第十三話 奇形みたいなもの
全体は人間に似ているのに、手の指だけが異様に長い。最初はそれがどうも気味悪く見えたが、おずおずと触れる指先はとても優しくて、今度はその不格好な指が好きになった。
深い森に覆われた山の中。波一つ経たない鏡のような池の前にうずくまっていた人影は、友人の気配に気づいて立ち上がると、情けない声を出しながら振り返った。
「クミルーまた失敗したあー。」
「チュシュただいまー。」
伸ばしっぱなしのような茶色の髪。糸のような目は開いているのか閉じているのか分からない。ゾンビのように体の前に伸ばされた腕は微妙に長さがおかしく、その先についている指に至っては通常の三倍以上はあって、チュシュの化けた人間は完全にちょっとおかしいと言うレベルを逸脱していた。
「そんなに人里へ行きたいのだったら、私が魔法かけてやってもよかったのに。」
対するクミルは濃い赤のおかっぱ頭、真っ黒で少しつり目っぽい目。薄橙のゆったりとした服装に身を包むクミルは大人が見れば一目で精霊と分かるだろうが、その小さな背丈もあって、子供達にとってはたまに森で会う不思議な友達だ。やろうと思えば普通の人型にもなれるが、ちょっとくらいおかしなところがあった方が馴染みやすいし、子供達だけの秘密にしやすいとクミルは考えている。
「それはやだ。自分でやる。」
そう頑なに言うチュシュは、同じくクミルが幼い時から付き合いがあり、もう長い事同じ山で共に暮らしている。二人は兄弟のように親しい仲で、チュシュが抱える悩みにクミルはいつも寄り添って見守っていた。
チュシュは魔法が苦手だ。発動自体は問題ないものの、どこかで加減を誤るのか、何をやってもアンバランスな結果となってしまう。
姿を消せば体の端の方が残る。雨を降らせれば土砂降りを通り越して濁流になっているところと一滴も雨が降らないところが出来る。他の生き物に化ければ、極端に大きかったり長かったりする部分や、もはや見えないぐらい小さかったり細かったりする部分が出来る。
しかも、厄介な事にチュシュの本来の姿には頭がなく、何かに化けなければその姿だけで人に気味悪がれる事間違いなし。クミルのように人の子達と遊びたいチュシュにとっては深刻な悩みだった。
「でも、だいぶマシになって来たんじゃない?指先と目玉隠せばほぼ人間だし。なー?」
同意を求めるように振り返った先には、クミルと同じぐらいの大きさの小さな少年。おびえたようにクミルの服を掴み、クミルの陰からチュシュを窺っていた。
「また連れてきたのか。」
「おう。すぐそこの里の子。いつものように遊んでて、私んち来るかって聞いたら来るって言ったから。」
クミルはあちこちの村へ行くと、時々子供を自分の住む山へ連れ帰ってくる。ただ、数日も遊んでいると子供も親も寂しがるので、あまり長くは引き止めない。たまに親子で不和があるのか帰りたがらない子供もいるが、暗い子供は趣味ではないので適当に原因を取り除いて帰してしまう。ちなみに、そのやり方は精霊流で時々乱暴だったりする。
「他の奴は?」
「今日はたまたま一人。寂しそうに遊んでたから聞いてみたんだ。」
「ふーん。」
開かない目で観察するようにのぞきこまれ、少年は大きくびくりと震える。不格好な手が持ち上がった途端に一歩下がってますます体を強張らせたが、手が触れてゆっくりと撫でられれば、服を掴む力が少しだけ緩んだ。
「相変わらず、そういうのの手加減だけは上手いよなー。私怯えた子を宥めるとかホント無理なんだけど。」
「こんなのすごく弱い力でなぞるようにゆっくり撫でるだけだよ。クミルは雑すぎ。ま、宥めるって言っても必要以上に怯えさせないようにするのが限界だけどねー……。お?」
「あ。」
少年の小さな手がチュシュの長い指を掴む。上げた顔に怯えの色はなく、捕まえたと言わんばかりにチュシュを真っ直ぐ見ていた。
「ここまで懐くのは珍しいな。じゃあ今日は三人で遊ぶかー。」
「そうだね。君、名前は?」
「テクヌ!」
「おうテクヌ!今日は遊び倒すぞ!」
「クミル、全部お前とかで通して名前聞いてなかったとか言わないよな?」
「がっはっは!」
珍しくチュシュに懐いた少年はあまり外観を気にしない性格らしい。時々こういう人間がいるのなら、自分を人に合わせるのではなく、自分の姿を気にしないでくれる人間を探してみるのもいいかもしれない、とチュシュは思った。