第九話 トリックスター
精霊達が絶対的な強者であるこの世界にも戦争はある。気に入った者に力を貸す事のある精霊達でも、せいぜい特定の個人や顔見知りが死なないようにする程度の参加にとどまり、全面的に戦力として数えられるほどに参加する事は殆どないからだ。その一方で、戦いに人生の全てを懸けるような人間はかなり少ない。若い者の中には戦いに全てを懸けようとする者もいるが、結局大抵は早いうちに心を折られる事となる。
「いよーう、若人!やっぱり若いと精が出るねえ。」
剣と剣がぶつかり合う戦場のど真ん中。その中でも最近頭角を現した若者を中心とした激戦区に、場違いなほど呑気で人を馬鹿にしたような声が降り注ぐ。若者が戦いの手を緩める事無く視界の端でとらえた姿は、カゲロウの翅と鱗を持った馬足の子猫。逆さまに宙に浮かぶ姿は明らかに精霊だ。
「自称トリックスターその1、テテだよー。」
殺気と音に溢れた戦場の中で精霊は人目を引く謎のポーズを決め、静寂の中のようによく通る声で名乗る。
「おや、テテさん。きっと来るのではないかと思っていましたよ。」
「あれっ!?思いっきり予測されてた!?」
戦いから目を逸らさずも落ち着いた声で答えたのは、立ち位置から比較的手の空いていた歴戦の兵士の一人。テテは流れ矢を適当に前足で叩き落としながら、その受け答えに本気で悔しがる。
「でもそっかー。そういえばおっさんと顔合わせるのは五回目くらいだったっけ?こりゃ一本取られたって事で今回はおっさんに力を貸してあげる事にしよう。そりゃ!」
微妙に気の抜けるふざけた掛け声とともに、その兵士の姿が妙に透明感を帯びた。
「さってと、それじゃあ今回のサービスについて説明しちゃいまーす。これでおっさんはこの戦争が終わるまで敵の全てをすり抜けてどんなダメージも受けないし、どんなダメージも与えられない。でも、その剣で斬れば相手は気絶して攻撃を受け付けなくなり、戦争が終わるまで絶対に目を覚まさない。じゃ、頑張ってね!」
全力で空気を引っ掻き回した精霊が姿を消すと、若者達の多く――ごく一部年嵩のいった者も含む――が呆気にとられる一方で、この手の状況を前にも経験している兵士達は分かり切ったように透明感のある兵士に道を開ける。そして、縦横無尽に駆け回る透明感のある兵士に若者達はあっさり斬られ気絶した。
結局、大した武勲も上げられず、それどころか並の兵士にすら劣る役立たずに終わった若者。彼や彼と同じように最近メキメキと剣術の腕を上げた若者達の力があれば勝てると思われていた戦争も、結果は劣勢に追い込まれ撤退。だが、そんな状態だったにもかかわらず、若者は何故か他の誰よりも多い褒美を貰って励まされた。その後も若者は鍛練に励んでより強い戦士を目指したが、幼い時より掲げる誰よりも強い戦士になるという目標に疑問がよぎって仕方がなかった。