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高校生よ、恋をせよ

暴走系ロマンチストと天然系ツンデレのバレンタイン

作者: 真下地浩也

 一日遅れのバレンタインデーの物語です。


 他作品のキャラがちらほら出てきます。

 二月十四日。

 そう聞いて大半の人が思い浮かぶのは、バレンタインデーだろう。

 俺も例に漏れずバレンタインデーを思い浮かべた。

 今や、街中やテレビでもバレンタイン一色だ。

 残念ながら今年のバレンタインデーは平日の火曜日。

 いつも遅刻ギリギリまで寝ている兄が今日は確実に遅刻する時間に起きてきた。

 しかも制服ではなく部屋着のままだ。

 俺と違って色素が薄く、柔らかい茶髪はまだ寝癖がついていて、あちこちに跳ねている。

 今日、兄の高校は祝日なのか?

 そう思った俺に兄はこう答えた。

「なにじっと見て?俺の顔になんかついてる?つか野郎にそれも俺よりでかくてごつい可愛いげのない弟見つめられても嬉しくないんだけど」

 兄は心底嫌そうな顔をして、はっきりとした二重で大きな目を細めて俺をにらんできた。

 相変わらずよく喋る人だ。

 むしろよくそんなに口が回るもんだと感心した。

「いや今日はずいぶんとのんびりしているから休みなのかと思って」

「ああ、そういうことか。今日はバレンタインデーでしょ?だから俺の通ってる高校の女の子とか近くの高校の女の子とかがチョコを渡しに押し寄せて大変なことになるんだよ。だからそれを防ぐために自主的に休んでるってわけ」

 なるほど。兄は有名人だからそういうことも考えられるか。

 そういえば去年も大量のチョコをもらっていたな。 

 消費するのに付き合わされたことも思い出した。

「だいたい俺ってそんなに甘い物好きじゃないんだよね。どうせくれるなら肉の方が嬉しい。バカの一つ覚えみたいにさ、チョコばっかだから処分に困るし。あー、アレンみたいに甘い物嫌いっていっちゃえいいのかねえ?」

 本来のバレンタインはチョコを渡すイベントではないが、日本ではそのような風潮があるから仕方ないのかもしれない。

「お返しとかも面倒だし、バレンタインとかなくなっちゃえばいいのに」

 嫌そうな顔から一転して、何かを思い出したように、にやりと口の端を吊り上げた。

「そういえば今年は本命チョコもらえそう?」

 どきりと心臓が嫌な音を立てた。

 本命と聞いてすぐに思い浮かべたのはもちろん、地上に舞い降りた女神こと葉山さんだ。

 六月にとある出来事がきっかけで少し話をするほどの仲になった。

 話といっても世間話程度だけれど、とても幸せな時間である。

「ふーん。その様子だと上手くいってるみたいだね。そういえば相手の名前なんていうの?」

 教えたくなくて口を紡ぐと兄は目を輝かせた。

「別に教えなくてもいいよ。女の子に聞くから。お前と仲良くしてる女の子を知ってるかってさ」

 兄は俺よりも顔がいい。

 葉山さんが兄のことを好きになるとは思わないが、可能性はないとはいい切れない。

 彼女の恋人のことをうるさくいいたくはないが、兄は女遊びが激しいから不幸になるのは目に見えている。

 だから出来れば兄のような男ではなく、彼女だけを誠実に愛し、あらゆる危険から守るようなたくましい男を選んでほしい。

 だが兄の知名度とコミュニケーション能力はとてつもなく高く、このまま黙っていてもすぐにばれてしまうだろう。

 下手に騒がれるよりも俺の口から白状した方が何倍もマシだ。

「……葉山蕨さんだ」

「葉山?どこかで聞いたことがある気がするな?どこだったかなー?」

 しぶしぶ告げた名前に兄は心当たりがあったらしい。

 これ以上聞かれる前に俺は席を立った。

 葉山さんは女神だから噂話の一つや二つあるはずだ。

 そこから彼女に辿りつかれては困る。

 それにそろそろ家を出なくては遅刻するし。



 登校する間もしてからも、学生は男子も女子も皆どこか浮かれてそわそわしていた。

 男子はチョコをもらえるかもしれないとわずかな期待に、女子はいつ渡そうかと。

 俺もその一人だ。

 去年までの俺は義理チョコすらもらえなかったが、今年は違うかもしれない。 

 もしかしたら、彼女からチョコをもらえるかもしれない。

 そう思うとどうしても挙動不審になってしまう。

 靴箱を開けて上履きしか入っていなくてがっかりしたり。

 教室に入って、ロッカーや机の引き出しに何も入ってなくてがっかりしたり。 

「なんで朝からそんな落ちこんでんの?」

 友達の癒詩が俺の顔を見るなりそういった。

 そんなにわかりやすい顔をしていたのか。

 顔をあげて癒詩を見て後悔した。

「ちょっとなんで俺見てへこんでんの!?」

「いや……なんでもない。俺の問題だ」

 癒詩が片手に紙袋一杯のチョコを持っているのに、俺は一つももらっていないことが、人間的に劣っているような気がしたのだ。

 癒詩は明るく気さくで、裏表がないから多くの人に好かれるような性格だとわかってはいるのだが。

「あっ!これは部活のマネージャーとかクラスの女子からの義理チョコだぞ」 

 癒詩は俺が落ちこんだ理由にすぐに気づいてくれた。

「そうなのか?」

「そうそう。ホワイトデーのお返し期待してるねっていわれたし……おっと!渡し忘れるとこだった。姉ちゃんからソテツにって」

 通学鞄から取り出されたシンプルな包装のチョコを受けとる。

「もしかしてこれ手作りか?」

「弟がお世話になってるからってさ。ほんとは本命チョコのついでだろうけど」

「……そうか。ありがとうと伝えてもらえるか?」

 癒詩はとてもいい性格をしているのだが、一言多いところがある。

「ソテツはもらえた?」

 誰になんていわれなくてもわかった。

 だから俺は。

「……聞かないでくれ」

 そういうのが精一杯だった。

「そ、そっか。まあ、まだ今日は始まったばかりだからな!後でもらえるって!むしろもらえないわけがねえし!」

 バシバシと肩を叩かれる。

 確かに癒詩のいう通りだ。

 今日はまだ始まったばかり。

 時間はたっぷりある。


 

 俺もそう思っていた時があった。 

 あれから数時間が過ぎ、もらえないまま放課後になった。

「……ソテツ」

 癒詩がなにかいおうとするも、言葉が出て来ないようだった。

「俺に(葉山さんのチョコ)は早すぎた。ただそれだけのことだ」

 大丈夫。癒詩の優しさは俺にちゃんと伝わっている。

 そう伝えるため、俺以上に落ちこんでいる癒詩の肩を軽く叩く。

「ソテツ、お前ってほんとかっこいいよ!」

 癒詩は眩しいものでも見るかのように目を細めた。

「いやそんなことはない。そろそろ部活の時間だから行くぞ。じゃあ、またな」

「おう!また明日な!」

 癒詩と別れて、部活へと向かう。

 柔道場は一番校舎から離れているから、人の気配も少ない。

「あ、あの待って!」

 いつかの時と同じ、やや上ずった声が俺を呼び止めたのだ。

 背後から聞こえた声は誰かと聞き間違えるなんてありえなくて。

 だからまさかと思いながら、驚きと緊張で立ち止まった体を後ろに振り向かせる。

 彼女は可愛らしく包装されたそれを両手で突き出しながら、真っ赤な顔で叫んだ。

「か、勘違いしないでよね!これは義理チョコなんだから!」

 ほしいと思っていたし、もしかしたらもらえるかもしれないと落ちこみもした。

 だが本当にもらえるなんて、本気で思ってはいなかった。

 本命だとか義理だとかどうでもいい。

 こうして彼女が直接俺へ渡してくれたことがどうしようもなく。

 自分の意思では押さえきれないほど。

「ありがとう、葉山さん」

 嬉しくて、頬が緩んでしまう。

「お礼なら一ヶ月後に渡しなさいよ!」

 そういって葉山さんは走り去っていった。

 夢のような出来事だが、受け取ったチョコが現実だったと教えてくれる。

 今年のバレンタインデーは、いや今日は今まで生きてきた中で一番幸せな日だ。

 その後、俺は他の部員が来るまでその場に立ち続けていたらしい。 

 だが、葉山さんがいなくなった後から記憶が全くない。

 



 二月十三日の夜。

 私は夕ご飯や寝る準備を終えて、キッチンに立っていた。

 明日はバレンタインデー。

 女の子にとっては一大イベントだ。

 特に恋をする女の子は。

 私もその一人で、だからこうして明日のためにチョコを使ったお菓子を作っている。

 とはいってももうほとんど出来上がっていて、後は焼き上がるのを待つばかりだ。

「甘い匂いがすると思ったらクッキー作ってたんだな。明日のためか?」

 キッチンに顔を覗かせたのは一つ年上の、蓮兄さん。

「そうよ。蓮兄さんは明日チョコたくさんもらえそうだね」

 使った道具を片付けながらそういえば、蓮兄さんは嫌そうに顔を歪めた。

「元々甘い物は好きじゃないし、他人から食べ物をもらうのは何が入ってるかわからなくて怖すぎるから受けとらねえよ」

 モテる人にはそういう苦労があるんだ。

 今まで花畑くんがチョコを受け取っている姿を見たことがない。

 もしかしたら私の知らないところで受け取っているかもしれないけど。 

 渡すのが怖くなった。

 私のなんていらないんじゃないかと思えてきた。

 オーブンが焼き終わりを告げた。

 両手にミトンを着けて、取り出す。

 うん。今年も美味しそうに出来てる。

 自画自賛していたら、上からひょいと手が伸びてきて一枚とった。

「ちょっと蓮兄さん!」

「まあまあうまく出来てるんじゃねえか」

 私の怒りなんてなんのその。

 蓮兄さんは頼んでもないのに評価してきた。

「これ以上はダメ!友達の分もあるんだから足りなくなるでしょう!」

 蓮兄さんから離れて鉄板をテーブルに置いた。

 味見してくれて、ちょっと安心した。

 甘い物があまり好きじゃない男の子でも食べられるように、甘さ控えめなビターチョコクッキーにしてよかった。

 少し冷ましてからラッピングをしよう!

「今年は渡せるといいな」

 蓮兄さんは滅多に見せない優しい笑顔で頭を撫でてきた。

「よ、余計なお世話よ!」

 何年も渡せてなかったことがバレて、照れくさくて強がった。

「そりゃ頼もしい返事だな」

 強がりだってわかっててそういう蓮兄さんは意地悪だと思う。

 


 

 次の日のバレンタインデー。

 どこか皆浮かれているような気がする。

 私もその中の一人なんだけど、緊張で胸が痛い。

 いつ渡すのがいいだろうか。

 人目につく場所は恥ずかしいから、できれば花畑くんが一人でいる時に渡して帰りたい。

 告白もしたいけど、今回はチョコを渡すだけ。

 チョコを渡すってことはもうそれだけで告白みたいなものだけど恥ずかしくて、言葉にはできない。

 断られたらこれからどんな顔をして会えばいいのかわからないし。

 渡す機会を探っていたら放課後になっていた。

 今のところ花畑くんはまだ誰からもチョコをもらっていない。

 部活へと向かう彼の後を追いかける。

 彼の行き先の柔道場は校舎から一番離れていて、人気も少ない。

 もう少しでたどり着くというところで、勇気を振り絞って声をかけた。

「あ、あの待って!」

 中学生の頃と同じように声が裏返った。

 でもちゃんと彼に声が届いて、同じ年の男の子達より一回り大きくてたくましい体でゆっくりと後ろに振り向く。

 私は昨日頑張ってラッピングしたそれを両手で手渡した。

「か、勘違いしないでよね!これは義理チョコなんだから!」

 緊張と恥ずかしさで思ってもない言葉が出てしまった。

 本当は義理チョコなんかじゃなくて、本命チョコ。

 でもそんなこといえない。

 上から目線で押しつけがましいと思われた?

 それとも甘い物が嫌いだったとか?

 後ろ向きな気持ちばかりが浮かんで、やっぱり渡さなくていい。

 今年も無理だから、来年を頑張ろう。

 そこまで思ったのに、花畑くんは。

「ありがとう、葉山さん」

 心から嬉しそうに笑って受け取ってくれた。

 あまり笑わない彼の笑顔にただでさえ熱っぽかった顔から火が出そう。

 凛々しい顔立ちの彼の笑顔は優しいだけじゃなくて、どこか甘くて見ていられない。

「お 礼なら一ヶ月後に渡しなさいよ!」

 それだけいうのが精一杯で、私は捨て台詞をはいて、その場から走って逃げた。

 彼の笑顔が目の奥に焼きついて、ずっと離れない。

「おかえり。顔がすっげえ赤いけどちゃんと渡せたみたいだな」

 家に帰ったら意地悪な顔をした蓮兄さんにからかわれた。

「う、うるさい!……でも心配してくれてありがとう」

 後半は声が小さくなったけど、聞こえたらしい。

 蓮兄さんはふっと顔を緩めて、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。

「夕飯はグラタンにしてやるよ」

 ただチョコを渡しただけで、私の好物を作ってくれる蓮兄さんは口は悪いけど、家族思いだ。

 私も蓮兄さんのこと好きだよ、花畑くんの次に。

 おまけ 『二人の兄の話』(※蘇鉄も蕨も出てきません)


「はあ……やっとバレンタインデーが終わったー!って!アレン、もしかしてそれバレンタインのチョコ!?しかも手作り!?そういうのもらわないんじゃなかったっけ!?」

「うっさいわね。さっきフォールさんとnewさんからもらったのよ」

「マジで!?俺もらってないんだけど!?newさんに嫌われてんのは知ってたけどフォールさんも俺のこと嫌い!?」

「アンタ、自覚あったのね……。まあ、newさんはその通りだけどフォールさんからそういう話を聞いたことないわよ」

「よしじゃあチョコもらうついでに確認しに行こう」

「アンタのこと嫌いならチョコをくれるはずないじゃないの」

「マジでアレンって容赦ないよね……あ!チョコで思い出した。弟が本命からチョコもらったんだけど食べるのがもったいないとかいって常に持ち歩いてんの。しかも義理チョコってはっきりいわれてやんの。超ウケるよな。なのに女神からの慈悲だからってすげえ喜んでて気持ち悪いのなんのって!」

「アンタってどうしようもなく性格悪いわよね」

「いやいや!アレンも俺の弟見たらゼッタイ同じこと思うって!あんなゴツいやつが真顔で女神とかいってんの!マジで笑うしかない!」

「それはそれで会ってみたいわね」

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