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第十五話 雨の籠

 人里離れた森の奥。祠のような小さな建物の外では今日もザアザアと雨が降り続いている。

 いつ見ても変わらぬ空模様。来てすぐの頃は明るくなり暗くなる一日を一つ一つ数えていて、しばらくすると季節の一巡りだけを数えるようになり、今となってはもう何も数えてはいない。

 ここに少年が来たのは、一体どれほど前の事だっただろうか。


 この世界によくある小さな村。自給自足の暮らしを営むその村では、ちょっとした旱や冷夏でも食料が足りなくなることが度々あった。

 ツェボと言う少年はその村に暮らすちょっと病弱な小さな子で、村の仕事は何一つ手伝えず、けれど明るく愛想のいい姿が大人に気に入られて大事にされていた。

 何も出来ないのだから、少しでも世話する人間を楽しませてやりたい。幸か不幸か相手の望む姿をとる事が上手かったツェボは必要以上に大事にされ、結果として元気な普通の子供達の妬みを買う事になった。

 影で落ち込み、それでも明るく振舞って。二面性が余計に妬みを買って。精神的な落ち込みが体調にも影響し、そこへ旱の暑さで一気に体調を崩した。

 病人であるからとただでさえ少ない食料を優先的に与えようとする大人もいたが、あまりツェボの面倒ばかり見ていては他の村人達も体調を崩してしまう。

 最もツェボを気に入って、自らの食料も分け与えていた青年が倒れると、ずっと燻っていた、いつもの飢饉の時と同じように食い扶持を減らそうと言う声が一気に高まった。

 ツェボはあまりそれに反対しようとは思わなかった。やりすぎだ、という事はツェボも分かっていたのだ。

 無邪気な演技を重ねて正しい姿が分からなくなり、世話をしてくれる人に無理しないでと言う事は出来ても、顔を合わせていない事になっている他の子供達の気持ちを伝える事は出来なかった。

 そして、何よりツェボの心身は弱っていて、もうどうなってもいいと言う気持ちが強かった。

 一人打ち捨てられた森の奥。せめて雨が降ってくれればと思ったのは誰のためだったか。体を持ち上げる沢山の牙の感触に、いよいよ死ぬのだと漠然と思いながら意識を失った。


 ザアザアと言う雨の音。妙に軽い体の感覚にもう死んだのかと思った。目の前に四本角のワニの顔があっても、恐怖はもうなかった。

 ツェボも精霊の話は聞いた事があった。世界には沢山の精霊がいて、彼等は時々大きな力で気紛れに人を害したり助けたりする事がある。

 助けて貰えるかもしれない、と思った時にはツェボはいつもの愛想のいい顔をしている自分に気付き、そんな自分を内心で嫌悪した。

「我にそんな演技は通用せぬ……が、演技でも愛想が良ければ愛玩には向くだろう。」

 見かけよりも少し高く綺麗な声。予想通りの淡白で抑揚に欠ける声だったが、続いた言葉にはどこか愚痴か独り言のような雰囲気を感じた。

「精霊と言うのは基本己の気の向くまま振る舞い、他者に嫌われる事を厭わぬ場合が殆ど。気が合えば笑顔の一つぐらいは向けてくれるだろうが、そうでなければ特に同族に対して笑顔を向ける事など殆ど無い。」

「ここで演技でよいから笑っていろと?」

「察しがいいな。」

 精霊の表情は読み取り難かったが、声は確かに楽しそうに笑っていた。


 ツェボを拾った精霊イジョムは常に一緒にいるわけではなかった。

 愛想笑いが辛くなる前に離れ、少し寂しさを覚える頃に戻ってくる。時々食べ物を与えられるが、たとえ寝食を忘れてもツェボはもう体調を崩したりはしなかった。

 生きる事に他者を必要とせず、ここにいる事に精霊の力を必要とする。無理なく過ごすうちに、愛想笑いの何割かは本当の笑顔になった。

 ふと気になってあの村がどうなったのかイジョムに尋ねたところ、あの後雨が降って少しずつ飢饉も解決したらしい。

 祠ではいつでも雨が降っている。強くなったり弱くなったりしながら基本的にはザアザア降りで、あの旱の青空と乾燥した空気を思い出さない天気をツェボは気に入っていた。


 あれから長い時間が経った。

 当初の言葉の通り笑顔を向けてただ大切にされるだけの日々。これがいつまで続くのかは分からないが、いつまでもこのままでも良いとツェボは考えるようになった。

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