第20話 おこづかいちょうだい
「どうだった?」
静が興味深そうに聞いてくるが、まあ何も異常はなかったし、何も起きなかったな。
佳織も気になるのかこっちにチラチラと視線をくれている。
「何も異常はなかったって」
「そうじゃなくて!」
そんな俺の言葉に静は不満そうだ。
「……先生はどんな感じだった?」
静の言葉を引き継ぐように、千亜季も俺に聞いてくる。
ってかそういうことは佳織からも聞いてるんじゃないのか。
と思ってちらりと佳織へと顔を向けると。
「アンタも教えてあげればいいじゃない」
いろんな人の意見が聞きたいってことなのかな。まぁいいけど。
「……そうだな。……割とダンディーで無口なおじさんだったな」
しかしそれを聞いた静の口元がニヤリと歪む。
「へぇー」
ただの第一印象を伝えただけだが、何か変なことでも言ったか?
「……そうなんだ」
「ちょっと確かめてくる」
そう告げると静はさっさと保健室へと入って行った。……一体何を確かめに行ったんだ。
首を傾げていると千亜季も何やら微妙にソワソワしてる気がする。
「……私もちょっと、気になってきた」
「……何が?」
聞き返してみるが首を横に振るだけで教えてくれない。しょうがないので佳織を見てみるが、こっちはこっちで機嫌が悪そうだ。
「さっぱりわからん」
ほどなくして静が出てきたが、何やら納得顔でニヤニヤした表情だ。一体中で何があった。
「あ……、じゃあ私行ってくるね」
それを見た千亜季が、なぜか好奇心を出して保健室へと消えていく。
「行ってらっしゃい」
あれだけ嫌がってたのにどういう風の吹き回しだろうか。何か気になることが保健室にあっただろうか。
看護師のお姉さんと、無口な医者しかいなかったはずだが。
保健室での出来事を思い出してみるも、たいして面白そうなものは浮かばない。
しばらく首を傾げていたが、気づけば千亜季も保健室から出てきた。
「どうだった?」
静が期待を込めた表情で千亜季に問いかけている。
「……なるほど、って思った」
「だよね」
「ふんっ」
「……だから何で佳織は不機嫌そうなんだよ」
さっぱりわからずにとりあえず佳織に聞いてみるが、もちろん答えをくれるとも思ってはいない。
「ねぇ……、圭ちゃんってさ……」
「……ん?」
そこに声を掛けてきたのは静だ。
一体なんだ。そんな勿体をつけないでさっさと続きを言ってくれ。
「……ああいう男の人が好みなの?」
「――はぁ?」
なんでそうなるんだ? ……いやまぁ確かにダンディーとは言ったけど、それは男として年を取ればああいう姿に憧れると言ったことであって、そういうことじゃないからな?
「……うん、顔は悪くなかったよね」
千亜季も何言ってんの?
「なんでそうなんの?」
思わず疑問が口に出てしまったが、その言葉に顔を見合わせる静と千亜季。
「いやー、圭ちゃんは男の子と女の子のどっちが好きなのかなーって思って」
「うん……」
あー、うん、そういうことね。とは言えそこは俺も正直わからん。
少なくとも裸になった自分の姿に興奮しなかったのは確かだが。いや他人の裸で興奮できたらそうなのかと言われても困るが……。
「さぁ……、どっちだろうな? ぶっちゃけ自分でもわからん」
「終わったんなら帰るわよ!」
タイミングを見計らったかのように、機嫌の悪い佳織のセリフが響き渡る。……しかし佳織はなんで機嫌が悪いんだろうな?
肩を怒らせながら自分の教室へと帰る佳織に追いつくと、横に並んで歩き出す。
ここは素直にひとつ、聞いてみるか。
「なぁ佳織。……なんでそんなに怒ってんの?」
「……怒ってない」
こっちを見もせずに前を向いたまま、低い声で答える佳織。これは確実に怒ってますな。
しかしさっぱり見当がつかんのだが、なんだろうな?
だがしかし、こういうときはからかってみるに限る。そうすりゃだいたいは機嫌が直るはずだ。
「確かに怒ってるっぽいね」
「……うん」
小さい声だが、後ろから付いてくる静と千亜季の声からも、やっぱり佳織が怒ってるのは間違いなさそうだ。
俺は佳織の前へと回り込むと、屈みこんで見上げるようにして佳織へと顔を向けると。
「お姉ちゃん、どうして怒ってるの?」
猫なで声を意識して佳織へと話しかけてみる。自分で喋ろうとすると抵抗を感じたが、いざ声に出してみるとその声音と相まって違和感がない。
まったくもって女の子になってしまったのかと実感する瞬間だ。
「――っ!!?」
しかし佳織の反応は違ったようで、言葉を詰まらせたかと思うと顔を真っ赤にして俺を睨みつけてくる。
なのだが、その頬が緩んでいる気がしないでもない。必死に睨みつけているような気もする。
「おぉ……、圭ちゃん……、それすごく破壊力高いよ……」
佳織の向こう側にいる静が同じく頬を染めて俺をじっと見つめてくる。
「うん……、なんでも言う事聞いちゃいそう……」
千亜季も染めた頬を俯かせてそんな呟きをしている。
ほほぅ、なんでもいう事聞いてしまいそうとはいいこと聞いた。
「――な、何やってんのよ!?」
狼狽えながらも必死に言葉を絞り出す佳織に、これ幸いと俺は畳みかける。
「お姉ちゃん、おこづかいちょうだい」
これでどうだ。言う事聞いてしまいそうになったか。
「――はぁ!? 何でアンタにおこづかいあげなきゃなんないのよ!?」
半ば予想はしていたが、さらに怒り出した佳織はそう叫び声を残すと、小首を傾げる俺を迂回してさっさと教室へと帰るのだった。
やはり佳織には効果がないらしい。




