第十六話 高レベルストーカーピュヤ
少女にはある悩みがあった。
「何かの視線を感じる気がする……。」
「えーまたー? 私は何にも感じないけどなあ。」
振り返っても何もいない……が、何かがいる気配は相変わらずそこにある。初めはどの辺りか見当が付かなかったが、今ではもうはっきりわかる。道のど真ん中だ。
「ただのストーカー、じゃないよねえ……。」
少女の友人は全くそれを感じられないながら、いつも彼女の発言を信じて彼女の見る方に必死に目を凝らしている。少女も自分でもおかしな事を言っている自覚はあるから、無条件に信じてくれる友人をありがたく感じていた。
「だったらさっと隠れる気配とか、もうちょっと影の方から視線が来そうなものだけど。」
「だよねー。」
「あと、たまに人外の力を感じる気がするし。」
転びそうになったのに不自然に持ちこたえたり、くんと何かに引っ張られたと思ったら目の前に鳥の糞が落ちてきて、振り返るとやっぱり何もいなかったり。ついこの間にいたっては、ちょっと晴れたらいいなーって呟いたら途端に雨が上がったり。
「……それ、もう確定じゃない?」
「出来ればそこは否定してもらいたかった。」
「いいじゃん、精霊に惚れてもらえるなんて。あー変われるなら変わってもらいたいなー。」
「そんな事言うのはヌアだけだと思うなー。」
よく分からないものに惚れられてもあまり嬉しくないし、出来れば普通に人間と恋愛したいとモニは思う。あと、個人的にモニは惚れられるよりも惚れたい派である。
「だって人嫌いだもん。まともに話せるのモニだけだし。モニがいなくなるのは嫌だけど、代わりに私が連れていかれるのなら構わない。一緒に行くのでも構わない。」
「お願いだから構って。」
ヌアは時々ちょっと怖くて、でも、何故かそれがとても心強い、とモニは密かに思っている。
「でも、結構長いよね。モニが森で迷子になった時からだっけ?」
「うん。……でも、正直森でのことは早いとこ忘れたかったかな。」
何の変哲もない近所の森で、何の物語もなくちょっと深入りしすぎて帰れなくなった幼い思い出。うろうろしているうちにいつの間にか入り口まで戻った。ただそれだけ。……ちょっと違う意味で変わった部分はあったが。
「ああ、一人芝居。」
「忘れて。つか、笑いながら言うな。」
「笑ってない。」
「堪えきれてないから。」
「寂しさを紛らわすため一人二役で」
「やめて。」
「モデルは私。」
「やめなさい。」
「待って、肩痛い。離して。爪立てないで。」
「やめたら離す。」
「ごめんなさい。」
肩を掴んでニッコリ笑うモニは怖くて可愛い、とヌアはいつも思っている。
「でも、本当に何かあったら言ってね?」
笑いが落ち着いたヌアは真面目な表情でモニに向き合う。それはモニが迷子になった直後にも見せた心配の表情だ。
「うん?」
「もし、精霊に迫られたら。」
「そこまで行ったら問答無用で連れて行かれそうな気がする。」
「本当に私も連れて行っていいから。一緒にいられるように頼んで。」
「……ありがとう。」
きっとあの時精霊はモニを助けたのだろう。けれど、いくら助けられたと言っても、知らない人の所へ一人で行ける気はしない。精霊はいつも魔法で接触するだけで、モニは姿も見た事がないし、性格もよく知らない。それだけで二度と帰れないかもしれない精霊の住処へなんて。
「……それに、その精霊さんとは結構気が合いそうな気がするし。」
「ん? 何か言った?」
「ううん、何でも。」
こっそり拳を握りしめながら言った言葉はモニには届かず、次の瞬間にはヌアはいつも通りだった。