第八話 双子の姉妹と二人の精霊
あるところに、リャスファとリャスフィと言う双子の姉妹がいた。
とても仲の良い姉妹だったが、ある時姉のリャスファが、近くの泉へ行った帰り、たまたまお忍びで出かけていた王子に見初められてしまう。しかし、この時二人はまだ初対面。いくら王子と言えど、知らない人の元へいきなり嫁ぐわけにはいかないと遠回しに断っていたリャスファだったが、ならばいっしょに暮らして互いを知ればいいと、王子はリャスファの話も聞かずに連れ去ってしまう。
しかし、実はこの時、もう一人リャスファを気に入っている存在がいた。青い体に赤い文様の、甲羅を持った四足の恐竜のような姿の、泉に住む精霊ナリョ。リャスファが幼い頃、ちょっとした意見の食い違いで妹と喧嘩になった時に、泉の傍で一人泣いていたのをナリョが見つけた。その時は謝りに来たリャスフィに気を遣って姿を隠したが、その後もリャスファは度々泉を訪れ、大事な家族の事、特に一番大事な妹の事などをナリョに話した。人のような恋心は持たないものの、ナリョもまた、リャスファとずっと共にいたいと思っていた。
姉が帰って来ないことを不審に思った妹は、姉がよく行っていた泉へ探しに来た。
「リャスファ!リャスファ!どこにいるの?」
大きな声で呼びかけながら歩くと、泉の中から大きな影が現れる。もしや精霊に攫われたのか。
「何?その声はリャスファ……じゃないね。誰?」
姉とよく似た声と姿に顔を出したナリョは、泉から顔だけ出して様子を窺う。一瞬ナリョを疑ったリャスフィだったが、きょとんと首を傾げる姿と、普段から交流のあった相手がいきなり攫うだろうか、と言う疑問により疑うのをやめ、ナリョに姉の行方を聞いてみた。
「リャスファならもう二時間も前に家に帰ったはずだけど?あ、でもちょっと嗅ぎ慣れない匂いがするね。……どうやらツィノミレの王子に攫われたらしい。」
リャスフィはひゅと息を呑む。近くにあるツィノミレ王国といえば、精霊ノソレの加護の元、王家が国民や周囲の国々に好き放題している国。裏では生贄などの非人道的な行為が行われているとさえ噂されている。
「そんな……。あんな所へ連れていかれたら手の出しようがないじゃない……。」
リャスフィはその場に泣き崩れる。それを見たナリョは泉から出ると、体の水を乾かして背中にリャスフィを乗せた。
「ノソレは人の欲望を見る事を好む。きっとお前一人でいけば面白がられて終わりだろうが、私も行けば多少は変わるだろう。お前も泣いている暇があれば、ノソレが少しでも魔力を消耗している事を祈っているのだな。」
リャスフィが顔を上げると、そこは大きく豪華な城の上空。ナリョはその中から城壁の中に立つ塔の一つに狙いを定め、バリンという大きな音を立てて何かを突き破り、塔の天辺にある窓から中に侵入した。
割れたガラスの飛び散った部屋。そこでは戸惑った顔の姉の手を持って、何かを囁く王子の姿があった。
「おや、せっかく双子の片方だけを連れて行ったと言うのに、欲張りなものですね。」
六本の細い鳥のような手足、蛾の触覚、蝙蝠の羽、蜜蜂のような毛、鮮やかながらバランスの取れた飾り羽。蜂に似た姿の精霊ノソレは影の中から溶け出すように姿を現す。
「おいノソレ。そいつらは何だ。何故結界の中にいる。」
「リャスファを返して!」
「リャスフィ……?」
舌打ちをする王子、叫ぶ妹、信じられないように呟く姉。ノソレは渦模様の目を楽しそうに歪ませる。
「何故って、貴方の目は節穴ですか?彼女らの友人らしいそこの精霊が破ったに決まっているでしょう。ねえ?」
「私と直接交流があったのは姉の方だけだがな。だが、姉は家族、特にそこの妹の事を大切にしていた。」
「と、いう事ですがどうします?」
ノソレが王子の方に目をやった瞬間、ナリョは姉を妹の前に乗せてその場から姿を消した。王子は何が起きたのか分からず、一瞬呆気にとられたが、すぐさまノソレに詰め寄る。
「な、何をやっておるのだノソレ!我々の言う事を聞くのではなかったのか!?」
「ええ、言う事は聞きますよ。貴方方が相応の対価を支払う限りは。まあ、貴方方の為に行動するとは一言も言ってはいませんがね。」
涼しい顔で言いきられ、王子は少しの間言葉に詰まるが、すぐに気を取り直してリャスファを取り返すための対価を尋ねる。しかし、その答えを聞くと、今度こそ何も言えなくなった。
「そうですねえ。彼女を取り返すのなら、貴方の国の国民全てとこの城、更にため込んだ財宝や貴方の家族も入れればちょうどいいでしょうか。大丈夫ですよ。流石に二人で野垂れ死になどにはさせません。貴方や彼女自身以外で二人で手に入れられるようなものを対価に、貴方方の暮らしをサポートしましょう。それぐらいやればあの精霊と十分やりあえるでしょうし、それだけ彼女を求めるのなら、彼女も少しは貴方を見直してくれるかもしれませんよ。」