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第三話 子供の森

 ユユがここに来た時の事はよく覚えている。

 まだユユが幼かった時の事。その日は理由は忘れてしまったが、きっと些細な事で親と喧嘩したのだ。だから、村の誰もが決して入ってはならないと言い続けていた森に入ってしまった。

 村の南側に広がるうっそうとした森。恐ろしい化け物がいるなんて話に真実味を感じるほどに暗く、大人達に秘密で入り口近くで肝試しが行われた事もあった。けれど、誰が言ったのか恐ろしいのは見かけだけで、中には大人達が隠したい宝物があるなんて噂もあった。

 宝物があるのなら見てみたい。それで皆に教えてやろう。その場の勢いと大人への反抗心も手伝って、恐怖を抑えながらずんずん進む。しばらく経って、そろそろ本気で帰ろうかと考えだした瞬間、暗かった森が急に開けた。

 森の中にぽっかり空いた広場。そこには様々な年齢の人々がいて、何やら楽しそうに遊んだり喋ったりしていた。ユユはこんな所に人がいるとは微塵も想像していなかったためぽかんと口を開いて立ち止まる。すると、中央にいた子供が顔を上げ、こちらに気付くなり嬉しそうに笑った。

「新入りだー!」

「えっ!?」

 中央にいた子供がユユを指さして叫ぶと、他の人間達も次々と同じ言葉を口にする。戸惑ううちに、ユユと同じかそれより年上ぐらいの子供達がするりと腕をつかんで中央へ連れていく。

「貴方も大人に思う所があってここまで来たんでしょう?」

「僕達と一緒に遊ぼうよ。」

 そして、何となくリーダーのように佇む子供の正面に来ると、不思議とその視線から目をそらすことが出来ず、その橙色の目はどこかで見た事があったような気がした。


 私がその森に住みついたのは随分前の話だ。

 その森はとても立地が良かった。自給自足で暮らし、外との交流を持たない人々が暮らす村のすぐそばにある森。それでいて、温暖な気候もあって村人はあまり木材を必要としていないのか、森の奥深くまでは殆ど立ち入らなかった。

 そこでかねてからの計画を実行するため、森の木々をいきなり増やして暗くすると、異変に戸惑う村人に紛れてあの森でとんでもない化け物を見た。決して近付いてはならないという噂を流した。

 この世界で化け物と言えば基本精霊の事。そして不可思議な出来事も大体精霊の仕業だ。精霊と言えば人では一切歯がたたない存在で、下手に関わって怒らせないように静かにするしかない。

 こうして大人達が入らないようになってから、今度は子供に紛れて別の噂を流した。あの森の中には大人達が秘密にしている宝物がある。あんまり素敵なものだから、大人達が独り占めしているんだ。

 すると、大人達と仲のいい子供は大人がそんな事をするわけがないと信じなかったが、何かしら思う所のある子供達はもしかしたら本当なんじゃないかと考えた。広場を用意して待ち伏せ、森に入った子供達にここで遊ぼうと誘う。けれど、その子供達を心配して入った人間は大人でも子供でも絶対に近付けなかった。


「お母さんとお父さん心配してないかなあ……。」

「帰りたいの?」

 ユユが小さく呟くと、目敏く聞きつけたリーダーっぽい子供テグアが泣きそうな顔でユユの顔をのぞきこんだ。

「えっあっいや、そうじゃなくて、えっと、もう随分帰ってないから心配してないかなって……。」

「でも、ユユは両親に何か思う所があったんでしょ?」

「うう……。」

 実のところ、ユユはあの日家で何があったのかはよく覚えていなかった。どうしようもなく嫌になって家を村を飛び出して、この場所で歓迎されてとても嬉しかった。その時は戸惑いながらも楽しくて、けれど時間が経つと両親に後ろめたいような気がしてきたのだ。

 あれからどれぐらい経ったかは分からない。何十年も経ったような気もするし、まだ一年しか経っていないような気もする。季節も昼夜もはっきりしない不思議な場所。ここに暮らす人々の年の取り方はまちまちで、後から来たはずの子供の方が先に大人になる事もよくあった。

 その中でも特に年を取るのが遅く、いつまでも十才前後の子供の姿でいるテグアは常に多くの人に囲まれ、ユユの事もとても気にかけてくれていた。

「僕を置いて帰っちゃうの?」

「ううう……。で、でも、あなたにはあんなにたくさんの友達がいるじゃない。」

「誰かが欠けたら一人になるのと同じだよ!僕を一人にしないで!」

 涙目で詰め寄られるとどうしても心が揺らいでしまう。それに常日頃からテグア達にお世話になっているし、必要にもされている。

「か、帰んないから今日も一緒に遊ぼうか。」

 ユユの一言でテグアはぱあっと明るくなり、ユユに思い切り抱き着いた。

「ユユ大好き!死ぬまで一緒だよ!」

 テグアの周りには子供から大人、老人まで沢山の人達がいる。テグアがそう言うのなら本当に死ぬまで大事にしてくれるのだろう。テグアの背中をぽんぽんと撫でながら顔を上げると近くで見ていたユユよりずっと年上の大人の人と目があった。少し皺の出てきた顔は本当に楽しそうで、だったらテグアのためにも死ぬまでここにいてもいいかもしれないと思った。

 ユユ達は知らない。大人に教えられる前にここに来てしまったから。

 この世界の精霊の事。この場所が子供攫いの精霊の住処と呼ばれている事。寂しがり屋の賢い精霊が何も知らない子供達を招き入れ、自分の為だけの楽園を作り上げている事を……。

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