現状把握
「っだよ!ここ!起きたら草原ってわけわかんねー!てゆーか、12月なのに春みたいってどーゆーことだよ!!」
彼は頭を抱えてうずくまると寝癖がついた頭をガシガシとかいて悪態をつく。
いつも友人から幼いといわれていた顔つきは寝起きのため少し目つきが悪くなった。
服装は上下とも鼠色の動きやすい寝間着。とてもじゃないがこれで外出しようとは思わない。
「寝てる間に連れてこられた?いやでも、おふくろとおやじがそんなことするはずねーし。誘拐とかか?一般的なサラリーマン家庭にそんなことするはず…。そうだとして犯人は…。てか靴もないし…最悪だ。」
ぶつぶつと呟き現状を把握しようと決していいとは言えない頭をフルに働かせる。
「えーと、昨日は春香ちゃんと勉強の合間に遅くまでメールしてて…あっ!携帯!たしかポッケに…うし!こんなことにも気づかないなんて相当動揺してたんだなー。」
これでお袋に電話してー、と少しほっとしつつ携帯を起動させる。
「は!?圏外?電波ないとか…マジでどこだよ、ここ…。と、とにかく誰か人を探すか。」
辺りを見渡すと遠くに森が見える。そして360°見回してみても草原は森につながっているようだ。
まるで森の中心を丸くくり抜かれたかのように草原が広がっていた。
その不思議な空間に少しだけ感動し、そして怖くなった。
「ほんとになんだよ、ここ。家の近くにこんな場所なかったよな…?とにかく歩くか。」
森に向かって歩き始めたところで彼の背中にひやりと冷たいものが走るのを感じた。
「あ、あれ?いや、そんなはず…。忘れるはずなんて…、俺の名前は…………。」
友達の名前は思い出せる。ただの知り合いの名前も。隣に住んでたおばさんの名前だって思い出せる。
自分がどこに住んでてどんな学校に通っていて、今までどうやって暮らしてきたかも思い出せる。
「名前が思い出せない…。」
ただ家族を含めた自分の苗字と名前がまったく思い出せなかった。
思い出そうとしても自分の名前だけが霞がかかったようにノイズが走る。
彼は嫌な予感が胸のあたりに広がるのを感じた。