言葉にビクッと肩を震わせると、何やら居たたまれなくなったのか虎鉄は逃げるように教室を出て行く。
そしてそんな虎鉄を追いかけるようにして教室を出ていく俺を、静はポカンとした表情で見送るのだった。
「で、俺に何の用かな。土下座告白をかましたり女湯を覗いたりセクハラ発言する妹キャラ好きのロリコンさん」
「――ぐはっ!!」
人気のなくなった中庭にまで来た瞬間に俺がそう切り出すと、虎鉄が右手で自分の胸元を握り締めてよろめく。
まったく……。黙って静かにしてればイケメンなのに、その言動のせいでそれほどモテないのがこの男だ。
『――ただしイケメンに限る』という言葉が、これほど当てはまらないイケメンがいるだろうか。
「くっ……、やっぱり……、圭一なのか……?」
コイツの性癖を知っている人間が他にいないわけではないが、まぁ俺しか知らないことを交えれば、信じてもらえる要因にはなるんじゃないだろうか。
とりあえず虎鉄の質問には頷いておく。
「なんでまた……、そんなかわいくなってんの……」
知らねーよ。俺が教えて欲しいくらいなんだが。
「――はっ! まさか……」
「ん?」
何かに気付いたような表情で俺を凝視してくる虎鉄。
もしかして何か知ってんの?
「一気にかわいくなった子がいるって噂を聞いたから、圭一を誘って観察しようと思ってたのに……、まさかの本人!?」
「……あー、まぁ、そうだな」
何のことかと思ったらそっちかよ……。まぁバカには期待するだけ無駄なのか。
「いやいやいや……」
考え込むように腕を組んで顔を伏せる虎鉄だが、いやホント、そうやって真面目ぶってればモテそうなのにな。
しかし俺に用事があったかと思ったらそんなことだったのか。というかいつもいつも俺を巻き込まないでくれますかね。
「………………アリだな」
などと考えていると、伏せていた顔を上げた虎鉄が、こちらを向いて納得の表情をしている。
……何がアリなんですかね。
「圭一なら問題ないはずだ」
「だから何が」
「おっぱい触ってもいい?」
何を言ってやがる! ……ってかそういうヤツだった! 実際に女の子の前では滅多にそんなことは言わないが、言わないこともないのだ。
「ダメに決まってんだろ変態が!」
「……ぐふっ」
俺の返事に何やらダメージを受けている虎鉄。
いつもの返しのはずだったが、虎鉄はなぜかスルーせずにまたもや両手で胸元を鷲掴みにして、ダメージを受けたジェスチャーを披露している。
「……ちょっとだけでも」
懇願する表情でなおも食い下がる虎鉄。いったい何が彼をそうさせるのか、俺にはわからない。
左手で胸元を押さえながら、よろよろと右手をこちらに差し出してきたので。
「キモいからやめろ」
セリフと共に蔑んだ目で睨みつけてやったのだが。
「はぅあ……!」
恍惚の表情で胸元を押さえる虎鉄がそこにいた。
うーむ……。コイツにこういう性癖はなかったはずだが……。俺は虎鉄の新たな扉を開いてしまったのだろうか?
そこにちょうど昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。俺は何も見なかったことにしてその場を立ち去ったのだった。




