第十七話 飼い猫オリケ
あるところに、昔から災害も事故も事件も全くない平和な村があった。
そういう村では大抵精霊が住みついているものなのだが、それらしい存在は一切確認されていない。ただ、その村では昔から沢山の猫が飼われており、猫を大事にしなければ猫に祟られると言われていた。
私は猫だ。正確には猫の姿をした別のものだが、何度も猫として生まれ、死んで、また生まれ直す事を繰り返している。その転生は自らの力によるものだが、それに必要な体や母体は本物の猫であるだから、私もまた猫で間違いはないだろう。
通常人は我々に畏れを抱く。人同士の争いに明け暮れて我らの存在を忘れる事はあっても、我らを正面に見てもなお己が上だと錯覚する事はない。
しかし、相手が獣の類であるときは別だ。人とは比べ物にならない腕力や、長い距離を休まず駆ける体力、人には届かぬ天を自在に飛び回る能力など、一対一では明らかに相手が勝っているにもかかわらず、先人達から受け継いだ知識や道具などで彼らを圧倒し、決して己には勝ち得ない愚かな存在だと断じる事もある。無論、大事な隣人や家族として一定の敬意を持つ場合の方が多いが、それでも我々ほど圧倒的な上位者だと考える事は無い。
猫は代表的な愛玩動物の一つだ。勝手気ままに人のすぐそばで暮らしながら、人に愛でられ、人の世話を受けて生きる。本来私は人の世話も無しに生きられるが、そこらをちょろちょろと走り回る鼠以外は庇護者である人間から与えられる物のみによって命を繋いでいる。
時折我々が人を愛玩して楽しむ話を聞くが、私はこうやって人に愛玩されて暮らす方が良いと思う。人は本当に仲の良い相手は自らと対等の存在として考える場合が多い。まあ、猫はやや人を下に見ている時も多いようだが、私はもう誰かに見上げられるのは飽きたのだ。
そういえば、私の古い友人にもあまり人に畏れられたくないと言っていた者があった。以前は近くに住んでよく話をしていたものの、彼が村を作ると言ってどこかへ行ってしまってからはあまり顔を合わせなくなっていた。しばらく前に様子を見に行った時はまだ誰もいなかったが、あれから首尾はどうなったのだろうか。
今度一日村を空けて彼を訪ねたら、今回の飼い主も私を心配して探してくれるのだろうか。