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神州鬼狩東征伝(休止中)  作者: 織上ワト
第一章 千ノ刃、暁ヲ照ラス
1/14

序幕 超常ト魔性

 お久しぶりです。そして新年あけましておめでとうございます。今年は色々とやりたいことが多いので、一層気合い入れて頑張りたいと思っていますので、よろしくお願いします。

 さてさて新シリーズとなるこちらのお話ですが『しんしゅうおにがりとうせいでん』と読みます。こちらは実はすでに第一部分ができているので、拙作グロリアスマーチの第二部の構想ができるまでの繋ぎとして週一くらいの頻度で更新していきたいと思っています。

 たぶんグロリアスよりはみんなキャラ立っていると思うので安心してください!笑

 それではどうぞ!


 天生(てんしょう)一四年。

 四方を海に囲まれ、外界から隔絶された独自の和の文化を築き上げてきた極東の列島国——神州(しんしゅう)豊葦原中津国とよあしはらなかつくに。その中でも僻地に位置するとある山村の一帯は、今この時戦場と化していた。

 但し、戦場と言ってもそこで繰り広げられているのは人対人の真っ当な争いではない。

 そこは狂気と混沌が渦巻く化外(けがい)の領域。平穏な日常とはかけ離れた歪みと魔性の極致が広がっていた。


       ◇


 静かな夜の闇を引き裂く怒号と悲鳴が其処彼処で飛び交っている。明々と燃える松明の群れは激しく揺らめき、今や辺り一面血と臓腑の赤に染まった腐海を鮮烈に照らし上げていた。

 崩壊した家々からは火の手が上がり、周囲に散乱している肉塊を食い散らかしながら見る見るうちに肥大化していく。しかし人々は自らの身体が熱波で焼かれているのにも気付かずに狂乱したように逃げ惑うばかり。

 恐怖を湛える瞳の中にあるのは炎ではない。

 そこにあるのは一つの絶望。破滅の具現。

 頭上から墜落してくる巨大な柱としか形容しようがない暴威の塊が、空間ごと圧壊せんとその場の総てを根こそぎ押し潰した。


「■■ッ、■■■■■■■■——ッ!」


 そして直後、およそこの世の物とは思えない凄絶な雄叫びが一帯に響き渡る。

 燃え盛る炎に照らされ宵闇に浮かび上がる浅黒い肌に、一介の町家などゆうに見下ろすほどの圧倒的巨躯。そして頭部の頂点でその存在を誇示するように屹立する鋭い二本の角。

 今より遥か遠い歴史の彼方に忽然と姿を現したと言われる化物。先住者である人をゆうに見下ろすほどの体躯に、無類の怪力を宿した怪物——『鬼』だ。

 詳細な発生源は今日に至るまで全くの不明だが、発生後爆発的にその生息域を広げていった鬼の軍勢は、今や神州全土の約半分——ちょうど国土を東西に分割するかのように広がる内海より東側の総てを勢力圏に落とし込んだのだ。

 以降神州朝廷は東側の地を穢土(えど)、西側を浄土(じょうど)と名付け、人と鬼は東西に生活圏を異にし、互いに干渉することなく今日までの時を過ごしてきた——はずだった。

 しかし天生一四年という今この時、状況は一変する。

 神州浄土最東端である彼の地に何の前触れもなく現れた鬼。あまりに唐突に降って湧いた特級の災禍の襲来に無力な人間たちは為す術なく蹂躙されていく。

「くっ……怯むな、撃てぇッ!」

 とその時、自警団らしき風貌の男の力強い号令が響いた。同時に、その場に整然と並べられた迫撃砲筒の導火線に火が点される。

 元来破城することを目的として設計された大口径の砲塔。恐らくこの場において最大の破壊力を誇るであろう兵器が、鬼へと向かって一斉に火を噴いた。

 先の攻撃後の一瞬の硬直を狙って放たれた無数の砲撃。

 時機は完璧、虚も突いた。そして肝心の狙いも寸分違わず。大気を震わせ、轟き渡る鉄風雷火の大爆撃。これだけの砲撃を以てすればどれだけ強固な城であろうと跡形も残らず瓦礫と化す。

 故に如何に頑強な化物だろうとその存在を維持し続けることなど不可能。その場にいる誰もがそう信じて疑わなかったのだが——


「——■■」


 濛々と立ち込める砂煙の晴れたその先——果たしてそこには無傷で唸り声を上げる鬼が、仁王を彷彿させる憤怒の形相で立っていた。

「ば、かな……」

 精神の許容量をいとも容易く超える衝撃的光景を前に、その場の全員例外なく思考が停止する。眼前に聳える非現実を前に脳が受け入れることをよしとしない。

 何だこれは? 一体何がどうなっている? あれだけの砲撃をまともに受けて生きているどころか全くの無傷だと?

 嚇怒(かくど)に震える巨腕が引き絞られる弓のようにギリギリとたわんでいく中、人々は皆呆けたようにその場に立ち尽くし、あるいは蹲り、ただただその光景を眺めている。

 最早戦意のひと欠片も残さずすり潰された烏合の衆は、続く鬼の腕のひと振りで声を上げる間もなく壊滅状態に陥った。


 ——人は鬼に勝てない。


 その簡潔かつ残酷なただ一つの真実を、現状生き残っている僅かな人間たちは実体験として痛感していた。

 東に鬼がいることなど昔から伝え聞いていたというのに、正味、それを間近で見た者など殆どいない。言ってしまえば遠い異国の地に対する認識に近い。知識としてそうとは知っているものの、実体験が伴わない。

 故に舐めていた。侮っていた。そんな馬鹿な話があるかと高を括っていた。そして実際に相見え、事実が体験としてその身に染みた時には、もうすでに手遅れだ。

「■■、■■■■————ッ!!」

 唸りを上げる咆哮と共に、三度天より襲いくる破壊の猛槌。

 ここに至って何らかの行動を起こそうとする者は皆無だった。外傷的な意味合いで動けない者も多かったが、その大半は心的負傷の方が要因としては大きい。

 人の身では鬼に勝てない。勝てる道理が存在しない。それどころか同じ土俵に上がることすら不可能。

 ならば無駄な足掻きで苦しみ抜いた末に逝くよりも、せめて一撃のもとに楽になりたい。それがこの場に倒れ伏す者たち全員の共通認識であり、そこに疑いや反論の余地など存在しないと誰もが信じ切っていた。


 ——故に、だからだろうか。

 生死の瀬戸際にあるこの極限状態の最中に生じた特大の違和。その発生に、いまだ誰一人として気が付いていなかった。


 元来人とは、何か己の理解の埒外にある状況に陥った時には平静でいられなくなるものである。要するに個人差はあれど想定外の出来事に酷く脆弱なのだ。それは人に限った話ではなく、すべての生物に共通した意識の死角である。

 よってこの場が異常であることは言うに及ばず、であれば失意に項垂れ、ただ死を待つだけの人々は皆正常であると言えるだろう。異常な時に平常でいられない。至って普通の精神状態と言える。


「——……」


 そしてそうであるならばこそ、この酸鼻極まる地獄の惨劇の中、顔色一つ変えず、まるで近所に散歩にでも出かけるくらいの気安さを感じさせる歩調でふらりと現れたその人影は特級の異質と判断できるだろう。

 異常な環境に在るときに普通でいられるということは、それすなわちその者が異常な存在であるということを逆説的に証明している。

 とは言え、鬼からしてみればその者が何であるかなど些細なことだ。

 その者が一体何者であろうとも所詮は矮小な人間の中の一人。例えて言うなら小鼠か小兎かの違いだろう。端的に言って、たかが知れている。

 故に大勢は揺るがない。

 想定外の闖入者に気付いた鬼の動きがほんの一瞬だけ停止するが、それも目視では殆どわからないほどの僅かな時間だ。

 そうして一瞬の後には、新たな血と臓腑を以て、この地獄がさらなる惨禍で彩られることは明白であり——



「——くはっ」



 続く展開を予測できた者など、この場に誰一人としていようはずもなかった。


「——ッ!」

 狂猛に歪んだ笑みと共に振り抜かれる拳の一閃。

 迫りくる鬼の拳に合わせるように放たれた交叉法の一撃は、傍から見れば何の変哲もないただの正拳突きに過ぎなかったが……次の瞬間、その拳撃の及ぼした効果に大気が断末魔の悲鳴を奏で上げた。

 そう、この場で繰り広げられている戦いは人対人の真っ当な争いではない。故に必然、異形極まる巨躯の怪物を相手取るこの存在もまた、人ではなかった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■————————————ッッ!?」


 戦慄した鬼の絶叫が周辺一里に轟き渡る。

 己が(おもて)をその巨大な両手で押さえつけながら激痛に転げ回る鬼は、ただそれだけで家々を薙ぎ倒し大地を震撼させていたが、先ほどまでとはまるで状況が違っていた。

 何しろ身じろぎするだけでそれだけの破壊活動を行っているというのに、誰一人そちらに注目している者がいないのだ。

 今や観衆と化した人々の視線の先にはこの状況を作り出した張本人。つい一瞬前まで恐れ慄いていた化物の存在など意識の彼方に忘却し、熱に浮かされたように見入ってしまう。

 それほどまでにその者の放つ存在感は圧倒的と言えるものだった。

「神州鬼討滅規定、序列中級——業魔(ごうま)か。今更たかが業魔級の鬼に特別期待をしていたわけでもなかったが……この程度かよ、つまらんつまらん。わざわざこの私自ら出向いてやったというのに、まったく拍子抜けにもほどがある」

 視線の先で豪快な尻餅をついた鬼を侮蔑に満ちた視線で眺めているのは一人の少女だった。この場のあらゆる存在と比べて明らかに異端である彼女の印象を、一言で表現するならば『美獣』といったところだろうか。

 雲間から差し込む月明かりを反射し煌めく色素の薄い桜色の長髪。小振りな顔に不釣り合いなほどに大きく、血に飢えた牙獣を思わせる獰猛に切れ上がった両の眼。神州特有の和装と臙脂(えんじ)の軍装を掛け合わせたような衣装に包まれた華奢な身体は、上背五尺となく、ともすればその面差しは年端もゆかない童女のようであったが、しかしその可憐な唇から零れた言葉は外見に似つかわしくない尊大な男口調だ。

 視線、仕草、果てはその身に纏う空気に至るまで、身体の端々から滲み出る獣性を隠せていないし、本人も隠すつもりなどないのだろう。

 己はこういう存在なのだから近づくのであればそれ相応の覚悟をしておけよと、本質を敢えて垂れ流しにすることで接触される上でのある種の合意を周囲に強制している。


 ——すなわち、不用意に近づいて喰われたとしても知らんぞ、と。


 美女と呼ぶにはあまりに荒々しく、野獣と言うにも可憐に過ぎる。故に美獣。ここに現れたのはそういう存在だった。

「動きがとろい、姿勢が悪い、腕の振りが大きすぎで拳を放つ前から描く軌道が透けて見えるぞ、馬鹿め。所詮は知性の欠片もない木偶に過ぎんか。ああ、まったく嘆かわしい」

 前髪を掻き上げながら、言葉通り興醒めだと息を吐く。

 そんな様すら艶があり、人間離れしたその美しさに、倒れ伏す人々は場の異常性も忘れて全員漏れなく陶酔しきっていた。

 しかし、そんな見る者総てを虜にする魔的な美貌も鬼にだけは例外だったらしい。

「■、■■……!!」

 地響きとともに大地を転げ回っていた鬼が唸り声を上げ唐突に跳ね起きた。見るとその顔のおよそ半分が醜く歪み陥没しており、それだけでも先の少女の拳撃が迫撃砲以上の威力を持っていたことを物語っている。

「はっ、不細工な面が少しはマシになったんじゃないか? そうだな……どうせなら身体丸ごと矯正してやろう。代金は——」

 そこで少女は一呼吸置くと、その蕾のように愛らしい口を酷薄に歪めて言い放った。


「——貴様の命だ」


 そしてその言葉が合図となる。

 轟哮と共にここ一番の踏み込みを見せて少女に襲い掛かる鬼。岩盤を踏み抜き猛然と打ち下ろされる絶命必至の一撃を前に、しかし少女は微塵も気圧されることなく、ゆっくりと一歩を踏み出す。

 そして直後に轟く破砕音。大地を大きく陥没させた鬼の拳は、なおも深く地面を抉ろうと膂力の限界を超えて震えていたのだが——

「……軽すぎるなぁ、貴様の拳は。握手でも求められたのかと思ったではないか」

 ぐぐぐと、地面に突き刺さっていた鬼の拳が徐々に徐々にゆっくりと押し戻されていく。そしてその下から現れた汗ひとつかいていない涼やかな顔の少女の姿。

 まるで壊れ物を扱うかのように微笑と共にそっと添えられた手の平。鬼の拳と比較してあまりに小さなそれは傍から見れば優しく触れているようにしか見えないのに、実際にそこに発生している力の規模は一体どれほどのものなのか……。

「さて、そろそろ終わりにしようか。いつまでも雑魚とじゃれているわけにもいかないのでね」

 少女がふっと呟き、そして続く光景はさらなる非現実的光景そのものだった。

 少女に受け止められたまま微動だにしていなかった鬼の腕。その腕が完全に押し戻されただけに留まらず、小山ほどはあろうかという鬼の巨体ごと徐々に持ち上がり始めたのだ。

 訪れる浮遊感に鬼は激しくもがくように拘束から逃れようとするが、少女に掴まれた腕は鋼糸でガチガチに縛り固められたかのようにピクリとも動かない。

「いい格好だな。実に不格好で滑稽だ。安心しろ。嬲り殺しにするのも面倒だ。一撃であの世へ送ってやる」

 そして少女はその愛らしい顔に嗜虐的な笑みを浮かべたと同時、本当になんてことない様子で、軽々と、まるで小石を放るくらいの気軽さで天高く鬼を放り投げる。そして——

「——はぁああ————ッ!」

 閃光にしか見えない拳撃とほぼ同時、唐突に鬼が身体を歪に変形させた次の瞬間、まるで落雷でも起きたのかと誤認させるほど大音量の轟音が鳴り響いた。

「ふふ、ははは、はーっははははははは————!!」

 バラバラと、空中で爆散した鬼の肉片が地上へと降り注ぐ中、背筋を震わす美獣の哄笑が凄惨に響き渡る。

 その光景を前にして倒れ伏す人々は恐怖を覚えるどころか、まるで神の降臨を前にしたかのような崇敬の念を抱いていた。

 生物としての物理限界を遙か超越した絶対的な力。ほんの数瞬前まで絶対に勝てないどころか、勝負の土俵に上がることすら不可能と思われていた怪物を逆に圧倒したその力。

 それはまるでつい一瞬前までこの地を蹂躙していた『奴ら』と同じ力で——

「さぁ、どうする貴様ら。ここで情けなくいつまでも縮こまっているか? それとも……」

 不意に少女が振り返る。鬼の力を得るために、鬼の魂をその身に喰らった魔獣が犬歯を剥いて笑っている。

「——私と共に、鬼退治とでも洒落込むか?」


 ——神州穢土、東方遠征軍。


 鬼の巣食う魔境の地——穢土を攻略すべく編成された非公式の超人集団。朝廷陰陽寮の融魂施術(ゆうこんせじゅつ)によって、人の枠組みを越えた鬼の力をその身に宿した超常存在たちは、半年に渡る長期遠征の末、今この時人の地浄土へと帰還を果たしていた。

 この美獣の少女もその一角。

 遠征の完遂を以て初めて公表される予定だった彼らの存在は、皮肉にも今この瞬間、鬼の浄土侵攻という惨劇を以て、その存在を白日に晒すこととなった。

 しかし、観衆たちにとってそんなことは些末なことだ。

 規格外の進化を遂げた人ならざる鬼を狩る者たち。その激烈な光に魅入ってしまったように一人、また一人と彼女の前に傅いていく。

 鬼に敗北し、およそ半分もの国土を奪われた人間。その屈辱に満ちた歴史が今ここに終わりを告げたのだと、この場の誰もが理解していたのだから。

「いい面構えだ! ならば行くぞ、我が同胞よ! 私に手向かう鬼共の末路をしかとその目に焼き付けろ!」


 人と鬼。ぶつかり合う超常と魔性。追い詰められた鼠が虎となり、かつての天敵に牙を剥く。

 人による逆襲劇の始まり。その狼煙が上げられた瞬間だった。



 いかかでしたでしょうか? 一応説明しておくと、登場した女性は主人公ではありません。すみませぬ……。

 相変わらずのノリと勢いだけの出だしですが、ぶっちゃけそれしか取り柄がない気がしなくもないので、楽しんでいただければ幸いです! 次回更新は来週1/14になります。次はちゃんと主人公出てきますよ!

 新シリーズ神州鬼狩東征伝をよろしくお願いします!

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