第十九話 富豪と精霊
「ヨヤー。ちょっと愚痴っていいー?」
扉を後ろ手に閉めると、先程までは多少はしゃんとしていた青年は、まるで自分の部屋に一人でいるような雰囲気で獣の姿の同居人に声をかける。すると、絨毯の敷かれた部屋の中央で眠っていた獣は大きな鹿の角を揺らして姿勢を変えた。
「好きにすれば?とりあえずここにいるから。」
獣は青年以上にだらけた眠そうな口調で適当に返事をする。
「あ、聞いてくれるわけじゃないんだ。」
「……。」
ちょっとだけ残念そうに声を出しても返事は無く、瞳を閉じた獣からは微かな寝息が聞こえてきた。
「……うん、別にいいけどね。」
額の宝石と四つの目。足の後ろなどに飾り羽のある羽毛に覆われた体と紫の翼、牛の尾を持つ、姿だけなら神々しさと不気味さが同居した雰囲気の獣。青年は獣の態度にも慣れた様子で椅子に腰かけると、壁を殴るようなノリでそのままぽつぽつと愚痴を始めた。
「話終わった?」
青年の声が途切れると、見計らったように獣は起き上がった。
「うん。と言うか本気で聞いてないんだ。」
「重要な事があるなら適当に過去をのぞいて確認するけど?」
立ち上がって翼を広げ、凝りをほぐすように体を動かす。青年は手持無沙汰で、両手の上に顎を置いた姿勢から頬杖に変えてその様子をぼんやり眺めていた。
「それ、記憶でも心でも覗いた方が早くない?」
「いちいちどこを見たか伝えるのが面倒でしょ。」
「なるほどなー。要約すると財産目当ての女がうざいって感じ。」
「追い払えって?」
ここへ来て獣はようやく表情を変える。しかし、少し面倒臭そうな表情の獣に青年は頭を振った。
「そうじゃなくてさ。そいつそれ以外は悪くないし、家に損はさせないっぽくて、親がお付き合いするかとか言って乗り気なんだよね。それがすごく面倒臭い。」
「玉の輿と言う奴か。で、セフの気持ちは?」
「絶対嫌とまではいかなくて、今はそんな気分じゃないだけ……かな、うん。だから、愚痴ってちょっとすっきりした。」
「それはよかった。」
青年は突っ伏したが、その表情は疲れたと言うより、気が抜けたと言った感じの明るいものだった。
セフは人間であり、ヨヤは精霊である。しかし、二人は腐れ縁のような関係であった。
ヨヤは割とお人好しな精霊だ。昔知り合いのある病弱な女性が身籠った際に、当初は不安だから傍にいてほしいと言われていただけだったのに、ついつい手を出して安全に子供を産ませたし、結局今に至るまでその子供であるセフを見守り続けている。そしてそんな環境で育ったセフは、ヨヤの影響を受けたのか、精霊らしいあまり物事にこだわらない性格となった。
もともとセフの家は商家であり、町長のような立ち位置となる程度に大きく栄えていた。ヨヤ同様お人好しなセフはこまごまとしたもめ事をよく解決し、積極的にヨヤに頼る事はなかったものの、町でも嫌われるような類の人間に逆切れされる度にヨヤが潰す事を繰り返しているうちに、町で人気な二人組として認識されたようだった。
「いっそヨヤを恋人として紹介したら駄目かな。」
「永遠を共にしてくれる覚悟があるならちょっと考えてあげてもいいかな。」
「あー、それは面倒だからいいや。そこまで本気でもないし。」
「ちなみに、私の好みは私に本気になってくれる相手だ。」
「それは残念。」




