第四話 砂漠の村
精霊はその多彩な姿と同様に人と関わる理由も性格も様々だ。何でも出来るから何でも求められる。魔法で必要なものは揃うから、求める物は趣味や嗜好品の比率が高い。人の暮らしには全く無関心な者も多い所為で、求められる側にはたまったものではない。しかも、本気で出来ない事は頼んでこないから余計に性質が悪い。
砂漠を魚が泳いでいる。
正確には魚の尾を持った、狐か狼のような姿の精霊が人の頭上ぐらいの高さを泳ぐように飛んでいる。くすんだ青色の模様はどこか神々しく、透き通った大小さまざまなカゲロウの翅のような飾りが光を反射して煌めいている。よく見るとその顔には口がなく、何となくすました表情のようにも見える。
だが、いくら美しかろうと不用意に精霊に近付いてはならない。
砂漠の中でうっかり道に迷い、どうにか道に戻ったものの水や食料に不安の出てきたキャラバン隊。危険である事を知りつつ精霊に向かって拝むと、気付いた精霊がまっすぐに向かってきてメンバーの中で一番若い十五歳の少年の頭上を通ると、がばりと腹の口を開けて一飲みにしていってしまった。代わりに水や食料は満タンになっていて、メンバーが減った事を惜しみつつも全滅しなかった事を精霊に感謝したのだった。
「うーむ、不味くはないがやはり育ちすぎていると少々固いな……。」
ぼりぼりと口を動かしながら精霊はそんな事を呟いていた。
彼らが目指していたのは、砂漠の中にぽつんとあるオアシスの周囲に築かれた町だった。オアシスではいつも新鮮な魚が獲れ、その水を引けば食うに困らないどころか他の町との交易で嗜好品が手に入るほどの作物ができる。しかし、それだけの富を得るためにこの町の人は大きな対価を支払っていた。
生まれた子供の二人に一人は七歳になった時に精霊に食べられる。誰が食べられるかは精霊が決めるため連続で食べたり食べなかったりもするが、十人も生まれればだいたい二人に一人になるようになっていた。精霊曰く、普段よく食べて十分に肉がついていて、よく遊びまわってほどほどに筋肉があるものが理想らしい。だから、必要以上にご飯やおやつを食べたがる子供にはあんまり太っていると精霊に食われてしまうよとよく言われる。
ただ、ここの住人達とて、初めから素直に求められるだけの子供を捧げていたわけではない。かなり昔、この町ができて間もない頃、ここまでの富はいらない。食うに困らないだけのものがあれば十分だから食べる人数を減らしてくれと頼み込んだ者達がいた。けれど精霊の返答は、富を与えるなら多くても少なくても同じ。そして、申し入れの発起人を見分けると一飲みにしてしまった。
その後、町を訪れるキャラバン隊などに頼んで、どうにか他の町に引っ越した者もいた。だが、大部分は精霊に頼りきりで暮らしていたためそれ以外の生活の術を知らず、それまで通りの生活を続ける事となった。
精霊にとって人に与える恵みはインスタント食品のように簡単なもの。だが、自らが食べるものはちゃんと育てたものの方がいいという者は割と多い。精霊の好みは個人差があり、人を好んで喰う者はそこまで多くもないが、欲しいものがあれば人の都合など気にしないものが大半である。