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第二十話 他人の物

 ラヌツァは大きな傷を負った精霊だ。

 角の生えた襟を持つ恐竜のような頭とオットセイのような足、尾には二対の棘が生えている。体は全体に白っぽく、暗闇で揺らめく白い温度のない炎を纏う姿は幽霊か化け物のように見える。その白の中に浮かび上がるのは千切れそうなほどに深い傷を無理やり繋げた背中の傷跡。左の目元にもひっかいたような傷があり、よく見れば右の前足も少し曲がっている。

 無論、ラヌツァも精霊であるから事故などでこのような傷を負う事は無いし、万一負ったとしてもすぐに直してしまえる。その傷が治る事無く残り続けているのは、それが他の精霊による呪いであるからに他ならなかった。


 ラヌツァはもともと良い精霊とは到底言い難い性格だった。

 ラヌツァはとある島の周りとそこに流れる川を住処にしている。その島には小さな村があったが、ラヌツァの所為で村人達は全く島の外へ出る事が出来なかった。それどころか、そこに生まれた人間は全てラヌツァに尽くす事を強要され、ちょっとでもそうでない態度を取れば――ほんの少し手を抜いただけでも――、見せしめのように操られ、逃げる事も隠れる事も許されなかった。

 ある時、外から島に迷い込んできた人間がいた。その少女は普段から精霊に接する機会が多く、うっかり恐れるという事を忘れて、誰一人行って帰ってきた事のない海域に入ってしまったのだ。

 誰も帰ってきたことがないと言うのは、つまり全てラヌツァに捕らわれてしまったという事。少女も例外ではなく、島に閉じ込められる事となったが、少女の知り合いの精霊は黙ってはいなかった事は、その時誰も予想しなかった。


 その精霊はとても少女の事を気に入っていた。ただあまりに相手を考えない行動に少女やその友人、家族などが長い事懇願し続け、一週間のうち二日間は離れて過ごすと約束した。

 二日ぶりに戻ってみれば少女の姿がない。村にも近くの山にも姿がない。あとは頑張れば泳いで行けるほどに近い島か。あの島の周りは海流がおかしいから、誤って近付き過ぎてしまったのではないか。家族が慌てふためく中、直前まで一緒にいた人間を探す時間も、魔法を使って探す時間も惜しんで精霊は島に向かった。


 ラヌツァと対峙する精霊は宙に浮かび上がる灰色の影のような姿。魚の尾とアホウドリのような長い翼、全体のシルエットは翅の耳を持つ人魚とトビウオを合わせたようだ。

 しばらく相手の出方を窺い、睨み合っていた二人だったが、島の奥からふらふらと少女が歩いてきたことで一気に動いた。

「チュリャタ!?」

 チュリャタと呼ばれた精霊は驚く少女の影に滑り込み、程なく少女と同化する。島に住む人間を殆ど区別していなかったラヌツァは怒り、少女を無視するような攻撃を精霊にぶつける。何かあっても生き返らせればそれで済む話。けれど、その精霊は攻撃を受け流すと、更に怒りを露わにする。人とは思えない動きでラヌツァの目元をひっかくと、その勢いで背中の上に跳んで、落ちる瞬間にまるで剣のように足を振り抜いて背中を大きく引き裂いた。ラヌツァはたまらずそれを治そうとして違和感を覚える。傷を巻き戻して元の状態に戻す一般的な回復魔法。それがどうも魔力が滑って効果をなかなか発揮しないのだ。混乱する間にも精霊は次の攻撃を向けてきていて、どうにか右前脚で防ぐ。そして、その攻撃を見た時にそれが純粋な攻撃だけでない事に気付いた。

 魔力の他に強い感情を込めた呪いの一撃。魔法の中にも呪いのようなものはあるが、本来は負の感情が生み出す力の一種だ。精霊の心からの怒りと同調した少女の怒り。それが合わさった呪いはとても強力なもの。精霊はまだ唸りをあげ、戦闘態勢のままラヌツァの様子を窺っていたが、既に勝敗は決していた。


 それから数十年の月日が経ったが、ラヌツァにはまだ深い傷跡が残っていた。そして、ラヌツァはあの時の出来事を思い出す度に思うのだ。

 偶然拾ったのだとしても、他人の大切なものに触れてはいけない。特に、唯一として大切にされているようなものは素直に引き渡すに限る、と。

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